俺が異世界に飛ばされたらツインテールの美少女になっていた件 6

ニコラが語り始めたのは、前置きと称してこの移動船団に伝わる伝承からだった。

昔々、まだこの船団が船団ではなく、どこかの星に住む知的生命体の集団だった頃、大いなる厄災が星を襲った。
星を追われることとなった知的生命体たちは、種の根絶を恐れ、星々の大海へと逃れることを選んだ。
それが、この船団の発端だった。
そこから、星の恩恵を受けられなくなった知的生命体、ヒューマンと呼ばれる人々は自身をより強い種に、より新しい環境に適した種へと自分たちの遺伝子を造り変え、それから長い年月をかけて今の体系になったらしい。
それだけではなく、元は機械やら装置やらを動かすために必要とするエネルギーを生み出すのに何等かの資源を必要とし、その資源ですら10から1しかエネルギーを生み出せないような非効率的だった部分も大幅に進化していった。
この宇宙のどこにでもある、生きているもの全てから自然に生み出される生命エネルギーとでも言えばいいのか、とにかく無限に生み出され続けていると考えられているエネルギー、【マナ】を抽出し、資源エネルギーの代わりとして運用する技術。
その技術は、新しく生まれてくる遺伝子に改良が施されたヒューマンにも、当然応用された。
そしていつしか、自身の思いのままにマナを操れる種類の新生物として、新しい呼称で呼ばれる種へと進化を遂げることに成功する。
そこからさらに長い年月を掛け、いつしか最初の大いなる厄災も、ただの伝承として残るだけとなった頃、悲劇が起こった。
たくさんあった船団の1つが、再びどこかから現れた大いなる厄災に襲われたのだ。
大いなる厄災とは、すべてを深淵に飲み込む、意思を持つ闇だった。
1つの船団が呑み込まれた後は、早かったらしい。
次々に他の船団が襲われ、星々の大海に逃れてなお、知的生命体に生き残る術はないかと思われた時、偶然にも1つの船団が、生物が住んでいた痕跡のある星を見つけ、そしてその星の中で、大いなる厄災を封じ込める術を見つけたいう、まさに偶然を超えた奇跡が起こったのだった。
勿論、言葉で説明すれば単純で重みも何もあったものではないが、実際にはかなりの犠牲を払って、何とか大いなる厄災を封じる事に成功したらしい。
しかし、ソレは根絶ではなかった。
そこから、大いなる厄災と、今の【ユスティティア】と呼ばれる組織との長い歴史が始まったというのが、大元となる根幹の物語だ。
生物の痕跡が認められた星に、大いなる厄災を封じ込めた。
簡単に言えば、その時に用いられた伝説級の武器が存在し、その武器はいつか再び大いなる厄災の脅威にさらされた時に必ず必要となるということらしい。
そこから長い年月をかけて、今の移動船団と【ユスティティア】のカタチになった。
その詳細は、【ユスティティア】の中枢しか知らないとのことだ。
だから、当然ながら下っ端構成員たちは詳細を知らされない。
とにかく過去にそんなコトがあって、次回に備えるために今の戦闘形式が出来上がったこと、その大いなる厄災がどれだけの犠牲をもたらすかということ。
そして【マナ】を先天的に扱える人には、【ユスティティア】としてその厄災に備える義務が生まれつき存在しているということを、幼い頃から教え込まれるのだ。
そして、いずれ訪れる、意思を持つ闇との再決戦の日のために、今度こそ根絶するためにと鍛え抜かれる。
それだけではなく、現在封印されているモノを目覚めさせないように、伝説となった封印の際に実際に使用された武器をそのまま封印具として使用しており、様々な生物の住む星や生物の痕跡の認められた星に、伝説の武器とやらを隠し、定期的にその星々を回るコトや治安維持を行うコトで、万が一再び大いなる厄災が目覚めた時に対処しようというものだ。
しかし、あまりにも長い年月が経過しすぎたせいで、伝説の武器は本当に伝説と成り果て、お伽話の中の存在になってしまった。
どの星に封印されているのかも、どうすれば再び使用できるのかも、まず適合者が存在するのかすら、全くの不明なのだ。
だから、大いなる厄災、意思を持つ闇など作り話なのだろう。
平和に慣れ、戦うと言っても調査のために訪れる星の原生生物だけで、いつしか完全に本来の目的を忘れかけていた。
だから【ユスティティア】は、単なる生物の痕跡のある星の調査機関のような扱いとなっていたのが、つい最近までの話だ。

ここまでは、誰もが知っている話だと、長い話を語り終えたニコラは俺に理解度を確認するように1度情報を整理する時間をくれた。
「…ソレと、今の画面の向こうの光景に、何の関係があるんだ…?」
戦闘能力の練度を見せ合う模範試合か何かなのかと俺はイマイチ整理の追いつかない頭で首を傾げる。
そもそもの発端から話して貰ったものの、やはりドコのラノベだというのが正直な感想で、現実味がまるでない。
ごく普通ではないが、あくまで一般の範疇に収まる高校生の俺には、到底縁のない話だろう。
「とてもあっさりと言ってしまうとな、その大いなる厄災とやらの封印は、長い年月で綻びだらけになってしまっていたのだ。それが、つい3年程前についに完全に解けかけてな」
サラリと、何でもないコトのようにニコラは実にあっさりとそう語った。
本当に他愛のない世間話のように、テーブルの上に並ぶオードブルのような軽食に手を伸ばしながら。
だから、俺はうっかり聞き流してしまうところだったが、改めて頭の中で言葉を反芻してみると、実はとんでもないコトのように思える。
「…ちょっと待て。諸悪の根源が野に解き放たれたということか?」
聞き間違いであって欲しい。
というより、俺の勘違いであって欲しい。
そんな思いを込めながら、俺は確認のためにニコラに問いかけた。
もし、言葉通りなら、要するに悪の魔王みたいな奴が復活して、この世界を混沌の渦の飲み込もうとかいう、よくあるラノベやゲームのような展開ではないだろうか。
仮にソレが事実だとして、俺はさっさと元の日本に戻りたいので、正直なところ厄介ごとには巻き込まれたくないのが本音なのだが。
「要するに、そういうことだ。オルフェは理解が早くて助かるな」
俺の疑問を他所に、ニコラは実に眩しい笑顔を向けてくる。
そうか、俺の理解に相違はなかったのか。
「…何でこんなに暢気なんだ…」
伝承だか何だかによれば、過去に世界を滅ぼした奴が復活したというのに、何てお気楽な世界なのだろう。
俺は、割と久しぶりに心の底から本気で呆れた。
普通に考えて、世界が滅ぶかもしれないというような状況で、見世物の戦闘をやっていたり、のんびりと木陰でお茶をしていたりなど、出来るハズもないというのが、俺の感想なのだが。
「安心して構わないぞ。厳密には少し違うのだが、完全に封印は解けた後、即座に再封印されたと思って貰えれば問題ない」
ニコラは補足説明だとばかりに、そう続けて相変わらず笑みを湛えていた。
「封印が解けると解った時点で、【ユスティティア】の中枢は当然慌てたさ。再び、世界は大いなる厄災、意思を持つ闇に飲みこまれ、生物は全て死に絶えるとな」
急に、神妙な顔つきになると、ニコラは淡々と数年前の出来事を語り出す。
まさかそんな情報を、一般市民はともかく下っ端構成員も含む【ユスティティア】全員に隠し通せるハズもないだろう。
当然、ただの居住区域である艦までが一気に恐慌状態に近い混乱に陥った。
もう終わりだと嘆くもの、自暴自棄になって破壊行動に走るもの、酒浸りになるものもいればと、とにかく世界の終焉なんてものを突き付けられた人など、大凡(おおよそ)想像通りの光景だろうとニコラは俺に苦笑を向ける。
「…確かに…」
説明されるままに状況を思い浮かべていた俺は、それも仕方のないコトだろうと、どこか他人事のように考えていた。
けれど、その結果、今の刹那的で楽天的なムードなのだと言われれば、話は別かもしれない。
「結論だけ言うとな、俺たちのような一般の【ユスティティア】本科生の中から、神器とか伝説の武器とか呼ばれる【封印具】の適合者が見つかったという訳だ。扱い方や封印場所、その他あらゆる情報が秘匿とされ、忘れ去られていたというのに、見つけて使いこなした【ユスティティア】たちがいるのだ。…それが、今、まさにモニターの向こうで戦っている奴らだ」
そう言って、ニコラが再びモニターを指した。
釣られて視線を向ければ、薄紅色と白を基調にしたふわふわでひらひらな衣装を身に纏った可愛らしい少女が真っ直ぐ前にフリルたっぷりの傘を突き出そうとしているのが見える。
傘の取っ手部分には、軍服姿の少女が手にしていた大きな杖に付いていたのと似たような、純白の羽根が揺れていた。
厚底のストラップシューズだというのに軽快に傘をレイピアのように突き出す少女の髪は、柔らかいピンク色で、肩のところでくるりと巻かれた、童話の白雪姫のような髪型をしている。
俺は、少しだけ高校の担任の教師が好みそうな衣装だと感じた、一見魔法少女風の外見の少女を改めて見て、軽く頬を引き攣らせた。
もう、この世界、何でもアリに思えて来た、というのが感想である。
ニコラの説明が全て正しいとすれば、モニターの向こうの魔法少女風の衣装の少女も、【封印具】とかいう神器級武器の使い手で、要するに世界を救った英雄ということだ。
ソレが、メリーポピンズもびっくりするような、空も飛べそうな可愛らしいパラソルを器用に突き出している。
どう見ても武器に見えないソレが、恐らく彼女の武器なのだろう。
そう言えば、最近の魔法少女って、魔法とは名ばかりの物理攻撃がセオリーだったっけ、と欠片も興味のないジャンルをレクチャーしてくれた担任の言葉を思い出す。
「神器…【封印具】は、公式に発表されているだけで、10個存在する。いずれも、天使の名を冠した武器で、【真名】で呼びかけることで【神名解放】と呼ばれる本来の力を発揮する状態に出来るそうだ」
モニターに視線を向けたままの俺に、ニコラは淡々と説明を続けた。
「【封印具】をただの武器として使用するだけならば、恐らく【マナ】さえ扱えれば可能なのだが、【真名】で呼びかけることが出来るのは、【封印具】に認められた者だけというのが通説でな。大いなる厄災を再封印するのに、3年前、1度10個の【封印具】の全てが揃ったのだ。そして、これは公になっていない情報だが、幻の11番目の【封印具】も存在するらしい」
続けられた説明は、俺にとってはどこか遠い別世界の内容に感じられる。
実際、俺はこの世界の住人じゃない。
ソレだけでなく、既に大いなる厄災とやらは、再び封印された後だと言うのだから、関係のない話と一蹴してもいいかもしれないと思う程だ。
けれど、何故か俺はこのまま説明を聞いていたいと思ってしまった。
「…それで、10個の【封印具】に加えて、幻の11番目までが出てきて、1番の敵は封印されたから、今は暢気にお祭り騒ぎだとでも言うのか?」
平和になったのなら、武器など捨てて平和に生きれば良いものを、というのが俺の心境だ。
俺が生まれ育った世界と、根本から価値観も何もかも違うので仕方ないのかもしれないが、それでも戦う必要はもうないのではと考える。
「…封印は、永続するものではない。それに…」
ふと、ニコラは声を落として小さく独白のように呟いた。
「…どうしたんだ?」
急に空気が重くなった気がして、俺はモニターからニコラに視線を戻す。
俺の正面では、神妙なというよりは、痛みを堪えるような表情で、ニコラがテーブルを見つめていた。
永続ではない。
つまり、いずれはまた封印が解けるということだろうか。
しかし、伝承の話を始めニコラの話から推測するなら、それは遠い未来のコトのハズだろう。
けれどニコラの表情を見ている限りでは、そんな遠い未来のことを憂いているというよりは、もっと身近な何かを憂いているように見えた。
「3年前の封印は…完全とは言えなかった。【封印具】の1つの適合者が、大いなる厄災を封印する際に、相打ち同然で死んだ。だから、今の時点で【封印具】が全て機能しているとは言い難い」
ニコラはそう言うと、深く溜息を零す。
死んだ。
その言葉が、俺の中ではまだ遠い。
平和な日本に生まれ、異世界に飛ばされた今でも、まだ人の生き死にに直接関わって、見届けたり巻き込まれたりはしていないからだ。
アイオンのことだって、無事だし命に別状はないと説明されていた。
だから、俺は、ニコラが重みを持って口にした言葉を、本当の意味で受け止めることが出来ない。
「…悪い…。こういう時…何て言えばいいのか、俺には解らないんだ…」
だから、俺は正直にそう言った。
もしかしたら、俺を温かく迎え入れてくれた奴らの知り合いだったのだろうかという考えが、一瞬だけ過る。
彼らは、俺とよく似た人物を知っていると言った。
そして、その人物が、ここにはいないとも。
思い過ごしであって欲しいが、もしかすると、俺という存在が、彼らを傷つけているのかもしれない。
そう思うと、何も言えなくなった。
「オルフェが気にすることではない。それに、俺は直接接点はなかったからな」
気にするなと、ニコラは先ほどと打って変わって仄かな笑みでそう言う。
直接接点はなかったという言葉に、俺はほっと胸をなでおろした。
良かった。
「…なぁ、オルフェ」
ふと、話を変えるように、ニコラが俺の名前を呼んだ。
いつの間にか、俺は自分の名前がオルフェだと、受け入れているコトに、今更気付く。
「…どうした?」
応えて、俺がニコラに視線を向ければ、ニコラは俺を見ていなかった。
ニコラが視線を向ける先は、神器…【封印具】と呼ばれる武器を手に、モニターの中を駆け巡る3年前の英雄たち。
「…【封印具】は確かに、神器だろう。オルフェには、まだ戦闘の経験がないから、解らないかもしれないが、とても強い武器だ。【封印具】を持たない俺たちでは、当然太刀打ちなど出来るはずもない。だからこそ、大いなる厄災とも渡り合うことが出来るのだろう…」
モニターを見つめたまま、淡々と語るニコラの言葉に、俺は一瞬だけ羨ましいのだろうかと思った。
特別な武器、特別な称号、誰しもが憧れるだろう英雄という呼び名。
例えば俺が芸術の女神ミューズに憧れるように、特別な楽器を永久貸与されている友人を羨ましく思うように、ニコラもまたモニターの向こう側の人たちにそんな思いを抱いているのだろうか。
「…そう…だな…。特別なモノは、特別な奴しか…持てないモノだ…」
他に、何といえば良かっただろう。
俺は、確かに、特別なモノに憧れる気持ちを理解することが出来る。
だからこそ、からかうように、羨ましいのかと、笑い飛ばすことは出来ない。
「…オルフェは、そんな特別なモノが、何の代償も必要としないと思うか?」
ニコラは、モニターから俺へ顔を向け直すと、真っ直ぐ正面から射抜くような視線でそう訊いた。
「…え……」
訊かれた言葉に、俺は言葉を失うしかない。
弾かれたように、言葉の主を見る。
その言葉の重みが、急に現実味を持って俺を襲ったからだ。
俺は無意識のうちに、のろのろと視線をモニターに向けた。
モニターの向こうには、圧倒的なまでの他者を凌駕する存在感に満ちた、生気に溢れた人たちが映っている。
バイザーのせいで顔の殆どが見えない人もいるが、モニターの向こうの全ての人から感じられるのは、自分の実力に確固たる自信を持つ者しか持ちえない風格のようなモノだ。
英雄としての明るい未来が約束されているようにしか、見えない。
最初に見た、鈍色の髪の男性の口元に刻まれた、自信に満ちた笑み。
力強さや活き活きとした生気を感じさせる、威圧感にも似たオーラ。
その向こうに、翳を落とすようなものなど、何もないハズなのに。
モニターの向こうで、ふわりと純白の羽根が舞う。
背に羽根を持っているワケでもないのに、大きな錫杖を片手に宙を舞うのは、軍服姿の少女だった。
バイザーが顔の大部分を覆っているからだけではなく、逆光のせいでますますその顔は解らない。
そのせいで、俺の脳裏には、別の人物の姿が過った。
今の俺の外見に少しだけ似た、長い髪を左右で結った淡い青紫色の軍服に身を包む少女の姿。
「…代償って…」
何なんだと、問いかける言葉は、声にならなかった。
俺は、知っている。
ありとあらゆる祝福を受けた姫君は、たった1つの呪いのせいで永遠にも近い眠りにつくのだと。
まるで、あらゆる祝福の対価が、眠るコトだとでも言うように。
何も童話の中の話ではない。
「忘れてくれ…。いや、オルフェなら…いずれ、知る時が来るやもしれんな…」
俺の様子に何を思ったのか、ニコラは答えを教えてはくれなかった。
忘れろと言った後、思い直したかのように、付け加えられた言葉。
その真意は、今の俺にはさっぱりわからなかった。
「…とにかく、3年前に、俺たち【ユスティティア】は、【封印具】に選ばれた英雄のうち1人を含むたくさんの犠牲の上に、大いなる厄災を一時的に封印することには成功した。しかし、それはあくまで一時的な措置だ。こうやって定期的に【神名解放】状態の【封印具】の力を奮うことで、封印を維持しているだけに過ぎない」
もっとも、【ユスティティア】の中でも、封印が一時的だと知っている者は、多くはないがな。
ポツリと、ニコラは小さく独り言のように付け加えると、自嘲するような暗い笑みを浮かべる。
「…貴様は、つまり優秀な【ユスティティア】だから知っている、とでも言うワケか…?」
全員が知っていることではないとは、少しばかり穏やかではない。
俺の目の前にいる人物は、もしや中枢とやらに近い存在なのだろうかと、俺は訝しみながら首を捻る。
「いや…俺は…俺たちは、ごく一般的な【ユスティティア】のただの本科生だ。ただ、偶然、知る機会があっただけのことだ。だから、オルフェもこの件については、誰かに言ったりはしないでくれ」
ここでようやく、ニコラは少しだけ可笑しそうに、軽い空気を纏った笑みを見せた。
「…あ、あぁ…」
釈然としない部分も、未だに不明瞭な部分もたくさんあるが、俺は追及したい気持ちを抑えて頷いて見せる。
何となく、あんな暗くて哀しそうな笑みは、もう見たくないと思ったからだ。
それに、もし、俺がこの世界にいる間に、本当に必要なことならば、いずれ知るだろうと思うコトにした。
「せっかくの機会だからな。モニターの向こうを、しっかり見ておくといい。彼らが間違いなくこの世界で最強クラスの使い手たちなのだからな」
話はこれで終わりだというように、ニコラは軽い調子でモニターを指す。
その言葉に、俺は素直にモニターに視線を戻した。
モニターの向こうでは、恐らく青年と思しき純白の軍服姿の人物が、剣なのか槌などの鈍器なのか一瞬判断に迷う武器を振り回すのが見える。
彼の顔も大きなバイザーで覆われていて、やや長いハニーブロンドの髪が後ろで1つに結われている。
淡く光を弾く髪に、純白の羽根の舞う剣だか鈍器だかの武器は、妙に様になっていた。
「…俺は、まだまだ知らないことが多すぎるな…」
願わくば、知らないことで手遅れになりかけたなんて間抜けなことを繰り返さなくてもいいように。
せめてこの世界では、知らなかったことを言い訳に逃げるのは止めよう。
それが、この世界で、俺に出来る唯一の恩返しのように思えた。
誰に返すべき恩なのかも不明瞭だけれど。
少しだけ、前を向いた気がした。
「…ん?」
俺は、そこでふと、モニターに歓声を送る広場の観衆たちに、妙な違和感を覚えた気がして、その正体を確かめようと目を凝らしてみる。
何か、一瞬、ソコで見るべきでないモノを見つけた気がしたのだが。
「……あ…」
何度も観衆をくまなく見渡し、ようやく気付いた。
観衆たちの何人もが、モニターの中の人達が持つ、純白の羽根の生えた武器と酷似したものを背負っているのだ。
酷似なんてレベルではなく、ほぼ同一にしか見えない。
「…なぁ、ニコラ…。神器だか【封印具】だかは、要するにあの真っ白い羽根の生えてる武器のコトか?」
この確認は、とても今更のように思える。
思えるのだが、【封印具】は唯一無二ではなかったのだろうかという疑問のせいで、確認せずにはおられなかった。
「そうだが。10種類の【封印具】に10人の適合者、公式には【ドミネーター】と呼ばれる英雄たちだ。全ての【封印具】は、必ずどこかに純白の羽根が生えているのだ。だから、中には天使武器とか呼ぶ奴もいるくらいだ」
それがどうしたのかと、先ほどの重い空気など完全にどこかへ消し去り、ニコラが軽く首を傾げてみせる。
「…アレ…」
どう見ても、その天使武器とやらではないのかと、俺は広場に集まる観衆を指した。
武器を持っていることから、あの観衆たちは【ユスティティア】なのだろう。
「あぁ、成程。あれのことか」
俺が指した先を見て、ニコラは合点がいったと大きく頷く。
「世界に10個限りの、それも同じ種類は1つだけという代物じゃないのか?」
何であんな大量に出回っているんだと、俺は呆れた様子を隠しもせず、ニコラにそう問いかける。
「あれは、ただのカバーのようなものだからな。光学迷彩の技術を応用して、自分の武器の見た目を同じ種類の別物にすることが出来るのだ。勿論選べる迷彩は限られている上に、異なる武器の迷彩は選べないので自由度が高いわけではないのだがな。オルフェが指しているのは、あの大きな杖のことだろう?」
可笑しそうに笑いながら、ニコラがあっさりとそう解説してくれた。
確かに俺が指しているのは、軍服姿の少女が手にしていたとても大きな錫杖と同じに見える武器だったので、そうだと頷いて見せる。
「あの【封印具】の【ドミネーター】は、たまたまこのシップの出身者でな。3年前の大いなる厄災封印を記念して、あの武器の迷彩が同じシップ出身者に配られたというわけだ。一種のお祭りのようなものだな。因みに、あの【封印具】のオリジナルは、6番目の【封印具】で名称はミカエルというらしい」
俺の疑問は、ニコラの説明によってあっさりと解消された。
要するに、見た目だけのハリボテということらしい。
よく子供たちが特撮変身ヒーローに憧れ変身ベルトを買ってもらったり、魔法少女系変身ヒロインに憧れ魔法のステッキやらコンパクトを買ってもらうのと、似た心理なのだろう。
要は自分たちにとってのアイドルの追っかけ、ファンがグッズを集めたり見せびらかしたりするのと似たようなものなんだろうと、俺は勝手に結論付けた。
確かに、あの純白の羽根の武器は、美しいと思う。
「同じシップ出身者なら、貴様らも持っているのか?」
正直、100歩譲ってニコラならまだ納得出来なくもないが、ジークやローゲが錫杖を手にしている図というのは想像するだけでも軽く鳥肌モノではあるが、錫杖自体は夢みたいに綺麗だと思うので、誰か持っているのなら1度見せて貰えないだろうかと思った俺は、まだビジュアル的に1番許せる相手にそう訊いてみた。
「持ってはいるが、俺たちの武器では使用できないからな…」
俺の質問の意図を正確に察してくれたかは別として、ニコラからは半分肯定半分否定の言葉が返ってくる。
迷彩として持ってはいても、それを重ねて使える武器を持っていないということだろう。
そう言えば、彼らのクラスや武器について教えて貰った際に、錫杖を武器にしているというのは確かに聞いていない。
「アイリスに頼めば、見せてくれるのではないか?」
少しだけ考えるような素振りを見せたあと、ニコラは俺にとって驚くべき所有者の名前を挙げた。
「…アイツが持っているのか?」
あんな幼い子供が武器を手にするということだけでも驚くというのに、その迷彩とやらが配られたのは3年前だという触れ込みではなかっただろうか。
今の正確な年齢は不明だが、見た目で判断しても10歳に満たないだろう子供だ。
仮に10歳だとして、配られた時は7歳である。
そんな幼い頃から武器を手にしていたというのは、根本的に何かが間違っている気がした。
「オルフェが見たいと言えば、普通に見せてくれるだろう。街中で出すのは流石に嫌がるだろうから、拠点ででも頼んでみればどうだ?」
ニコラがそう太鼓判を押してくれた瞬間、本当かと問い返そうとした俺の思考を、今までの比ではなく沸いた歓声が攫って行く。
何事かと広場を見れば、観衆たちが一心にモニターを見つめているのが見えた。
その視線を追って、俺はモニターに視線を向ける。
モニターの中央に、フリルだらけのパラソルで戦っていた少女の姿が映し出されていた。
『は~ぃ、みんな~。元気ぃ~?』
恐らくは、モニターに設置されているスピーカーからだろう。
底抜けに明るく、テンションの高い可愛らしい声が響いた。
声の調子と、モニターの中の少女の挙動が一致しているので、恐らく彼女の声だと思ってまず間違いないだろう。
『今日は、あたしのために集まってくれて、どうもありがとぉ~』
語尾に音符やハートマークが躍っていそうな明るい声が響き、モニターの中で少女が可愛くお道化(どけ)て見せた。
『おいおい、ティアちゃんよぉ。ソコはせめてあたしたちって言っとこうぜ?』
軽い調子で人を食ったような雰囲気ながら、妙な包容力を感じさせる深みのある男性の声が聞こえたかと思えば、画面の中にバイザー姿の鈍色の髪の男性がヒョイっと姿を見せる。
『えぇ~!?だって、アイドルはあたしだけでしょ~?まぁ、いいわ。じゃ、改めて、今日は全シップ合同の、天使チームShadowKingdomのために集まってくれて、みんなありがと~』
再びモニターいっぱいに少女の姿が映ったかと思えば、明るく響くのはそんなセリフだった。
『あたしたちのライブ、みんな盛り上がってくれたかしら~?明るく楽しくをモットーに、強く激しく鮮烈な時間、あたしはとっても楽しかったわよ~!』
言葉通り、まるきりアイドルのライブMCのような口上を述べ、画面の中で少女はマイクパフォーマンスのように可愛らしく動き回る。
『それじゃ、最後はやっぱりコレでしめましょ~!いっくわよ~?』
そんな明るい掛け声と共に、ギターの旋律がギュィーンと激しく鳴り響いた。
「…何だコレ…」
本当に、アイドルのライブが始まってしまって、俺は何度も目を瞬かせながら小さく呻く。
「…【封印具】の【ドミネーター】による、ただのパフォーマンスだと思ってくれ…」
毎度恒例なんだ、と明後日の方向に視線を向けて、ニコラが俺の問いにもならない問いに答えてくれた。
俺は、思考をかなり遡って、再び何てお気楽な世界なんだという感想に再び辿り着く。
仮初の平和だと聞いていても、俺は頭の中でこう呟かずにはおられなかった。
…今日も、実に遺憾ながらこの世界は平和に通常運転です…。
製作者:月森彩葉