スクールウォーズ 20

 来た時のようにボートで元のエリアへと戻ると、二人は少し遅い昼食を取ってからほかのスタンプラリー対応アトラクションの攻略に挑んだ。いくつか回ったところで、そろそろ時間となったので中央の城へと向かう。
 受付でチケットとカードを渡して入場登録をすると、列に並ばされた。しばらく待つと妖精と思しき格好をした若い女性が一同の前へと現れた。やや幼さを残した可愛らしい女性で、妖精の格好がよく似合っている。
「本日は当アトラクションにご参加いただきありがとうございます」
 どのアトラクションでも共通の定型文で挨拶すると、スタッフらしき彼女はどうぞこちらへ、と言って歩き出した。やや薄暗い城の中、歩幅や歩く速度も違うさまざまな人間が一斉に移動を開始すれば当然ぶつかる。よろめていて小さく悲鳴を上げた望美の手を掴むと、悠はとっさに自分の方へと引き寄せた。
「大丈夫ですか?」
「はい、どうにか。ありがとうございます」
 はにかむように笑って礼を告げる望美にどういたしましてと答えると、悠は彼女の手を引いて人の波に流されないように気を付けながら歩き出した。握った手が一瞬驚いたように強張るが、すぐに握り返してくる。
 しばらく進んで広間のような場所に出るとスタッフの女性は足を止めた。参加者たちの方を振り返って口を開く。
「あるところに子どもをほしがっている国王夫妻がいました。ようやく女の子を授かり、祝宴を開きます。その宴には一人を除き、国中の十二人の魔法使いが呼ばれました。魔法使いは一人ずつ王女に魔法を用いた贈り物をしますが、宴の途中に一人だけ呼ばれなかった十三人目の魔法使いが現れて王女に死の呪いをかけます。ですがまだ魔法をかけていなかった十二人目の魔法使いがこれを修正し、眠りにつくという呪いに変えました」
 そこで一度言葉を切ると、スタッフは手にしていたステッキで城内を示した。
「皆様には正しい物語を紡ぎ、ぜひともハッピーエンドを迎えていただきたいと思います」
 そう言ってスタッフはどこか大げさな仕草で一礼した。戸惑ったような声を上げる参加者たちに彼女は笑みを浮かべる。
「当アトラクションは迷宮仕立てとなっております。正しい順路を見つけていただければ、それがすなわち正しい物語。物語をご存じないというお客様には資料館もございます」
 そこでもう一度一礼すると、スタッフはくるりとステッキをひるがえして歩き出した。大半の参加者が彼女のあとについて歩いていくのを見て、二人もあわててそのあとを追いかけた。
 ついた先は書庫のようだった。たくさんの本が収められた大きな本棚が壁を埋め尽くしている。
「それでは皆様、よい物語を」
 その言葉を残すと、スタッフの女性は部屋をあとにした。残された参加者たちが本棚へと手を伸ばすが、上がる声はどれも戸惑いを含んだものだった。
「これ、英語……いえ、外国語の本ばかりですよ」
 そう言って望美が差し出した本は英語とはまた違う言語で書かれたものだった。あわてて書架へと目を走らせれば、背表紙はどれも日本語以外の言語の本だった。資料館と言われても、その蔵書が読めなければ何のヒントにもなりはしない。ほかの参加者たちは皆早々にあきらめたらしく、ため息をこぼしながら部屋から出ていった。
「……どうします?」
 うかがうように望美を見やれば、彼女も戸惑いを隠せない様子ながらもうなずいた。
「先ほどの案内、そして奥で行われていた寸劇を見る限り、ここのモチーフはいばら姫だと考えられます。あらすじは把握しているので、どうにかなるかと思います」
「ではお願いします」
 うなずき合うと、二人もまた資料室をあとにして探索を開始したのであった。


 当たり前のことだが、書庫にとどまった人間は当然まだ中にいて、書庫に寄らずに城内へと繰り出した人間はすでに視界に映る場所にはいない。そんなわけで二人を包むのは静寂であり、中世の城を模したと思われる荘厳な廊下は一層現実感が乏しく感じられた。
「とりあえず、塔を探しましょう。あるいは上階に上がる階段を」
 そう提案したのは望美だった。案内役のスタッフも言っていたように、正しい物語を紡げばそれが正しい順路となる。すなわち、呪いを受けた王女が育った道をたどることこそがこの迷宮アトラクションを最短かつ正確にクリアするための条件だろう、と。
「なぜ塔なんです?」
 異論はないとうなずきながら、悠は首を傾げて問いかけた。足を止めることなく、望美は悠へと視線を向ける。
「王女が十五歳になった日、王と王妃は城を留守にして王女一人が残されます。彼女は城内のあらゆるところを歩き回り、とうとう古い塔のあるところにたどり着くんです。王女が螺旋(らせん)階段を上って部屋の中へと入ると、中には老婆が糸車で糸を紡いでいました」
 だから塔なんです、と望美は締めくくった。
 自信に満ちた望美の様子に、感心したように悠はうなずいた。あらすじは把握しているとの宣言通り、ここは彼女に任せてもよさそうだ。
 しばらく二人は言葉もなく廊下を歩いた。左右には当然ながら扉がいくつも並んでいる。試しに一つに手をかけてみたが開く気配はなかった。鍵がかかっているからなのか、ただの演出用の扉でその向こうに部屋など存在しないのかは不明だが、とにかく開かないものは仕方ない。道なりに進むしかないだろう。
「この廊下、どこに続いてるんでしょうね?」
 疑問に思ったのか、不意に悠が小さくつぶやいた。どこでしょう、と望美はあまり興味がなさそうな声で返す。悠の記憶が正しければ書庫の横は廊下ではなく広間だったはずなのだが、どういうわけか二人が歩いているのは長い廊下だった。なぜか違和感なく歩き出してしまったが、そもそも最初から間違っている気がしてきた。
「資料室まで戻りますか?」
 悠の不安を読み取ったのか、少し先を歩いていた望美が振り返る。
 別にどの扉から出て城内をどう歩いてもルール違反ということにはならないはずだし、そもそも立ち入り禁止区域は閉ざされているものだ。どんな場所であっても関係者以外が立ち入ってはいけない場所には札がかかっていたり、鍵がかかっているものだろう。身近なコンビニエンスストアですらスタッフオンリーという札がかけられている。
「いえ、このまま進みましょう」
 望美の問いにしばし逡巡した後、悠はきっぱりとそう言った。
 結構な距離を歩いているはずなのに未だに先行したほかの参加者に出会えないことには少々不安を覚えるが、外観からして城が広いのはわかっている。あふれるほどの人数を収容したわけではないのだから、出会わない可能性もあるかもしれない。
 そう思って二人が歩を進めようとした刹那、カツン、と誰かの靴音が静かな廊下に響いた。
「あれは……」
 音のする方へ視線を向ければ、たぐいまれな、と形容しても差し支えのない美少女の姿があった。そしてそれは明らかに望美や悠のようなアトラクションの参加者ではなく、スタッフと考えて間違いない服装をしていた。ゆるやかに波打つ淡い金の髪は無造作に背に流れ、細い肢体を包むのは淡い水色を基調としたドレス、そして頭の上には小ぶりの冠が飾られている。
 見間違う余地もなく、突然二人の前に現れた少女は絶世の美貌をうたわれたこの城の王女に違いない。
 王女は二人の姿を認めると、ほのかに笑みを浮かべて小さくおいでと手招いた。
 望美と悠は一瞬面食らったように目をまたたかせたあと、互いに顔を見合わせた。小さくうなずき合うと、手招きする王女のあとを追いかける。
 最初に一度だけ響いた靴音も聞こえず、衣擦れの音すら立てずに王女は二人の前を歩く。まるで床の上を滑っているような速さで移動する王女を追いかけるのに、二人は小走りにならなければ追いつけないほどだった。
「……あれ、見失いましたね」
 どこをどう走ったのか、いつの間にか城の裏側に位置する森を模したであろう場所に飛び出した望美は、視界の端に捉えていたはずの王女の姿を見失って小さく首を傾げる。探るように周囲に目を向ければ、城に隣接して建つ古ぼけた塔を見つけた。
 物語に則って考えれば、王女は城を歩き回った後に塔へとたどり着くのでここに出るのは正しいと言えよう。ここまで先導してくれた王女の姿がまるで幻か何かであったかのように消えてしまったことは不可解だったが、今はそれよりも塔が先決だ。
「行きましょう、中須くん」
 そう声をかけると、望美は塔の中へと足を踏み入れた。
 長い螺旋階段を上った先、最上階と思われるその場所には小さな扉があった。扉の上には錆びた鍵が刺さっている。ゆっくりと望美がそれを回すと、跳ねるように扉が開いた。
 中は小さな部屋になっており、糸車の前で一人の老婆がせっせと糸を紡いでいた。その前には興味深そうにその動作をのぞき込む少女がいる。一瞬人間かと思ったが、どうやらそれは精巧につくられた人形であるらしかった。
 周囲を見渡せば、紡ぎ終わった糸を入れるとおぼしき籠の中に金色の鍵が何本も入っていた。望美はそっと手を伸ばしてその鍵を手にした。このアトラクションのルールは正しい順序で物語を紡ぐこと。それならばこの鍵は次の場面へ続くアイテムなのだろう。
 ふといたずら心がわいて望美は糸車へと手を伸ばした。(つむ)に触れる寸前、その手を引かれる。顔を上げると、どこか怒ったような顔の悠と目が合った。
「何をやってるんですか」
「いえ、物語だとこれに触れて百年の眠りについたな、と思って」
 ただの好奇心です、と笑うと呆れたようにため息をつかれた。
「だからと言ってセットに不用意に触れるのはよくないですよ。行きましょう」
 そう言うと、悠は望美の手を引いたまま部屋を出た。
「このあとはどうなるんですか?」
 螺旋階段を下りながら問いかけると、望美は記憶を手繰るようにわずかに視線を上に向けた。
「城の者すべてが眠りにつくんです。人間だけじゃなくて、動物も、炎や風なんかの自然も。その代わりに、城の周囲でいばらが伸びて城を覆ってしまうんです」
「となると、次は……」
 考えながら歩いていると、いつの間にやら階段の下についていた。扉を開けて外へと出ると、水色のものが視界の端を躍った。ハッとして視線を向けると、駆けていく王女のうしろ姿が見えた。とっさにそれを追って二人は走り出す。


 城の廊下を駆けていく王女が廊下を曲がった。
「いない……?」
 追いかけた先、行き止まりとなるはずのその場所に王女の姿はなかった。
「またですか?」
 はあ、と大きくため息をついて悠がかぶりを振った。
「とりあえず、ここの扉のどこかに入ったと考えるのが妥当でしょうね」
 そう言って片端からノブに手をかけて引っ張るものの、どれ一つとして開きはしなかった。
「さっきの鍵、試してみます?」
「そうですね、ダメもとで試してみましょう」
 うなずき合い、二人は端から順に鍵が合うものがないかを試していく。四つ目の扉で鍵がはまった。回してみると、カチリと錠の外れる音がする。
 開けてみればそこは調理場のようだった。料理をしている最中なのだろうか、様々な食材が調理台の上に置かれている。見渡すと、部屋の隅で椅子に座って鶏の羽をむしろうとする女中や、少年につかみかかろうと手を伸ばすコックの男の姿を模した人形がある。人形らはすべて目をつむっており、どうやら眠っているようだった。
 ここにも鍵があるはずだと、二人で手分けして辺りを探す。しばらくして野菜籠の中から悠が鍵を見つけ出した。
 部屋を出て歩き出すと、またもや前方で水色の影が踊った。どちらからともなく駆け出して影を追う。


 全力で追いかけているはずなのに一向に距離は縮まる気配がない。長い階段を駆け上がると、水色のドレスは一つの扉へと吸い込まれていった。パタンと乾いた音を立てて閉まったドアに手をかけるも、鍵がかかっているのか重い手ごたえが返ってくる。鍵を、との悠の言葉にうなずくと、望美は調理場で見つけた鍵を差し入れた。カチリと音がして扉が開く。
 そこは屋根裏部屋のようだった。部屋の中にはほとんど物がなく、正面に大きな窓が広がっている。窓の向こうには、絡みつくいばら越しに待ち合わせ場所のカフェがわずかに見えた。窓枠には小さな籠が置いてあり、やはりと言うべきか鍵が収められている。
「いばらに覆われた、城……」
 ぽつりと漏らされた悠のつぶやきに、望美は小さくうなずく。ここまでは物語の通りに進んでいる。この次は……。
「いばら姫の伝説が広まり、他国の王子がやって来てはいばらによって命を落とす」
 記憶をたどる望美の口があらすじを語る。その内容にぎょっとしたように悠が身を引いた。
「ですが、城門はいばらに覆われてはいない。そうなると、いばら姫の目覚めのシーンまで飛ぶ……?」
 くちびるにゆるく握った拳を当てて望美がつぶやく。いばら姫が眠るのは彼女が呪いに落ちた塔のはずだが、そこはすでに訪れた。
グリム童話版(いばら姫)では、ない……?」
 考えられるのはそれだった。【眠り姫】と呼ばれる物語はいくつか存在し、有名どころではグリム童話の【いばら姫】やペローの【眠れる森の美女】である。導入部分で出た十三人の魔法使いというキーワードからグリム童話版だと思い込んでいたが、もしかしたらミックスされたオリジナル版という可能性も考えられる。ならば、次の目的地は【この城で一番美しい部屋】なのか。
 望美の推理を聞かされた悠は困ったように眉を寄せた。
「たしかにその可能性は高いでしょうが……でもどうやって一番美しい部屋を探し出すんです?」
「……総当たり?」
「一日かかっても無理でしょう、それ」
 問題はそれだった。美しさなんて主観に満ちた判断材料で次の目的地を探すのである。しかも、広いこの城からたった一つの部屋を。
 二人はしばらく何かいい方法はないものかと知恵を絞ったものの結局思い当たらず、鍵の合う扉を探すために部屋を出て歩き始めた。
 けれど二人が歩き始めてすぐ、目の前を水色のドレスが横切った。顔を上げれば、美しい少女が誘うように手を差し伸べている。おいで、とくちびるの動きでささやいて、王女は駆け出した。数歩駆けては足を止め、招くように手を伸ばす。
 顔を見合わせてうなずくと、二人もまた王女を追って駆けだした。


 ひらりひらりと舞うような動きで王女は廊下を駆けていく。足音を立てることもなく、まるで宙を泳ぐかのごとく。時折振り返っては彼女は笑みを浮かべて二人を差し招き、ふたたび駆ける。二人を引き離すことなく、けれどもけして追いつかれることもなく。
 そんなつかず離れずの追いかけっこをどれだけしていたのだろうか。王女の姿が廊下の角に消えた。角を曲がれば、そこには無数の部屋があるばかりでドレスをまとった貴人の姿は見当たらない。
「また消えた……」
 呆然とつぶやく悠をよそに、望美は端から鍵の合うドアを探していた。いくつ目かのドアで、鍵が穴にはまった。恐る恐る回せば、軽い音を立てて鍵が開く。
「中須くん」
 そっと振り向き、未だ衝撃の只中にいる悠を呼ばう。近寄ってきた悠にドアを示した。
「ここがそうなんですか?」
「おそらくは」
 鍵が合った、と差し込んだままの鍵を示す。
 鍵穴から鍵を抜き取ると、悠はそっとノブに手をかけた。開けますよ、と声をかけると、緊張した面持ちで望美がうなずく。それにうなずきで返し、悠はノブを引いた。
 ぎぃ、と軋んだ音を立てて扉が開かれる。一歩中に踏み入り、二人は感嘆の声を上げた。
 大きな窓から取り入れられた陽光が室内を真っ白に染め上げる。柱の一本一本にはこれでもかとばかりに精緻な飾りが彫り込まれ、揃えられた家具の数々もまた同様だ。間違いなく、ここが城で一番美しい部屋と呼べるだろう。
 部屋の中央には天蓋のついた豪奢なベッドが(しつら)えられ、薄い(しゃ)の幕が幾重にも重なっている。
 ベッドの上には水色のドレスをまとった王女の人形が置かれていた。幸せな夢を見ているかのような穏やかな寝顔の人形は、今まで追いかけてきた王女とよく似ていた。
 眠る王女の枕元には古びた金色の鍵が一本置かれている。そっとベッドに近寄ると、望美はその鍵に手を伸ばした。手に取れば、その鍵はほかと違ってずっしりとした重みを伝えてくる。
「おやすみなさい、良い夢を」
 そっとささやいて顔を上げれば、紗の幕に隠されて入口からは見えない場所に小さな扉があるのに気付いた。ぽっかりと空いた鍵穴に手にした鍵をはめ込めば、(あつら)えらえたかのようにそれはぴったりとはまった。
「順路は向こうのようですね」
 幻のように現れては消える王女に導かれたり、結局ここまでほかの参加者に出会うことなくたどり着いたことに疑問を覚えながらも、ひとまず次の場所へと向かう。
 ペロー版であるならばこのあと城中の者が目を覚まし、王子と王女の結婚式の場面に至るのだが、と望美は考えた。ついでに、そのあとの少々ショッキングな展開も思い浮かべる。
 結婚したあともしばらくは王女は城に残されたままで、数年を経て王子の父が亡くなってからようやく王子の城へと呼ばれるのだ。生まれた(オーロール)息子(ジュール)と共に王子の城へと迎え入れられた後、王子は隣国との戦へと旅立つ。王子がいなくなってすぐに、義母となる王太后は料理長に娘と息子、そして王女を料理するように命じる。料理長は子羊や牝鹿を料理して三人をかくまうのだが、王太后に知られてしまう。そして三人と料理長夫妻を処刑しようとするのだが、戻ってきた王子に事を知られ、王太后が自ら命を絶つことで幕を閉じるのである。
 このアトラクションだとどこまで綴られることになるのだろうかと考えながら部屋を出ると、そこは最初に通った廊下と同じような回廊だった。違いはゆるやかに弧を描いていることと、その先に明るい外の日差しが見えるということ。
 まっすぐに進むと、どうやらそこは城の外であるらしかった。アトラクションの受付と言うよりも出口と言うべきだろう。衛兵に扮したスタッフが現れた二人の姿を見て驚いたように目を丸くする。だが彼はすぐに笑みを浮かべて二人に声をかけた。
「お疲れ様でした、それではお持ちになった鍵をこちらにいただけますか」
 はいとうなずき、望美はこれまでに使用した鍵をすべて手渡す。受け取った鍵を見てスタッフは再度目を瞠ったあと、あわてて取り繕ったような笑顔を張り付けた。
「たしかに確認いたしました。それではスタンプカードをお願いします」
 すでにほかのアトラクションでおなじみとなったやり取りを経て、無事にこのアトラクションもクリアとなる。
「……まさかこのルートをこんな時間でクリアされる方がいらっしゃるとは思いませんでした」
 古びた鍵を掲げ、スタッフは苦笑に近い笑みを浮かべた。
 その言葉を聞いて、なるほどと望美はうなずく。どうやらグリム童話版とペロー版とで攻略ルートが分かれていたらしい。たしかに、普通に考えれば【城で一番美しい部屋】なんて見つけられるわけがない。
「前代未聞のクリア時間ですね」
 スタンプカードを返却する際、スタッフは意味ありげな笑顔でそう告げた。時間を確認してみれば、なるほど、たしかに物語を追うには短い時間であった。
製作者:篠宮雷歌