俺が異世界に飛ばされたらツインテールの美少女になっていた件 7

思いがけず、この異世界の仕組みやら伝承やらを知ることになった翌日。
俺は座学だけではこの先、生きていけないというもっともな理由でジークによって惑星ネビロスに連れ出されていた。
一見、長閑(のどか)で自然豊かな心を和ませる風景に惑わされてはいけない。
ここ、惑星ネビロスは、未開の地であり、調査対象であり、同時に原生種と呼ばれる凶暴な大型の獣がたくさん生息している場所なのだ。
「イイか?まず、マナを完璧に使いこなせるようにならないと、即死だからな。基本中の基本からいくぞ!」
俺に戦闘の基本を教えるべく、既にデータの補完が完了した、いわゆる初心者向けの草原のような場所で、数匹の原生生物に囲まれながらジークは背負っていた大きな剣を構えていた。
「よっく見てろよ!」
元気よくそう宣言するなに、ジークは大きな剣を思い切り振り回す。
大剣の軌跡は燐光を放ち、状況を忘れて見入ってしまいそうな光景だが、光の粒を撒き散らしながら手あたり次第に原生種を屠る様は、SF映画かファンタジーアニメの見せ場のような光景だった。
しかし、残念なコトに、コレは画面の向こう側の出来事ではない。
「ざっとこんなもんかな。自分の内に満ちるマナと、大気に漂うマナを意識して、こう、がぁっと集めるカンジで溜めて、ぐぁってカンジで放出すれば、行けるから。ほら、やってみろって」
ジークは底抜けに明るい笑顔を浮かべると、俺に向かってそう説明した。
ぶっちゃけ、がぁっとぐぁっと何て言われても、さっぱりイミが解らない。
指導という意味では、間違いなく人選ミスだと思う。
「…もう少し、抽象的じゃない表現で教えて貰えないか…」
そもそも俺の武器は、剣のような近接物理攻撃用の物ではない。
それ以前に、武器かどうか(はなは)だ怪しい代物だった。
コンダクターというクラス名が指す通り、俺の初期装備としてカウンターで渡された武器は、タクト。
要するに、指揮棒。
一体どうやって戦えというのだろうか。
試しに振ってみたら、ジークの持つ大剣のように光の粒を撒き散らしながら燐光が軌跡を描くが、こんなもので殴ったって威力なんてたかが知れているだろうし、まず敵に当たる距離まで近づくと、先に俺が敵の攻撃を喰らうのは間違いないだろう。
「そうだなぁ…まず、マナを感じ取るとか、流れに身を任せるとか、そーいうのなんだけどさ…。コレばっかりは感覚だからなぁ…」
抽象的じゃない説明って言われてもなぁとジークは頬を掻きながら、苦笑していた。
今、俺たちがいる場所は既に調査開拓済の比較的安全な場所なのだが、ソレでも原生生物はドコからともなく沸いてくる。
その都度、俺はひたすら逃げ回るしかないし、ジークが片っ端から退治をしているという状況を繰り返すコト、体感でそろそろ1時間くらいは経過していた。
ソレでも、ジークが何度見本を見せてくれたところで、残念なコトに俺は1度もマナを操るという行為を実践出来ていないというのが現状だ。
「…なぁ、オルフェ。真面目な話なんだけどさ」
再び沸いた原生生物を一刀の元に切り捨てた後、ジークは妙に真面目な表情を浮かべて、俺に向き直った。
「…何だ?才能が無さ過ぎるとでも言いたいのか?」
俺は地球生まれの地球育ちなので、根本的にマナを操る才能とやらが欠落しているのかもしれない。
今更その事実を突き付けられたところで、仕方がないと言うしかないだろう。
「いや、そうじゃなくてさ。別に、オルフェが戦う手段を身に付けなくても、イイんじゃないかと思うんだけどさ」
そんな必死にならなくてもイイんじゃないか、とジークは真摯な様子で俺に説いた。
「…ソレで、貴様らが俺の代わりに元の世界に戻る情報を集めてくれるのを、大人しく待ってろってコトか?」
1度、それとなく提案されたのを断ったのは、他でもない俺だ。
自分の問題なのに、人任せにしておけるワケがない。
彼らが頼りないとかそういうコトではなく、純粋に申し訳ないと思うからだ。
だから、俺はこの世界で最低限生き抜けるだけのスキルを身に着けたいと彼らに請うた。
「だって、戦う必要なんて、無いだろ?オルフェが嫌じゃないなら、オレが絶対守ってやるからさ」
真っ直ぐな瞳で、ジークはそう訴えるように言う。
何故そんなに、出逢って間もない相手に優しく出来るのだろうか。
「…この世界では、程度の違いはあっても誰でも戦えるのが当たり前なんだろう?」
この世界について説明をしてもらった時、マナを扱う才能を持った人は必ず【ユスティティア】になるのが義務付けられていると教わった。
【ユスティティア】とはつまり、未開の星を調査したり、大いなる厄災に備えたり、とにかく最前線で戦う集団の名称だ。
この世界に飛ばされた時、【ユスティティア】の予科生として飛ばされたのだから、扱い方さえ理解すれば、俺にもマナは扱えるというコトだろう。
つまり、戦う義務があるというコトに他ならない。
ソレなのに、彼は、いや彼らは、俺に戦わなくても構わないと言ってくれた。
まだ幼いアイリスでさえ、俺は戦わなくても構わないと言ってくれたのだ。
「この世界はそういうトコだけどさ…。無理に戦う必要なんて、ないんだぞ?代わりにオレたちがいくらでも戦ってやるからさ」
ジークはそう言って、少しだけ柔らかい笑みを見せた。
「小さな子供まで、当たり前に戦う世界でか?」
俺が本当に見た目通りの少女だったのなら、たぶん喜んだだろう言葉だ。
だが、俺の脳裏を(よぎ)るのは、まだ年端もいかない子供のアイリスのコトだった。
あんな子供でも戦わされる世界なのに、異世界から来たからという理由で自分だけのうのうと安全な場所に居てもいいのだろうかという愚問だ。
「…アイリスのコトか?」
俺の言葉の裏を、ジークは正確に読み取ったらしい。
名指しで、そう訊いてきた。
俺はそうだという意を込めて、頷いて見せる。
「…アイツの場合は…そもそも選択肢が存在しないからな…。戦わせずにすむなら、オレたちだって戦わせたくないけどさ…」
歯切れ悪く、ジークは言葉を濁す。
たぶん、続く言葉は、仕方ない、だ。
明るさがウリとでも言えるジークの表情が、(かげ)を帯びる。
こんな表情をさせたかったワケじゃないが、たぶん俺の言いたいコトは、コレでちゃんと伝わっただろう。
あんな小さな子供が、仕方ないという言葉で戦うことを義務付けられる世界。
そんな世界なのだから、部外者であっても俺が逃げるワケにはいかないと思う。
それに、出来る事なら、俺が守ってやりたいと思ってしまったのだ。
どこか大切な人の面影に似た、幼い少女を。
「だったら、俺だって戦わないワケにはいかないだろ?才能の無さは仕方ないにしても、どうにかモノにするから、もう少し付き合ってくれ」
何もあの少女を守りたいというだけじゃない。
俺は少しでも彼らの負担を減らしたいと考えたのだ。
こうやって俺のために割く時間や、労力を、少しだけでも減らしたい。
「…わかった。ソレじゃ、もっかい見せるから、せめてマナの流れだけでも感じられるように頑張ろうぜ」
深く溜息をついたあと、ジークはニカっと笑って見せた。
意志は固まったとでも言うように、再び大剣を構える。
「ああ、頼む」
俺に見本を見せてくれるのは解っている。
今度こそコツを掴むべく、せめて彼の言うマナとやらを感じるべく、俺は大きく頷いた。
原生生物が、茂みの隙間から姿を見せる。
「うらぁっ!」
気合の入った掛け声と共に、ジークが思い切り体験を振り回す。
一振りで1匹は確実に始末するジークの腕に感心しながら、俺は必死にその軌跡を見つめた。
マナは目に見えない力だと教わったが、ソレでも目を凝らす以外に手段なんて思いつかない。
敵がいない時は、見様見真似でひたすらタクトを振る。
光りの軌跡は残るが、ソレだけだ。
その様子を見守るジークも、俺にどう教えてイイか解らないのか、ただ困惑した表情になるだけで、コレといって打開策は思いつかないのだろう。
そんなこんなで、身につかないまま、更に体感で1時間くらい経過しただろうか。
体力的に限界というワケではないが、精神的にはそろそろ限界だと感じ始めた頃。
原生生物ではなく、人が茂みを踏む音が聞こえて、俺は思わず音の方を振り向いた。
「…貴様は…」
茂みをかき分けるようにして姿を見せたのは、今日は別の用事があるとかで朝から姿を消していたローゲだ。
「あまりにも2人が戻ってこないから、遭難でもしてるんじゃないかとニコラが心配していたぞ」
苦笑交じりに言いながら、ローゲは俺やジークの様子を見て、何やら察したと言いたげに肩を竦めて見せる。
「悪いな…。マナの流れとやらが、全然さっぱり理解の範疇外でな…」
言い訳をしても仕方がないので、俺は素直に時間がかかっている理由を口にした。
「…まぁ、教師役が脳筋のジークじゃ、伝わるものも伝わらないだろ」
俺の言葉に、ローゲはそれじゃ仕方ないとでも言うように苦笑を浮かべる。
「オレのせいみたいに言うなよ!だったら、オマエが教えてやれよ」
怒っているワケでも不貞腐(ふてくさ)れているワケでもなく、軽く笑い飛ばすようにジークが言い返す。
憎まれ口をたたき合おうが、この2人は本当に仲が良いのだろうと思わせる軽い空気が流れていた。
「俺でもダメだ。そもそも、俺やジークは前衛で、オルフェのクラスは基本的に後衛かつ支援職だろう?俺たちがいくら見せても、解りづらいんじゃないか?」
根本から間違っているのでは、とローゲはあっさりした口調で告げる。
「マナの扱いなんて、職関係ないじゃん?」
それに対して、ジークはサラリとそう言い返す。
「…まぁ、その点に関してはな…。じゃあ…まず…」
ソレだけでも教えるか、とローゲはやれやれと肩を(すく)めた後、背負っていた武器を手に取った。
ローゲの武器は、長い刀だ。
この世界にも刀なんていうモノが存在するんだなと正直驚きはしたが、拵などが少しだけ俺の知る刀と違う気もする。
「何色でもイイんだが、自分を取り巻く空気や体内に、色のイメージみたいなモノが見えないか?俺だと、黒なんだが…感じられる色は人によってバラバラらしくてな」
ソレさえつかめれば、後は簡単だと、ローゲは刀を鞘から抜いて、一閃させた。
刀の切っ先が触れてもいない場所まで、茂みがザっと吹き飛ばされていく。
確かめるまでもなく、コレがマナの力なのだろう。
切り裂いたのは茂みだが、コレが敵に向けられたら、ただ刀で薙ぎ払うよりもよほど強い威力でダメージを与えられるハズだ。
「オレは赤かな~…そういや、色イメージって言われてみれば最初に習った気がするなぁ」
考え込むような仕草を見せ、ジークは中空を見つめながらそう言った。
彼らの言う、色イメージとやらが、マナの体感と言うヤツなのだろう。
「…そういう解りやすいイメージがあるなら、最初に教えてくれ…」
ジークに対して一言だけ苦言を呈すると、俺は疲れていた神経を集中させる。
色のイメージ。
自分の中や、大気に漂う色を捕まえるように、感覚を研ぎ澄ませた。
蝋燭(ろうそく)の火のような、橙に近い色が、揺らめいているような気がする。
ソレは自分の内に灯る光であり、同時に蛍のように俺の周囲を飛んでいる色だ。
「…どうやら、見えたみたいだな」
目に見えないハズのモノに焦点を合す俺を見て、ローゲがふっと笑みを見せた。
「今見えている色が、マナだと思ってイイ。後は、ソレを自分の意志でコントロールするだけだ」
集まれ、力になれ、そういう風に念じたら、自在に操れるようになる。
ローゲは事も無げにそう言った。
「…そんな簡単に…」
単純そうに言うが、超能力や魔法のようだと感じる俺には、とてつもなく難しいことのように思える。
それに、自分の力に変えると言っても、そもそも俺はどうやって戦えばいいのか解らないのだし。
無理だと思いながらも、そのぼんやりと光る灯みたいな橙を意識しながら、タクトを振った。
「あ…」
タクトの動きに合わせるように、俺を取り巻いていた蛍のような光たちが、まるで意志を持っているかのように一斉に揺れ動く。
「お、出来たじゃん!やったな!」
我が事のように、喜色を滲ませた声でジークが明るく笑う。
その言葉の通り、タクトの動きに合わせて揺れ動く蛍火は茂みを割いていた。
「やっぱり、教えた人間の問題だな。オルフェ、バカに付き合って疲れただろ」
友人への皮肉混じりに俺にねぎらいの言葉をかけてくれたのは、ローゲだ。
確かに、抽象的な言葉でしか教えてくれないジークにあのまま教わっていたら、たぶん日が暮れてもマスター出来なかっただろう。
だがしかし、バカくらいは否定してやるべきだろうか。
少なくとも俺のために時間を割いてくれた事には変わりないのだから。
「いやぁ、教えるって言っといて、こういうの苦手でさ。悪かったな」
俺がフォローするかどうか考えている間に、ジークは悪びれなくカラリと笑ってそう言った。
「2人がいつまで経っても帰ってこないと聞いた時から、まぁ、こんなことだろうと思ってたけどな」
あまりにも予想通り過ぎてとローゲが苦笑する。
「じゃ、マスター出来たコトだし、戻るか?流石に疲れただろ」
ジークは俺に向けて、そう問いかけた。
言われて、俺は自分の状態を省みる。
体力的には、まだ余裕があった。
出来たという達成感で、精神的な疲労もどこかへ飛んでしまったようだ。
「いや、出来れば、もう少し完全にモノにしておきたい」
2人さえ良ければの話だがと言い置いて、俺は自分の希望を口にする。
先に帰ってて構わないとまで言えないのは、情けないが、正当な自己評価だと思うことにした。
足手まといにならないとまでは言えないが、せめて自分の身くらいは自分で守れるようにと言うのが、俺の希望だ。
今はまだ、ようやくスタートラインに立てただけというくらい、解る。
それに元より俺は、何かに没頭する事、とりわけ自分のスキルを磨くために研鑽(けんさん)を重ねる時間が好きだ。
元の世界でも、プロのバイオリニストになるべく寝食を(おろそ)かにならない程度には惜しんで練習に明け暮れていた。
例え異世界に飛ばされようが、見た目が変わろうが、俺の本質そのものは変わらないのだから、ソコは仕方ないと自分で苦笑するしかない。
「まぁ、オレは余裕だけどさ。1日ずっとクエストで出かけてたりもするしさ」
「オルフェがそうしたいなら、俺たちは付き合うコトに異論はないぞ。練習の間の護衛程度にはなれるだろうしな」
俺の言葉に、ジークもローゲも2つ返事であっさりと了承してくれた。
そのまま付き合うとまで言ってくれている2人に、俺は素直に有難いと感じる。
「ありがとう」
素直にそう言って、俺は再び神経を手に持った指揮棒に集中させた。
橙の蛍がたくさん群がるイメージを描く。
その仄かな光を集めて、茂みに向けて切り裂くイメージでタクトを思い切り振った。
僅かな手応えと共に、橙の光が少しだけ集まって茂みを切り裂く。
「…まだまだか…」
足らないのは集中力なのか、練度なのか、はたまた根本的な才能不足なのかはわからないが、今の俺が操れているマナとやらは、俺の意に従って動く僅かな橙の蛍たちだろう。
もっと大きく、もっと深く、目には見えなくても空間に認知出来るだけのマナを全部動かせるくらいになれば、たぶんマナを操ったと言ってもイイくらいに達するハズだ。
今の量じゃ、まだ【原生種】と呼ばれる普通の敵にもかなわない。
この世界に飛ばされた日、アイオンと共に遭遇した、赤黒い奴らになど、到底太刀打ちできないだろう。
ソレではダメだ。
あの時は、たまたま駆けつけてくれたジークが助けてくれた。
もし、次があるなら。
今度こそ、俺は自分の手で自分や自分を取り巻く人を助けたい。
侵食された種は、元の生物から大きく変わった新生物だという。
より凶暴に、凶悪に、強靭に。
俺は、あの時の敵に勝てる力が欲しかった。
別に時間遡行が出来るワケでもないし、今更あの時の敵に勝てる力を得たって、アイオンが傷つかずに済むワケではないと解っている。
ソレでも、夢だと決めつけて向き合おうともしなかった愚かな自分という後悔を1つ消すために、次があるならその時こそ戦えるようにしたいと思ったのだ。
「…飲み込みが早い…スジも悪くないな…」
何度も何度もタクトを振る俺を見守っていたジークの小さな呟きが耳に届く。
「追い詰められているような必死さはあるけどな…」
同じように俺を見守っているローゲの声も届いた。
彼らは俺の成長を見守りながら、不意に沸く原生生物を片付けている。
どこから出現するのかまったく不明な原生生物だが、俺の練習を妨げる事はなかった。
沸くたび、ジークとローゲが一瞬で消滅させてしまうからだ。
彼らほど強くなれるとは、流石に俺も思わない。
実際にマナを扱ってみて、彼らの身体能力やマナを扱う能力が桁違いなのは重々承知というレベルだ。
彼らを取り巻くのは、蛍火なんて仄かな灯なんてレベルじゃない。
もっと眩しく凝縮された光が、彼らの身体や武器に宿っているのが、今の俺には視えている。
その光が、マナだということも。
「よし、そろそろ実戦やっても大丈夫だろ。オルフェ、次に原生生物出てきたら、戦ってみろよ」
不意に、ジークが納得顔でそう言った。
少しずつマナの扱いに慣れて来たと言ってもいい俺の練度を見て、そう判断したらしい。
「や、やってみる…」
いざ実戦となると、少しばかり気後れはするものの、必ず通らなければいけない道だと理解している。
まるで、初めて楽器を手に舞台に上がった時のような緊張感だと思い出して、それだけで少し気が楽になった。
そのうち慣れるだろうと楽観的に考えられる。
ガサっと茂みが揺らぎ、黒い塊が飛び出してきた。
体躯の大きな獣、色々混ざってはいるが、所詮はただの動物だと、俺は思い切ってタクトを振るう。
タクトの軌跡に合わせて、マナの力が原生生物を割く。
けれど、ジークやローゲのように一刀の元にというワケにはいかなかった。
「…浅い、か…っ」
1撃を当てる事しか頭になかった俺は、目視で浅いと判断し、倒せていないことを理解するだけで精一杯だ。
第2、第3の攻撃のコトなど、まるで頭になかった。
「まぁ、上出来と言っておこう」
俺目掛けて襲い掛かってくる原生生物は、俺に到達する前にローゲの一閃によって霧散する。
「…やっぱり、まだまだか…」
彼らのように、余裕で敵を(ほふ)るようになるのはいつだろうと、俺は自分の目標がだいぶ遠い事に深く溜息をついた。
「すぐに出来るようになるって」
落胆の様子を隠せない俺に、ジークは慰めるように言って笑顔を見せる。
「最初から出来るヤツなんていないさ。俺たちだって最初から1撃で倒せたワケじゃない」
ローゲも俺に気を使ってか、そう言って慰めの言葉を口にした。
だが、彼らの今の実力しか知らない俺にとって、その言葉を素直に鵜呑みには出来ないものだ。
自分だけがとてつもなく才能に欠けているんじゃないかと感じる。
もちろん才能がないのは異世界生まれの異世界育ちだからと自分を慰めるのは簡単だが、ソレはただの逃げだ。
逃げずに、自分に欠けているモノを埋めることは、努力を重ねれば出来るというのが、俺の持論だった。
現に俺は努力の力だけで、バイオリニストへの道を突き進み、コンクールに出場している同世代の中では頭1つ以上抜きんでていると評価を得ている。
だから、この世界でも、変わらず努力を重ねればイイのだ。
「1撃で無理なら、2撃当てる練習に変えたらどうだ?」
名案だとばかりに、ジークが試しに自分の大剣を2度振ってみせる。
重そうな大剣なのに、彼は実に軽々と振り回すので、見た目に反して重さはないんじゃないかと一瞬だけ思ったが、風を切る音ですぐに重い物なのだと知れた。
たぶんマナを自分の身体の強化に充てているから、重さを感じないとまではいかなくとも、俺が持つよりは軽く感じられるのだろう。
「2撃…?」
習うより慣れろで、俺は言われたままに見様見真似でタクトを2度振った。
左下から右上に振り抜き、その勢いのまま右下から左上に振り抜く。
その軌跡のまま、マナの力を得て茂みがクロスに切り裂かれる。
しかし、1撃の時よりも、体力を消耗するような気がするし、集中力も必要とする気がした。
たぶん、ソレがマナを操っているというコトなんだろう。
未だに原理はさっぱりだが、何にせよ、今の俺は一応マナの力を扱えている。
「イイ感じだったな。よし、ソレじゃ次は実戦だ!」
俺の成長を見守るジークは何だか嬉しそうで、1つクリアする度、我が事のように明るく喜んでいた。
その時、ガサリと茂みが動く音がして、俺は音の方に視線を向ける。
今までは一方からしか原生生物が沸いてこなかったのに、音が聴こえたのは背後だ。
勢いを付けて跳べば登れるくらいの高さからなだらかに続く小さな丘を背にしていたのだから、音がしたのは丘の上だろう。
「実践は、少し待つのだな」
丘の上から、俺たちを見下ろすように立っていたのは、いつの間に現れたのかニコラだった。
昨日の私服のような恰好ではなく、耐久度が高くて軽そうな長いコート姿に、大きなライフルを背負っている。
長そうなコートは、首元から(くるぶし)辺りまでを覆うもので、ベルトやら何やらの装飾に加えてたくさんのポケットやウエストポーチなど収納できる物は多そうだ。
どちらかと言えばファンタジー要素重視のジークやローゲの服装に対して、ニコラの服装はサバゲーマーのような雰囲気を漂わせている。
もっとも、俺の主観の問題だし、持っている武器という補正によるところが大きいのだろうが。
「3人があまりにも帰ってこないので、様子を見に来たのだが…。ローゲ、ミイラ取りがミイラになっては意味がないのではないか…」
苦笑交じりにこの場に現れた理由を口にすると、ニコラはヒラリと高台の上から飛び降りた。
「戦闘狂2人では、オルフェも相手が大変ではなかったか?」
何だか、ローゲが様子を見に来たと現れた時も、ジークに対して脳筋とか言っていた気がするのだが、ニコラはニコラでジークとローゲをひとまとめにして戦闘狂とまで言っている。
本当に仲が良いんだと思って、俺は小さく笑ってしまった。
「いや、2人のお蔭で何とか形になりつつあるところだ。戻った方が良かったのか…?」
感謝と一応のフォローを込めてやんわりとニコラの軽口を否定してから、俺は彼らを引き留めていたことはいけなかったのだろうかと控えめに問いかける。
「別に構わないのだが、いい加減疲れているのではないかと思ってな。暇でもあったし差し入れを持ってきただけだ」
そう言って、ニコラはどこからか大きなバスケットを取り出した。
「とりあえず、1度休憩にしてお茶の時間にでもしないか?」
穏やかな笑顔でバスケットを掲げるニコラに、妙な既視感を覚える。
俺の脳裏に、高校の中庭にピクニックシートを広げ、小学生のピクニックそのものをやっている友人たちの姿が浮かぶ。
ニコラが持っているバスケットが、絵に描いたようなピクニックのバスケットを連想させたせいだ。
「…ココでか?」
【原生種】と呼ばれる敵性生物がいきなり出現するこんな場所で、まさか本当にピクニックなんてやる気じゃないだろうなと、俺は胡乱げに問いかける。
「ソコの高台に上がれば、一応は安全だ」
問題ないと、ニコラは先ほど自分が下りて来たばかりの丘を示す。
「それに…」
言葉を途中で途切れさせ、ニコラはバスケットを地面に置いたかと思えば、いきなり背負っていたライフルを構えた。
スコープを覗いたかと思った次の瞬間、パンっという銃声が響く。
驚いて振り返れば、俺の背後で原生生物が消滅した瞬間だった。
「俺の武器は、遠距離でこそ真価を発揮するからな」
近づく前に倒せばいいだけだとニコラはあっさりとした口調で言って、手にしたライフルを俺に見えるように掲げて見せる。
「遠距離武器か…」
促されるまま、そろって高台に登りながら、俺は改めてニコラの武器に目を向けた。
「俺に近接戦闘の心得はない。それに、昨日も言っただろう?基本的に俺は戦わないクラスだ。これはあくまでもサブウェポンだと思ってくれ」
高台にレジャーシートを広げ、更にはバスケットの中から飲み物が入っているだろう保温容器やら軽食か菓子が入っていそうなケースを取り出し並べながら、ニコラは傍に置いたライフルにチラリと視線を向ける。
「サブウェポン…?」
また聞きなれない単語が出てきて、俺は首を傾げた。
「…ジークもローゲも、説明しなかったのだな…。よかろう。説明するから、取りあえず落ち着いて腰を下ろすとしよう」
やれやれといった様子で友人たちに呆れた視線を向けると、ニコラは地面の上のレジャーシートを指す。
「あ、あぁ…」
いつまでも立っていては説明が進まないだろうと、俺は素直にシートに腰を下ろした。
まるで、いつもの学校での日常と変わらない光景に、ここが異世界だと忘れてしまいそうになる。
「サブウェポンというか、サブクラスとでも言うべきだろうな。自分のクラスに合わせた武器を使用するのが普通だが、ある程度クラスの熟練度が上がれば親和性の高い別のクラスの技術も習得できる機会があるのだ。その方が戦い方の幅も広がるし、他のクラスについて学べばさらに汎用性が増す。サブクラスを習得するためには申請や学科の受講などが必要ではあるが、それでもその手間を補って余りある魅力があるというわけだ」
コップにまだ温かいお茶を淹れて配りながら、ニコラは簡単にそう説明してくれた。
チラリとジークやローゲに視線を向けてみれば、意味ありげな笑みで応えられる。
どうやら彼らもメインのクラスの武器の他に、サブの武器も持ち歩いているらしいと知れた。
「俺の場合、サブは短刀やバレットボウという種類の武器になる。近距離から中距離の範囲で単体相手や多数相手などの状況に応じて臨機応変な戦い方が出来るのがウリだ」
俺の視線を受けてそう答えてくれたのは、ローゲだ。
実際にドコからか短刀を取り出し、見えるように掲げてくれる。
「ローゲの戦い方は、とても器用で汎用性に富んでいる。そういう点では、俺とジークは遠く及ばない。俺のサブは先ほど見ただろうが、遠距離射撃武器だ。そして、メインのクラスに関しては、そもそも武器など使用しない。薬品や弾薬、その他諸々の作成と運用に特化したクラスだからな」
補足説明のようにニコラはそう教えてくれた。
その合間にも、持ってきたケースを開けて中から香ばしい焼き菓子を並べ始めている。
濃い緑の空気と、見晴らしのイイ高台ということもあって、俺はココが敵対生物の出現するバトルフィールドであるということをうっかり忘れてしまいそうだ。
「ま、ソレ言い出したら、そもそもオレの大剣はメインの武器じゃねーよ。オレのメインは、拳の間合いだからな」
並べられた焼き菓子に手を伸ばしながら、事も無げにあっさりとジークが言った。
俺の知る限り、彼が大剣以外で戦っているのを見たコトはない。
けれど本人が言うならばあの武器は本来サブウェポンなのだろう。
サブウェポンですら敵を一刀両断、一撃粉砕なのだから、彼らの熟練度はもしかしなくても相当なのではないかと改めて感じた。
「まぁ、必ずしもメインで戦わなければならないというコトもない。さらに言えば、イレギュラーな、クラスに関係ない戦闘手段も存在してるしな」
取り巻く環境の凄さに目を丸くするばかりの俺に、ローゲはフォローのようにそう口にする。
「…クラスに関係ない戦闘手段…?」
そんなモノが存在するのならば、そもそもクラスなど選択する必要がないのではと俺は気になって鸚鵡(おうむ)返しに問いかけた。
「あぁ。テイマーと呼ばれるモノでな。厳密にクラスではないから、本当なら呼び名も必要ないんだが、便宜上そう呼んでる。具体的かつ簡単に説明すれば、突然変異の【原生種】で侵食されていない種に限り、稀に俺たち【ユスティティア】に懐く生物が現れる。その生物を保護して申請をすると、連れて歩けるようになるんだが、上手く調教すれば戦力としてもそれなりの貢献を見込めるというワケだ」
イレギュラーだから滅多にお目にかかることはないという注釈をつけて、ローゲは俺にそう解説してくれる。
「…つまり、ちょっと変わった原生生物に一目惚れをされて、それを受け入れたら使役出来るという、可愛げのないペットみたいなモノか…」
敵性生物としての原生生物の凶悪さを散々見た後でそんな説明をされても、俺としてはあまり歓迎したい内容ではなかった。
少なくとも先ほどまで戦っていた凶暴かつ凶悪そうな原生生物に懐かれても、はっきり言って嬉しくない。
「可愛げは、人によると思うけどな。まぁ、そんなトコだ。すっげー伝説級の原生生物とかなら、もしかすると可愛いかもしれないぞ?」
茶化すようにそう言ったのは、ジークだった。
たぶん深く考えて話していないんだろう、と思う。
普通に考えて、伝説級の生物から連想するのは、例えばドラゴンだとか、神獣だとか、だ。
そんなモノが可愛い外見なワケがない。
「…まぁ、俺にはたぶん関係ない話だろうしな」
メインのクラスの熟練度ですら、まだ皆無に等しい俺だ。
サブのクラスやサブウェポンなんて夢のまた夢の話だし、偶発的な幸運に恵まれないと遭遇しないテイマーへの道も、たぶん無さそうだと思う。
まず俺に懐く動物や子供というものが想像出来ないのだから、想定外でまず間違いない。
「休憩したら、俺はせめてもう少し戦える程度にモノにする練習をするさ」
誰に言うでもなくそう宣言し、俺は高い空を見上げた。
異世界だのどこかの星だのというコトを忘れるくらい、高く青く澄んだ空。
平和で和やかだと、錯覚してしまいそうになるくらい、ゆったりとした時間が流れている気がする。
そんな、穏やかな昼下がりだった。
製作者:月森彩葉