スクールウォーズ 28

 週が明けた月曜日、昼休みにいつものように生徒会室に集まった生徒会の面々だったが、その空気はどこか重かった。それもそのはず、文化祭の反省会を行っていたのである。
「まぁ、手が回らなかった部分は多々あれど……アレはどういうことなのか説明してもらおうか? 中須」
 頭痛をこらえるかのように額に手を当てた恭二が、深々とため息をついて悠を見やった。悠はその視線から逃げるかのように、わずかに目をそらして口を開く。
「アレ、と言いますと……?」
「ごまかすな。一年一組と四組の合同舞台発表での、あのチャンバラはどういうことかって訊いているんだ」
 恭二の追求に詩織はどこか楽しげに、薫は興味があるのかないのかよくわからないような顔つきで悠に視線を投げる。一同に(なら)うように、望美もまた悠へと視線を向けた。
 注目を集めることとなった悠はどこか気まずげに視線をさまよわせ、けれども逃げることができないと悟ったのか、あきらめたように目を閉じて嘆息した。
「何と言いますか……気づいたらあんなことに」
「当日いきなりああなったわけじゃなかろうが」
 企画段階で把握していたはずだろう、とツッコまれて悠が視線をそらす。まったくもって恭二の指摘の通りであるからだ。チャンバラの最中に木刀を持ち出したあたり、前もってそれが企画されていたことの証明にほかなるまい。
「それはともかくとして、次の【コンクエスト】はどうするんです?」
 露骨な話題転換に出た悠に、逃げたな、と薫がつぶやく。
「おい、こら。ちゃんと説明しろ」
「本当にどうしてああなったのか、僕にもわからないんですよ。事故、というか何というか……。練習中にちょっと組み手みたいになっちゃって、それを面白がった周りがそういう方向でプログラムを組んでしまって」
 自分のせいではないと言いたげな悠に、ほう? とつぶやいて恭二は眉を上げた。
「なら、企画の方向性が変わった段階でどうして報告しなかった?」
「当日いきなりやらかした方が面白いんじゃないかってなって……」
 黙ってろと言われました、とつぶやくように答える悠。申し訳ないとは思っているのか、その視線は床を向いている。
 そんな悠の様子に、恭二は肺の空気を全部吐き出すかのように深々とため息をついた。
「……まあ、やらかしたもんは今更どうしようもない」
 そう言って、ただし、と付け加える。
「次からは、妙な方向に話が流れそうだったらちゃんと手綱は取れ」
 お前は生徒会役員だろうが、との言葉に悠はうなずいた。
「で、結局次の【コンクエスト】はどうする?」
 とりあえず話が一段落ついたのを見計らい、薫が問いかけた。
「どうするっつってもなぁ……再来週(さらいしゅう)にオープンキャンパスがあるだろ? あそこでイベント戦闘やるから必要ないんじゃないか?」
 恭二の言葉にそれもそうか、と薫がうなずきかけた時、詩織が異を唱えた。
「あら、そうは言いますけれど、最近はイベント戦闘ばかりでしょう? ここらで一つ、通常戦闘を行ってもいいのではありませんか?」
 そう言って首を傾げた詩織に恭二が唸る。詩織の言葉にも一理あると思ったからだ。
 しばらく考え込むように腕を組んでいたが、やがて恭二は小さくため息をついた。
「【コンクエスト】に関しては、俺らは引退した身だからなぁ。最終的にどうするかはおまえらに任せるよ」
 丸投げされた下級生たちはそれぞれ顔を見合わせた。そのままフリーズしてしまった三人に、苦笑した恭二が口を開く。
「迷った時は多数決だな。【コンクエスト】やりたいヤツは挙手」
 その言葉に一年生二人が手を挙げ、それを見た恭二がぱんと手を叩く。
「ほい、んじゃ通常戦闘しかけるってことで決定な。で、誰がやるかだが……在原、やってみる気はないか?」
「わたしですか?」
 話を振られた望美がきょとんとした様子で首を傾げる。
「あー、たしかにデビュー戦のあとは、ずっとイベント戦闘ばっかりだったもんね」
「そういうことだ。デビュー戦の時も中途半端な状態で終わってるし、一度ちゃんとした通常戦闘をやっておいた方がいいだろう」
 薫の言葉にうなずいた恭二が、望美の方を向いてどうだと問いかける。望美はそれにしばらく考え込む様子を見せたあと、ゆっくりとうなずいた。
「了解しました。そういうことであればわたしがやります」
「よし、いい返事だ」
 満足そうに笑った恭二を見やりながら、頬杖をついた悠がぼそりとつぶやきを漏らした。
「……何だかんだで結局仕切りますよね、黒崎先輩」


         ◆


「ねー、在原ちゃん。何だってまた昼休みに、しかも昇降口なんて戦いにくい場所を選んで征服予告出したの?」
 理解できないと言いたげな声音で問いかけてくる薫の声に、強化スーツへと着替えた望美は更衣スペースのカーテンを開けた。
「面白そうだったからです」
 望美の答えに、薫と悠が苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめ、恭二と詩織が小さく吹き出した。
「よし、それじゃ一つ派手に暴れてこい!」
 今なら人がいない、と廊下を指し示した恭二が楽しげにゴーサインを出す。
「了解しました」
 大まじめにそう答えると、望美は仮面をつけて歩き出した。
 一階分階段を下り、南棟二階の廊下で戦闘員たちと合流する。彼らと共に西側の階段を使って一階まで降りると、望美はそこで足を止めた。
「ではお願いします」
 望美の言葉に各々(おのおの)うなずきや奇声で応え、戦闘員たちが一斉に駆けだしていく。
 しばらく待つと、準備を整えたらしい戦闘員たちの呼びかけが聞こえてくる。よし、と気合いを入れるようにうなずき、望美は昇降口へと向かって歩きだした。
 放課後ならばまだしも、さすがに昼休みの昇降口に生徒の姿はほとんどないだろうと思っていたのだが、望美の予想に反して渡り廊下側に立つ戦闘員の背後にはそれなりに生徒の姿が見受けられた。
 なぜか生徒たちの大半はパンやおにぎりを手にしており、果ては弁当箱を抱えている者までいる。中庭で昼食を取る者は多いと聞いていたが、これはどう見ても食事中に教室から飛び出して来た様相ではなかろうか。
 そんなことを考えながらギャラリーの視線を横切るように歩を進め、望美は昇降口の真ん中あたりで立ち止まった。周囲へと視線を投げてから宣言する。
「これより征服を開始します」
 その直後、スピーカーからアラームが響き渡り、もはやお馴染みとなった出動判定が放送された。それからやや遅れるようにして、ドタバタと騒々しい足音が近づいてくる。
「こちら【特殊報道部】、ただいま現場となった昇降口に到着しました。これより中継を開始します!」
 マイク片手に叫ぶリポーターの弁当売りのごときスタイルも、生徒(ギャラリー)を引き連れての登場も、もはや見慣れたいつもの光景だ。


 【特殊報道部】が配置につき、物見高い生徒たちが駆けつけ、状況はほぼ整ったというのに、なぜか肝心の【正義の味方部】がいつまで経っても姿を見せない。
 望美の頭上で何度目かの出動判定放送(カウントダウン)が流れた。残り時間はすでに半分を切っている。焦れた生徒たちがまだなのかとぼやき始め、リポーターがカメラに向けて【正義の味方部】を呼んでいる。
 そんな周囲の状況を見やり、望美はゆるく握った拳を口元に添えた。【正義の味方部】の出動が遅い場合、適当に(あお)って場を持たせろと恭二から指示されている。
 だがしかし、煽れと言われても実際にどうすればいいのだろうかと望美は首をひねる。今まで見学してきた【コンクエスト】ではすぐに【正義の味方部】が出動してきたため、煽って場を持たせる必要などなかったのだ。参考資料のDVDも同じくである。
 さて、これは困った、と眉を寄せた時、ふと望美の脳裏に閃くものがあった。一番最初、望美が【世界征服部】に所属する切っ掛けとなった【コンクエスト】である。
 一年三組の教室での戦いの際、【青藍】による征服宣言が行われてから【ジャスティスブルー】が出動してくるまでにはかなりの時間を要していた。あの時に【青藍】が言っていたようなセリフでいいのではないだろうか。たしか、あの時彼は――。
「我々に恐れをなしましたか? 【正義の味方部】」
 声を発した望美に反応し、【特殊報道部】が即座にカメラを向ける。まっすぐにカメラを見据えると、望美はピコハンを握った右手をゆっくりと持ち上げた。
「ならば、これ以上我らの邪魔をせぬことです」
 言葉と共に一歩前へと踏み出し、カメラに向かってピコハンを一閃させる。距離があるので当たるはずもないのに、その軌跡の延長線上にいた【特殊報道部】や生徒たちが思わず息を呑んで後ずさった。
 その様子に内心首を傾げつつ、望美はくるりとピコハンをひるがえして元の位置へと戻った。ピコハンを振るった反動で乱れたケープを整える。
 その後も【正義の味方部】は現れぬまま、時折スピーカーから流れる追い詰められたような出動判定放送(カウントダウン)の声だけが時間の流れを示していた。
『征服完了まで、残り六十秒ですッ!』
 【世界征服部】の不戦勝か。そんな空気が流れる中、悲壮感を帯びた少女の声と共に、力強く地を駆ける足音が廊下に木霊(こだま)した。
 真っ先にそれに気づいた望美が音のする方へと向き直り、その動きで異常に気づいた生徒たちもそちらへと顔を向ける。
 悲鳴、歓声、ヤジなどを一身に浴びながら、避け損ねた生徒を蹴り飛ばす勢いで昇降口に人影が駆け込んでくる。盗塁王もかくやという、それは見事なスライディングで靴箱に激突した【ジャスティスブルー】は、その体勢のまま登場セリフの書かれたスケッチブックを頭上にかざした。
 【正義の味方部】の登場に沸く周囲をよそに、【ジャスティスブルー】を見下ろしながら望美はわずかに首を傾げた。
「以前もタイムリミットすれすれの滑り込み――と言うか、あれはむしろ飛び込みでしたね。出動判定としてはセーフなのかもしれませんが、他人に危害を加えかねない行為はいかがなものかと思います」
 言われた当人を含め、予想外の言葉であったのだろう。ビシリと音を立てて場の空気が凍った。
 小鳥のような仕草で首を傾けた【ジャスティスブルー】が、掲げていたスケッチブックを下ろして紙面を自分の方へと向けた。常備しているらしいサインペンを取り出すと新たなページに何かを書き付け、紙面を望美の方へと向けてスケッチブックを持ち上げる。
“非常事態だったもので”
 その文面に、ふむ、と望美は口元に拳を寄せる。
「根本的な問題として、あなたはその遅刻癖をどうにかすべきだと思いますが?」
「――いやいやいや、ツッコむところ違うっしょ!? てゆーか、ソレって今する話なの!?」
 あまりにもずれた会話に我に返ったのだろう、ギャラリーの一人が思わずといった様子でツッコミを入れる。
「それもそうですね。役者も揃ったことですし、始めましょう」
 準備をどうぞ、と空いた左手でギャラリーを指し示した望美にうなずき、立ち上がった【ジャスティスブルー】は手近にいた生徒にスケッチブックを手渡した。戻ってくると、礼を告げるかのように頭を下げる。
「ご登場いただいて早々に申し訳ありませんが、ご退場願いましょう」
 くるりとピコハンを回転させるようにして構えなおすと、望美は【ジャスティスブルー】を見据えてそう告げた。対する【ジャスティスブルー】も構えを取る。
「参ります」
 低くささやくと、望美は勢いよく駆けだした。【ジャスティスブルー】の脛を狙い、叩きつけるようにしてピコハンを振り下ろす。遠心力の乗ったその一撃を、【ジャスティスブルー】は縄跳びでもするかのように軽々と飛び越え回避する。
 反撃を警戒して振り返った望美の前で、【ジャスティスブルー】は観衆の度肝を抜く行動に出た。彼は望美に背を向けて駆け出すと、靴箱の陰へと飛び込んだのである。
 望美が【ジャスティスブルー】の後を追えば、彼は靴箱を伝って反対側へと逃げた。ならばと逆側から回り込もうとすると、それと察して【ジャスティスブルー】も反転する。
「おおっと! これは鬼ごっこ再びか!? 【杜若】、どうも対戦相手に恵まれない様子です!」
 ぐるぐると靴箱の周囲を回る二人の様子を的確に表したリポーターに、ギャラリーたちから笑いが巻き起こる。
 このままでは(らち)が明かないと、望美は足を止めた。【ジャスティスブルー】もまた靴箱を挟んだ反対側で立ち止まり、こちらの様子を窺っている。試しに望美が右に移動するフリをしてみれば彼は左側へと向かい、左側に行く様子を見せれば右側に寄る。やはりこのままでは昼休みが終わるまで鬼ごっこが続くだろう。
「……なるほど」
 小さくうなずくと、望美はやおら左手を靴箱にかけた。そのまま体を靴箱の上へと引き上げる。靴箱の上を一気に駆け抜けて【ジャスティスブルー】の元へと向かうと、彼の頭上からピコハンを思い切り振り下ろした。
「――ッ!」
 咄嗟(とっさ)にしゃがんで避けたらしく、ピコハンは【ジャスティスブルー】の頭上を空振りした。
 望美がピコハンを手元に引き戻すと、【ジャスティスブルー】も立ち上がる。叩こうとすればしゃがんで避けられる。
 ピコハンが届かない位置をキープしていればいいものを、わざわざ立ち上がってはまたしゃがんでということを繰り返す【ジャスティスブルー】。しかも望美が陣取る靴箱の周りをぐるぐる回りながらである。明らかに面白がっているとしか思えなかった。
「鬼ごっこの次はモグラ叩き、だと……?」
「【正義の味方部】も大概だが、それ以上に自由人(フリーダム)すぎるだろ、【杜若】!」
 モグラ叩きに突入した戦闘に、ギャラリーから呆れ混じりのヤジが飛ぶ。
「遊んでるんじゃねー! まじめにやれよ!」
「時間切れ狙いか? ブルー。勝てば官軍って言うもんな」
 戦闘の流れが期待はずれであったためか、飛び交うヤジに口汚いものが混ざり始める。中にはこれ以上観戦していても時間の無駄と判断したのか、その場を離れる者もいた。
 視界の端に捕らえたそれらに、む、と望美は眉を寄せる。ちらりと時計に目を走らせれば、残された時間もごくわずかだ。
 イベント戦闘も含めれば、最近の【世界征服部】は負けが込んでいる。デビュー戦の不甲斐ない結果といい、ここらで一矢報いなければ先輩たちに合わせる顔がない。
 よし、とうなずいた望美はピコハンを握り直した。【ジャスティスブルー】が顔を覗かせるのにタイミングを合わせてピコハンを振り下ろす。
 これまでと同じく、振り下ろされるピコハンを避けるために【ジャスティスブルー】がひょいと頭を引っ込める。それを追って望美は靴箱から飛び降りた。
 それに気づいた【ジャスティスブルー】が慌てて靴箱の陰に走り込もうとするが、時すでに遅し。望美は着地の体勢のままピコハンを投擲(とうてき)していた。
 実にイイ音をさせ、ピコハンが【ジャスティスブルー】の後頭部にクリーンヒットする。続いて、【ジャスティスブルー】自身が昇降口のガラス戸にぶち当たる音が響き渡る。ずるずると床にずり落ちた【ジャスティスブルー】は、気絶でもしたのか望美が近寄っても起き上がる気配はなかった。
 【ジャスティスブルー】の傍らに落ちていたピコハンを拾うと、望美はバトントワリングの要領でそれを空中に投げ上げた。くるりとその場でターンし、落ちてきたピコハンを右手を伸ばしてキャッチする。
「征服完了しました」
 望美の宣言と同時に予鈴が鳴り響く。掲げていたピコハンを下ろすと、望美はその場に背を向けて歩き出した。その背中を戦闘員たちと、リポーターの声が追いかける。
「勝利を手にしたのは【杜若】です! 昇降口は【世界征服部】の支配下となりました!!」
製作者:篠宮雷歌