夢見る仔猫の恋物語

 いつまでも大好きなたった1人だけに贈る、たった1つの真実の物語。
わたしが綴る、深くて悲しくて切なくて、何よりも愛しい恋物語。
たとえもうわたしの言葉が届くことがなかったとしても、この物語は永遠にキミだけを愛しているという証。


 *
 
 
銀の鳥籠に住む小鳥は、世界を知りません。
生まれたときからずっと銀の鳥籠の中だけが小鳥の世界でした。
鳥籠に囚われたまま、小鳥はそれでも倖せでした。
外の世界を、知るまでは・・・・・・。

ある日のこと、小鳥がいつものように鳥籠の中で空を見上げていると、1匹の仔猫がやってきました。
「こんにちは、可愛い小鳥さん。外の世界に興味はないかい?」
仔猫は芝居がかった仕草でそう言って、小鳥に鳥籠の外の世界について語り始めたのでした。
話はとても面白く、楽しく、美しく、小鳥を虜にするには充分でした。
小鳥はすぐに仔猫のことが好きになり、もっとたくさんの物語を望んだのでした。
そして、もっと外の世界を知りたくなってしまいました。
この日から、仔猫は小鳥へ外の世界を運ぶメッセンジャーとなったのでした。
仔猫は毎日のよう足繁く小鳥の元を訪れてはたくさんの物語を教えていったのです。
けれど物語は所詮物語でしかありません。
夢のような外の世界は、仔猫が見せた幻想でしかないと、小鳥にはわからないのです。
何故なら、小鳥には仔猫以外の話し相手など何も答えない銀の鳥籠くらいしか存在しないのですから。
仔猫にとって小鳥は獲物でしかないのだと、小鳥は知りもしないのです。
仔猫の目的はたった1つでした。
美味しそうな小鳥を柔らかい毛の中に隠した爪で引き裂き、喉に牙を立てたいという欲望のみでした。
それは仔猫として小鳥に向ける当たり前の感情でした。

どれくらいの時間が経ったでしょう。
ついに仔猫は小鳥を銀の鳥籠から連れ出すことができました。
その時をずっと待っていたのです。
小鳥は仔猫を完全に信じていたので、とても簡単でした。
思っていたよりも鳥籠の鍵は固くて、小鳥はもちろん仔猫にもなかなか開けることが出来なかったのです。
銀の鳥籠の外に連れ出してしまえば、充分でした。
仔猫は長い時間を費やして、ようやく獲物を手に入れました。
隠していた爪を閃かせ、怯える小鳥を屠るために振り上げました。
小鳥は何が起こったのかわからないまま、仔猫の凶刃に倒れるしかありません。
仔猫の手は赤く染まり、空を舞うはずの小鳥は地に落ちて羽根を汚しました。
本当なら、小鳥はこの時、何も知らないままに消えてしまうはずでした。
いいえ。
何も知らないわけではありません。
小鳥は種の本能として仔猫は危険な存在だと、気づいていました。
それでも何も知らないまま、仔猫に食べられるのならそれでもいいと受け容れたのです。
ゆっくりと瞳を閉ざし、倖せな記憶のまま眠りにつこうと小鳥の時間は止まりました。
仔猫に裂かれた傷も、痛いとは思いませんでした。

小鳥が目を覚ますと、そこは見知った銀の鳥籠の中でした。
仔猫に爪で裂かれ牙を突き立てられたはずなのに無事だったのです。
全てが夢だったのかと不思議に思った小鳥が首を傾げれば、引き攣れた傷痕が痛みました。
どうやら夢ではなかったようです。
どうして無事なのか、小鳥にはわかりません。
小鳥が仔猫に殺されるのは、種として定められた運命なのです。
空高く舞えば逃げることが出来た運命を受け容れ、消えることを選んだはずなのに、消えていませんでした。
小鳥は待ち続けることにしました。
いつかふたたび、仔猫がやってきたら今度こそちゃんと自分を捧げようと思ったのです。
それは小鳥に出来る、精一杯のお礼の気持ちでした。
知らない世界を見せてくれて、一瞬だけでもその世界を歩けたことへの、お礼なのです。
仔猫がはじめから小鳥を獲物だとしか思っていなくても、全然構わないのです。
知ることなく閉ざされた世界で生きるより、倖せな夢の中で死ねるのならその方が嬉しかったのです。
小鳥は今日も待ち続けます。
明日も、明後日も、ずっとずっと待ち続けます。
いつまでも癒えることのない傷痕を、約束に代えて。
仔猫が小鳥を、今度こそ殺してくれるその日まで・・・・・・。

小鳥は知りません。
もう、仔猫が銀の毛並みの狼に食べられてしまったことなど。
小鳥がすべてを受け入れ、投げ出したあの時、小鳥を食べようとした仔猫が逆に食べられてしまったことなど。
倖せな記憶と共に消えることを選んだ小鳥は、そんな光景を見ていないのですから。
銀の毛並みの狼が、傷ついた小鳥を鳥籠に運んだのだとしても。
たとえ小鳥を癒したのが、銀の毛並みの狼だったとしても、小鳥は何も知らないのです。
最期の瞬間まで、小鳥が真実を知ることはないのでしょう。

ずっと、夢の中で仔猫を待ち続けることを、選んだのですから・・・・・・。





わたしがもし、もう2度とキミと言葉を交わすことが出来なくなっても、わたしがキミに贈る物語に込められた想いは、きっと届くと信じ続けていたいと思った。
キミがわたしを信じられなくても、わたしはわたしの想いを誰よりも信じられるのだから。
だから、これはわたしだけの物語。
たった1人のために綴り続ける、永遠に終わらない、深い愛の物語。
恋が愛に変わった日から、わたしはもう囚われていて、ただキミがそれを知らないだけだから。
空を自由に飛ぶ鳥のようにキミの元へ今すぐ飛んで行けたなら、どんなに幸せだろう・・・・・・。
製作者:月森彩葉