ごめんなさい~犯行声明文~

 学校帰りの生徒達で賑わうファーストフード店の一角で、場違いなほどの重苦しい空気を放つ2人の少女がいた。
 1人は長いふわふわの髪を遊ばせ、その大きな瞳でノートパソコンのディスプレイを見つめている。
 もう1人は、短めのセミロングヘアの少女で、ほおづえをついて、正面に座る少女とノートパソコンを眺めている。
 周りでは、時折明るい笑い声が弾けていた。
 ノートパソコンの正面にいる少女が、重々しく口を開く。
「事件、ですね」
 彼女の指は、休む事なくノートパソコンのキーボードを叩いている。
「事件ですねぇ……」
 相方とおぼしき少女は、一体ドコからかっぱらってきたのやら、魚の名前シリーズが羅列してある湯飲みを両手で包み込み、ほんわかと言った。
「……全っ然、事件っぽく聞こえないよ…渦恁(かいん)しゃん……」
 キーボードの上に突っ伏し、相手の少女は泣き言を言う。
「でもねぇ由祇(ゆき)ちゃん。そんな重大な事じゃないんじゃなーい?」
 のほほん茶――TPOを考えずに、のほほんとお茶を飲むコト――をしながら、渦恁(と呼ばれた少女)は事もなげにやんわりと言った。
 そう。事件と言ってはいるが、実際にはそんなに大した事ではない。だが……やはり―――
「こ・れ・で・も?」
 一文字ずつ強調して言いながら、由祇(と呼ばれた少女)はノートパソコンを相手の方へと向ける。
 ソレを見た瞬間、渦恁の顔から表情が消えたのを由祇は見逃さない。
「ほーらね。事件でしょう? 立派な」
 なぜか得意げにそう言うと、由祇はノートパソコンを自分の方に向けなおした。
 しばらくの間、2人に無言の時が訪れる。
 何を考えたのか、不意に由祇が自分の鞄を漁りだした。
 そして、彼女が取り出したモノとは………
「じゃ~ん♪ 探偵七つ道具の1つ、虫眼鏡っ!! ……の前にぃ、パイプと帽子とツケヒゲをっと……」
 ごそごそと変装(?)をする。その間たったのコンマ3秒である。
 そして彼女はこうのたまった。
「うむ。ではこの虫眼鏡で、まず隅々まで観察してみよう。さぁ、ワトソン君。君もやりたまえ」
 それを見て、渦恁は湯飲みを置くと、自分もまた鞄を漁りだす。
 そんな渦恁をよそに、由祇はノートパソコンの裏やトレイの下、果てはテーブルの下までをも虫眼鏡で『観察』している。
 はっきり言って、その姿はかなりアヤしい。問答無用でアヤしすぎた。何もせずに大人しくしていれば、とても可愛らしい容貌をしているのだが………――――AMEN(アーメン)
 自分のすぐそばにある壁を『観察』していた由祇がハッと顔を上げ、鞄の中から≪高校生の音楽2≫の教科書を取り出し、パラパラとページを繰って賛美歌の載っているページを開いた。
 そしてノートパソコンを脇に押しのけて、2人の前に教科書を置いた。
「――――――――ナニ?」
 鞄を漁る手を止め、「見なきゃ良かった」という表情(カオ)で渦恁が問う。
「カミサマが唄えって」
 身じろぎもせずに、渦恁の()をじっと見つめたまま由祇がのたまう。
 「聞くんじゃなかった」というような絶望しきった空気を纏い、渦恁が鞄から『何か』を取り出した。
 パァ―――――ンッッ!!
 次の瞬間、乾いた破裂音をさせながら、その『何か』が由祇の後頭部にヒットした。
「何すんのよッ!!」
 思わず立ち上がり、由祇は叫んだ。
「―――――なんでハリセン?」
 『何か』の正体を知り、くたっと脱力してテーブルに突っ伏しながら、由祇は力なくつぶやいた。
 この体勢、本日2回目。
 そこへ店員が何かを運んできた。
 それを見て、由祇がパッと顔をあげる。
「うわぁ―――い」
 嬉しそうに声を上げて、由祇は玄米フレークシェイク(木苺味、税込み262円)にとびついた。
「つめたぁ―――い。でもおいし」
 片手を頬に当て、由祇が言う。
 そんな由祇を見ながら、渦恁も自分のに手を伸ばした。
「……ふむ。ホントの蓬餅(よもぎもち)か……」
 渦恁が玄米フレークシェイク(よもぎあずき味、同じく税込み262円)を口に運び、そうつぶやいた。
 どうやら、2人とも事件のコトは三途の川の向こうでマリア様に手渡して(と書いて「押し付けて」と読むらしいのだが)きたらしい。………なんか、今、宗教的にごっちゃになった気がしたが……まぁいいか。
「うわぁ―――い。ぐるぐる……」
 そう言いながら由祇がシェイクをスプーンで掻き混ぜる。
 ……マーブリングっぽい……
 いや、それより……お前は幼稚園児か…………?
「食べ物で遊ぶんじゃない!」
 渦恁のセリフと共に、ピコンッという大変可愛らしい音が由祇の頭の上に降ってきた。
「はうッ……今度はピコハン。小さいからピコハン。大きいピコピコハンマーじゃなくて良かった。
 良かったよ、ピヨノン装備中で。危うく気絶するトコだった」
 ワケのわからないコトを、長々と述べる由祇。
 僭越ながら説明しよう。『ピヨノン』とは…え? しなくていい? そんなァ……
「……装備してたのか…ピヨノン……
 それはそうと、事件はどうなったんですか?先生」
「その事だがね。ワトソン君。もう解決したよ」
 由祇はパイプをくゆらせながら、……煙が、ナイ……?
 よく見ると、煙の代わりに小さなボールがふよふよと浮いたり落ちたりを繰り返している。それって、もしかしておもちゃのパイプ? よくお菓子とセットで売ってる? まぁ、未成年の喫煙は法律でかたく禁止されてるし……
「えぇ!? いつの間に?」
 渦恁が驚き、声を上げる。
「ふっふっふ」
 由祇はアヤしげに笑みを浮かべると、ノートパソコンのディスプレイを彼女に示した。
「あぁっ!! 確かに……」
 渦恁がまたも驚きの声を上げた。


≪由祇と渦恁からの挑戦状≫

 さて、賢明な読者諸君。推理してみたまえ。
 彼女らの元に突然舞い込んだ事件とは?
 そして、その解決方法とは?
 解った人もそうでない人も、次のページに進みたまえ。

 By由祇