DDP

 或る初夏の昼下がり、休日で賑わうファーストフード店の一角でその密談は行われた。
 若者たちに紛れるようにして、対面でにこやかに談笑している少女たち。しかし交わされる言葉の内容は華やかな見目とは裏腹に、聞く者の背筋を凍らせるものだった。
 幸いな事に、彼女らの声は周囲のざわめきにかき消され、他者の耳に届く事はない。時折、弾けたような明るい笑い声が響くだけだった。





「――では、例の件ですが……」
 窓を背にして、長い髪を一つに編み、眼鏡をかけた大人しそうな少女が低いけれどもよく通る声で囁いた。
「……そろそろ、頃合でしたか……?」
 肩を超える程度のやわらかそうな髪に手をやりながら、対面の少女が鈴を転がすような声で答える。
 二人の少女の外見は実に対照的で、片や図書委員風の大人しそうな美少女、片や幼さの残る愛らしい雰囲気を(たた)えた美少女、という共通点のなさそうな組み合わせである。
「さて、どうしましょうか……」
「そろそろ取り掛からねば、間に合わないでしょう」
 首を傾げて視線を彷徨(さまよ)わせ、子供っぽい仕草で問い返した少女に、黒い革の手帳を取り出しながらおさげ髪の少女が語った。
「あらら、本当。困った事になりましたね」
 相変わらず子供じみた仕草のまま、示された手帳のカレンダーを覗き込む。その声は、言葉にそぐわないくらい明るく朗らかだった。
「最悪の場合、誰を(にえ)にするか……」
 パラパラと手帳のページを繰りながら、おさげ髪の少女が重々しく口を開く。
「出来る事なら、犠牲は出したくないのよね……」
 日数を指折り数え、窓の向こうを見つめている。少女の視界の端には、黒い鴉が飛び立つ様が映っていた。
 外見に似合わぬ会話を続けるこの二人の少女、実はとある影の組織の構成員であり、双方共にトップクラスのエージェントである。委員長風の真面目そうな眼鏡っ娘の方が渦恁(かいん)、無邪気で愛らしい妹キャラ風の少女の方を由祇(ゆき)というが、もちろん偽名である。
 二人はネット上での情報漏洩、そしてデータの消失を恐れ、本来なら顔を合わせる事なく行うやり取りをこうしてアナログでやっているのであった。極秘のデータの場合、多少の手間はかかるものの、アナログで情報をどこにも残さない方法が最も確実かつ安全なのである。
「……店員に怪しまれないように、何か注文してきます」
 そう言って、渦恁が静かに席を立った。開きっぱなしの彼女の手帳には、460という謎の暗号が記されていた。由祇はにこやかな笑みを浮かべ、ひらひらと手を振って渦恁を見送る。


 しばらくして、注文を終えたらしい渦恁は戻ってくるなり無言で手帳に380、80という二つの数字を書き加えた。
 しばしの間、少女たちは無言で手帳を見つめる。いつ店員が注文の品を運んでくるかわからない状況では、些細な会話が命取りになりかねない。
「おまたせいたしました」
 明るい笑顔を浮かべ、トレイを手にした店員が二人の陣取っている隅のテーブルへとやってきた。由祇が先ほどと変わらない笑みのまま店員からトレイを受け取り、テーブルの空いていた場所へとそれを置いた。
「ねぇ……」
 ややあって、レシートを片手に渦恁が声を上げた。
「このレシートが確かであり、私の認知した情報に誤りがないのであれば、これは別の客の注文品ではないでしょうか」
 レシートとトレイに乗った商品を見比べ、渦恁が淡々と語った。
「可及的速やかに店員の手違いを正さなければ、商品が冷めてしまうでしょう」
「あらら、本当。レシートとトレイを持っていくと、店員に説明しやすいよ」
 由祇はにっこりと笑い、渦恁の方へとトレイを押しやる。渦恁はそれに頷き、レシートとトレイを手にカウンターへと向かった。店員とニ、三言葉を交わし、トレイを渡して戻ってくる。
 程なくして、「先ほどは失礼いたしました。商品、お待たせいたしました」という決まり文句と共に店員が商品の乗ったトレイを持ってきた。
「ありがとうございます」
 渦恁が形だけの礼を述べ、今度こそ正規の注文品を受け取った。
「――あ、お茶、入れていただけますか?」
 見る者を魅了する愛らしい笑みと仕草、そして耳に心地よく響く声で由祇が求める。
「……はい、どうぞ」
 何事もなかったかのように淡々と用意されたグラスにお茶を注ぐと、渦恁はそれを由祇へと差し出した。
「ありがとう」
 グラスを受け取った由祇がそう言い、それを境に一転して二人の雰囲気がガラリと変わった。すなわち、談笑する少女たちからエージェントの(かお)へと変わったのだ。
「……やはり、少し急ぎすぎたでしょうか。計画の変更が必要でしょうね」
 ミニサラダのドレッシングを(もてあそ)びつつ、渦恁が僅かに顔を傾けた。逆光によって妖しく光る眼鏡の奥は見えない。
「はぁ……また一からですか。選定作業って大変なんですよね」
 テーブルの上に張り付くように突っ伏し、由祇が大袈裟に溜息をついた。
「そう言わずに。我らの目的のためには、犠牲は付き物でしょう」
「まぁ、そうなんだけど……」
 諭すような渦恁の言葉に頷きながら、由祇が苦笑を浮かべる。
「いい加減、その体勢はやめませんか? これは真剣な話なんです」
 未だテーブルの上でやる気なく伸びている由祇に、渦恁は少しだけ語調を強めた。

「――あ、救急車」

 不意に響いたサイレンに、由祇はふっと感情の窺えない声で呟いた。断続的に緊急車両のサイレンが届く。
「……誰か、死んだかな」
 (くら)い笑みを浮かべ、由祇が楽しそうに窓の外へと視線を投げる。
「ここではないどこかでは、常に人が死に続けているけれど」
 事もなげに言った渦恁が、サラダに乗っていたトマトをフォークで突き刺した。
「それもそうね」
 あっさりと呟き、由祇は椅子に座りなおすと浅い感傷から醒めた冷ややかな眼差しで店内を見回した。いつの間にか人が減り、他の客たちの会話が聞こえるほどに店内は閑散としている。
 窓の外では、強風に煽られたのぼりが大きくはためいている。その赤い色は、分厚い雲に覆われて今にも泣き出しそうな空によく映えていた。
 不意に、店の前に止まっていた黒塗りの車が音もなく動き出した。


 無言のまま、どちらともなく手帳に目を向けた二人の間で、時は驚くほどゆっくりと刻まれていく。
 時計の秒針が刻むコトン、コトンというリズミカルな音が二人の間では時折聞こえてくるかのようだった。
 話し声が熱を持ち、直接脳裏に浮かぶような錯覚に(おちい)る。周囲の音は全て耳鳴りのように、フィルターを通したような不鮮明な音に変わっていき、視界が(にじ)むようにぼやけていく。
 一転、二転と回転する視界に飲まれ、意識と無意識との境界線が曖昧(あいまい)になっていく――……





「まぁ、どちらにせよ、残された時間は多くはありませんが」
 深い諦めの溜息と共に渦恁が言葉を吐き出す。
「……でも、(しあわ)せでしょう? ――気付くまでは」
 うっそりと微笑んで、由祇は歌うように言った。
「それを言っては、あまりにも……」
 呟いて、渦恁はテーブルの上で両手を組み合わせた。
「なぁに、それ。お祈りのポーズ? AMEN(アーメン)って?」
 その様子を見て、由祇が酷薄な笑みを浮かべる。瞳に宿った(くら)い光が、彼女の雰囲気を抗えない絶対のものにしていた。
「せめて、代わりに祈ってあげるべきではありませんか? ――務めとして」
 聖母のような慈愛と僅かな哀しみを込めて、渦恁はそっと瞳を閉じる。
「――初めから、生きてはいないのに?」
 由祇が幼子の如き無垢で純粋な笑顔を浮かべてそう告げた。
 そして、少女たちは視線を交わし、こちらへと顔を上げた。視線は交わっている筈なのに、何故か焦点だけが合わない。

「「……まだ、気がつかないの?」」

 二人の声が重なって響く。
 こちらを見上げたまま紡がれるアルトとソプラノの声が、まるで音楽のように一つの音となって。

 ――そして。
 プツン、と何かの切れるような音が聴こえた。
 全ての思惟、全ての感覚、存在の全てが終わりのない闇へと沈み、飲み込まれて消えていく。
 後にはただ、遺した記録だけが唯一の証として、在り続けるだけだった。
彩華(以下彩):まずは読んでくださった奇特な方々へのご挨拶からですね^^
宵月(以下宵):そうですね。全力でアヤシイタイトルにも負けず、この「DDP」を読んでくださった皆様。どうもありがとうございました。
彩:「ココ(あとがき)までお付き合いくださってありがとうございます。」って、コレじゃあとがきも終わっちゃいますか(笑
宵:終わらせちゃダメです。
彩:DDPとは、毒、電、波!の略なんですよ~(話題転換
宵:「DokuDenPa」でDDPです。意味は…お察しください。
彩:では、早速ですが毒電波的ストーリーの解説などを。
宵:コレ、某所で行われた会話にかなりの脚色を加えたものです。
彩:かなり、ですか?
宵:かなり、です。
彩:ワタクシ的には「ちょっと」なんですけどもw
宵:起こった事象を除けば、ほとんど脚色です。
彩:あぁ、まぁ。タイミング良く色々ありましたよね。
宵:「それ会話って言わない」というツッコミは不可ですよ?
彩:じゃぁ、実際の本筋に少し触れましょうか。
宵:そうですね。と言っても、ほぼ上の一言に尽きる気もしますが。
彩:ネタバレですけども、まず、アレはホントに某ジャンクフード店の一角で書かれてて。・・・言っちゃってイイでしょうか、アレ、実は「監視カメラ擬人化視点」
宵:あとがきですし、いいでしょう。
彩:間に合わない、とは夏コミに関しての会話だった、とか。
宵:組織は同人サークルの事だとか。
彩:生贄とは、誰にゲストさせるか、だったりとか。
宵:偽名は勿論ペンネームです。
彩:もちろんです。・・・コレを念頭に置いてもう1度読むときっと大爆笑できますよ?
宵:データの消失っていうのは…ハイ、わたくしのぱそこんさんの不調のコトです。
彩:ネタっぽい店員とか、マジな話ですから!
宵:もう何年も前から、面白い事を面白いタイミングでやってくれる店ですよね…
彩:えぇ、ソレも決まってこの時期限定商品がある頃に。
宵:ええ、それはきっとですてにぃ(棒読み
彩:ふぇいと、ですよ、ふぇいと(歌うように
宵:(何かに気づいたように顔を上げ)――カミサマが歌えって…
彩:・・・また懐かしいネタを。正しい漢字変換は「紙サマが歌え」ですよ~
宵:あの当時は、普通に音楽の教科書が鞄に入ってましたよね…
彩:えぇ、私の芸術選択教科が音楽でしたので^^
宵:まぁ、懐かしい過去は埋めておきまして。
彩:お空の彼方に消えていただきましょう。
宵:で、実際のところ、執筆途中でころころとネタが変わってましたよね? DDP。当初は肝試しじゃありませんでしたっけ。
彩:最初は、少し早めの時事ネタで肝試しにしようと思ったんですけども
宵:途中で同人誌がどうのこうのと転がっていき…
彩:夏コミの話題、ですね。最後にはホラーテイストだけ残そうってコトで、監視カメラの電源が落ちるさまを擬人化。
宵:結局、監視カメラはどこから湧いてきたんでしょう?
彩:犠牲をってトコからじゃなかったでしたっけ。今回は死亡フラグが立ってなかったから誰も殺せない、というかリアルに殺せないんで。
宵:あはははは。珍しいですよね、死亡フラグ立ってないのって。いつも何かしら、死亡フラグ立ってません?
彩:店内にいた子供が持つ仕掛け絵本から緊急車両の音が聞こえたあたりから、ぷち死亡フラグっぽくしたんでしたっけね。
宵:あー…そういえば、あそこらへん微妙にフラグですね。
彩:いぁ、カミサマが歌えの時とか、死亡禁止だったから、アレが出来たんで。死亡フラグないものもありますよ?
宵:人死に禁止令…これも叩いて砕いて埋めて、コンクリで固めたい思い出…
彩:えぇ、私たちに「人死に出すな」って厳命がいかに・・・。はぁ~・・・しかも締め切り数日前に~っ!
宵:DDPの原点って、実はそこにありますよね。あの人死に禁止令。
彩:ありますね。いつか発掘して痛いですけどUPしてください。
宵:えーと、わーぷろさんかもーん?
彩:さて、紙面、は尽きてませんけどそろそろ読者が疲れる頃じゃないですか?w
宵:そうですね。我々も、いい加減だれてきましたし。
彩:ワープロさんには後で光臨していただいてください(爆笑 グダグダですしね。こんなトコであとがきは終わりましょうか?
宵:はい。こんなところまでお付き合いくださいましてありがとうございました。
彩:では、締めのご挨拶。今度こそ「ココ(あとがき)までお付き合いくださってありがとうございました」
宵:またいつか、機会がございましたら。
彩:アナタさえよろしければ、その時にでも。

初夏。とあるネット上での会話より

本文、及び後書きは制作当時のものをそのまま掲載しています。

作者:宵月、彩華