スクールウォーズ 26

 そして文化祭当日がやって来た。紅葉祭(こうようさい)と呼ばれる志貴ヶ丘学園の文化祭は二日に(わた)って行われ、一日目が主に在校生に、二日目が一般来場者に向けたものとなっている。
 生徒会長による開会の挨拶が終われば、あとはもう各自好きに文化祭を見て回ることができる。三々五々体育館を出ていく生徒たちを眺めていると、湊が小走りにこちらにやって来た。
「なぁ、文化祭一緒に見て回らないか?」
 無邪気な笑みを浮かべて誘う湊に、望美は困ったように眉を寄せた。
「申し訳ありません。中須くんと一緒に見回りに行かないといけないので、ご一緒はできないのです」
 文化祭における生徒会の仕事の一環として、会場の見回りと来場者の案内というのがある。何かトラブルが起こってはいないか、危険な場所はないか、そういった点検や、一般来場者が何かあった際に声をかけられるように【文化祭実行委員会】の腕章をつけて校舎内を巡回するのである。
 そう言ってすまなさそうに頭を下げた望美に、湊はあからさまにショックを受けた様子を見せた。
「そっか、仕事なら仕方ないよな……」
 自分に言い聞かせるようにそう言うも、視線は不自然に泳いでいる。
「明日は? 明日も仕事あるのか?」
「そうですね、見回りはあります」
 うなずいた望美に、湊がさらにうなだれる。しょんぼりとしたその様は水に濡れた犬のようであまりにも哀れっぽく、望美は迷った末に口を開いた。
「見回りについてきていただく、という形であればご一緒できますが、いかがでしょうか?」
 遠慮がちな申し出に、湊は大きくうなずいた。
「うん、望美がいいなら一緒に回らせてくれ」
 ぱっと陽が射したかのように笑った湊を見て、望美も笑顔になる。
「じゃあ明日迎えに行くな。どこに行けばいい?」
「体育館の横にテントがあるのはご存知ですか? 一般来場者向けの案内窓口なんですが」
 湊はわずかに考え込む仕草を見せたあと、ああ、とうなずいた。
「そういえば何かあったな。あそこに迎えに行けばいいのか?」
「はい、クラスの出し物や見回りで抜ける時以外は、基本的にあのテントに待機していますので」
「わかった、じゃあ明日迎えに行くから」
 約束な、と笑顔で手を振ると湊は駆けていった。それと入れ替わりに悠が近づいてくる。
「すみません、お待たせしましたか?」
 うかがうような悠の言葉に、いいえとかぶりを振る。それに悠はほっとしたように笑みを浮かべた。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
 うなずいて答えると、二人は制服のポケットから取り出した腕章を左腕につけて歩き出した。
「そういえば、時任くんとしゃべっていたようですが」
 遠慮がちな問いかけに、望美はことりと首を傾げる。
「はい、一緒に回らないかと誘われたのですが、今日は見回りがあるので明日なら大丈夫だと答えました」
 それがどうかしたのかと問い返せば、悠はあわてたように何でもないと言って首を横に振った。その様子に望美はさらに首を傾げるが、悠は何でもないと繰り返すばかりだった。
 体育館を出ると多くの人であふれていた。周りを見回せば、体育館のすぐ脇に案内窓口のテント、そこからグラウンドへ続く階段に向かって模擬店のテントが並んでいる。色とりどりの飾りがつけられたテントは賑やかで、見ているだけでも何だか楽しくなってくる。
 チェックを兼ねて模擬店を見回っていると、不意に一つのテントから声をかけられた。そちらに顔を向ければ手を振る恭二の姿がある。
「よお、見回りか?」
「はい。そちらは店番ですか?」
 問い返すと、そうだとうなずかれた。
「よければ見てけよ。安くはできないが、おまけはするぞ?」
 冗談めかしたウィンクに悠と二人で顔を見合わせる。どうしようかと束の間視線で会話をし、うなずいた。
「では一つください」
 そう言って望美が金券を渡そうとした時だった。
「そっちのよりも、うちのたこ焼きを一つどうかな?」
 穏やかな声がそう割り込んでくる。顔を上げるとエプロンをした浩明が笑顔でこちらを見ていた。たこ焼きの鉄板の前で竹串を手にしているところを見ると調理担当なのだろうか。
「妙な味付けの焼きそばよりもよっぽどおいしいと思うよ?」
 どう? と笑顔で促す浩明の声を、また別の声が遮る。
「妙な味付けとは何を言う! カレー味のどこが妙だと!?」
 そう叫んだのはこれまたエプロンをし、コテを手にした直人だ。彼の叫びに近くにいた生徒たちがぎょっとしたように目を剥き、あわてて屋台から離れていく。
「あ、ご隠居バラしやがった……」
 担当は売り子なのだろう、恭二が頭を抱えてうめく。彼らは何を売っているのかと看板を見やれば、焼きそばとフランクフルトであった。
「カレー味の焼きそば……」
 それはない、と言いたげに目を細める悠の横で、望美が金券を恭二に手渡した。
「焼きそば一つ」
「買うんですか!?」
 思わずと言った様子で叫ぶ悠に、望美はきょとんとした顔で彼を見返してうなずいた。
「だって面白そうじゃないですか」
「いや、あきらかに混ぜるな危険でしょう!? カレーと焼きそばなんて!」
「そこまで言うか、中須」
 焼きそばをパックに詰めていた恭二が苦笑を浮かべる。
「ヤバげに見えるが、案外イケるぞ?」
 一応味見はしてるから大丈夫、と保証してパックと割り箸を望美に手渡す。
「ほい、おまけ」
 そう言って差し出されたのは、プラスチックトレーに載せられたフランクフルトだった。悠と一緒にいるからだろう、割り箸もフランクフルトも二本ずつあった。
「ありがとうございます」
 礼を言って受け取ると、望美はフランクフルトを一口かじる。肉汁と共に口の中に広がったのは、なぜかカレー味だった。
 驚いたように目を瞠る望美に、何に驚いたのかを察したのだろう、恭二が小さく笑った。おまえも食ってみろ、と促された悠がおそるおそるフランクフルトを口にして、同様に目を見開く。
「なんでカレー味なんです?」
 どうやって味付けしたのかとのツッコミに、予想通りの反応だったのか恭二が楽しそうに笑う。
「それは企業秘密ってヤツだな」
「あまり知りたいとも思いませんがね」
 呆れたような悠のつぶやきに、かわいげのないヤツ、と恭二がまた笑う。
 フランクフルトと焼きそばを食べ終わり、トレーなどを捨てた二人は校舎の中へと向かった。
「どういう順路で回りましょうか?」
 望美の問いかけに、悠が思案するように腕を組んだ。しばらく天井を見上げていたが、やがて小さくうなずく。
「まずは南棟を一階から順に見て行って、北棟は逆に降りながら見て行くというのでどうです?」
 それならば校舎を一周できるだろうとの言葉に、望美もうなずいて同意を示した。
 小会議室は写真部による物販コーナーとなっていた。望美たちの姿を確認するや否や、売り子であろう部員たちがあわてて机の上に置かれていた何かをしまう。その様子にどうしたのだろうかと首を傾げながら、望美は商品の置かれた机の上を見やった。主な商品は【コンクエスト】を年度ごとにまとめたDVDや部員のブロマイドなどの【コンクエスト】関連商品であるらしい。ざっと見て回った限り問題はなさそうなので部屋を出て次の展示スペースへと向かう。


 一年二組の教室に入った二人は思わず感嘆の声を上げた。
「これはまた……」
「すごいですね」
 窓際に並べられた机の上にはレゴブロックで作られた学校模型が置かれていたのだ。それも中等部から大学部までの全校舎と、関連施設まで含めた学園全景図である。おまけとして三郷(みさと)キャンパスの大学校舎も作られ、別枠で置かれていた。
 これらを作るのに相当な手間暇がかかったであろうことは簡単に予想がついた。
 教室を訪れたほかの生徒たちも皆感嘆の声を上げ、スマートフォンで写真を撮る者もいる。
 しばらく呆けたように模型を眺めていると、どこからともなく音楽が聞こえてきた。金管楽器の音が主であることから吹奏楽部であろうと思われた。
「そういえば、中庭で演奏するって企画書にありましたっけ……」
 思い出したかのようにそうつぶやいて、悠が中庭の方へと視線を向ける。
「見に行きますか?」
「はい」
 うなずいた望美を見ると、悠は教室を出て廊下へと向かった。
 廊下には音を聞いて集まったであろう生徒たちの姿があったが、さすがに鈴なりというほどではなく窓際の場所を取ることができた。華道部の作品が入っている展示ケースに触れないように気を付けながら、窓から中庭を見下ろす。
 中庭では揃いの衣装を身にまとい、それぞれ楽器を演奏しながら規則的な動きを取る吹奏楽部の姿が見えた。あるいは円を描くような、あるいは直線的な軌道で行進しつつ、入れ代わり立ち代わり様々な陣形を取る。
 彼らの正面には指揮を執る者がおり、その指示に合わせて部員たちは一糸乱れぬ動きで行進をする。時に後退し、時に横向きに歩き、立ち止まって楽器を左右に振ったりと、それでどうやって演奏が続けられるのかと感心するばかりである。
 五分ほどで演奏が終わると、部員たちは次の演奏に向けてか隊列を取り直した。
 ほう、とため息をついて顔を見合わせると、互いに興奮したように頬が上気していた。すごかったですね、と言い合いながらまた歩き出す。
 西側の渡り廊下へと向かい、コンピュータールームに入る。
 そこではコンピューター部を主体として、ネットゲーム同好会、漫画研究同好会、文芸部らが協力して制作したゲームを販売しているらしく、テーブルクロスが敷かれた長机の上にはイラストで飾られたトールケースがいくつも並んでいた。
 流れてくる音楽にふと視線を横へ向けると、そこには一台のモニターが置いてあった。販売しているゲームのデモムービーだろうか、少年や少女の立ち絵などが次々と表示されている。
 ここもさしたる問題はなさそうなので、次の展示スペースへと向かうことにした。


 被服室では被服部による作品の展示と、手芸部による作品のバザーが行われているようだった。被服部はその名の通り展示品の大半が服であるあたり、さすが広瀬が顧問をしているだけのことはあると思わず納得した。
 今回、望美のクラスのお化け屋敷や舞台発表をするクラスの衣装は、そのほとんどを被服部が制作を手がけたらしい。たしかに展示されている服は個性的なデザインであることを除けば、市販されていてもおかしくないほどの出来栄えだった。
 販売されている商品に目を向けると、レース編みのコースターやアクセサリー、パッチワークで作られた巾着袋やペンケースなど小物を中心としていたが、中にはレース編みのテーブルクロスなどという大物も存在した。売れ行きは好調らしく、手芸部の部員が忙しく応対したり商品の補充を行っている。
 邪魔にならないようにとそっと退室すると、次へと向かうことにした。


 二年三組の教室の前はずいぶんと派手に飾り付けられていた。看板を見やった望美がそれを読み上げる。
「メイド喫茶」
「……十中八九、渡瀬先輩の企画でしょうね」
 呆れたように悠がつぶやき、どうします? と望美に問いかける。
「どうするもこうするも、見ていくしかないのではありませんか?」
 あっさりと言い放った望美に、悠が深くため息をつく。
「ですよね……」
 がっくりと肩を落とした悠に首を傾げつつ、望美はドアに手をかけた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
 ガラリとドアを開けて中に入ると、元気のいい声がそう出迎えた。だがその声はどれも男子のものだ。
「……なぜ女装メイド」
 じっとりと半眼で教室内を見回した悠がうんざりとした口調でつぶやいた。彼の言う通り、教室の中を忙しそうに動き回っているのはメイドの格好をした男子生徒ばかりであったのだ。しかも運動部に属しているであろうゴツイ奴らがほとんどである。悠でなくともどうしてこうなったと頭を抱えることだろう。しかしそのネタさ加減がウケているのか、机を寄せて作られた客席はほぼ満席であった。
「あ、在原ちゃんに中須ちゃんだ。お帰りなさいませー」
 そんな荒れ狂う視覚の暴力の中、ただ一人違和感なくメイドの格好をしている薫が二人に気づいて手を振った。ぱたぱたと駆け寄ってくる。
 見回り? とかわいらしく首を傾げて問いかけてきた薫にうなずきで答える。
「そっか、ご苦労様。ね、よかったらちょっと休憩していかない?」
「……よろしいのですか?」
 忙しそうな教室内の様子に、どこか遠慮がちに望美が問い返す。だが薫はかまわないと言って笑顔を浮かべた。
「ではお言葉に甘えて」
 言って金券を差し出そうとした望美を、薫はかぶりを振って制した。
「いいの、ここはあたしに(おご)らせて」
 ね? と顔をのぞき込むようにしてそう言われ、それならばと望美は出しかけていた金券を引っ込めた。
「重ね重ね、お言葉に甘えます」
 その望美の言葉に満足そうにうなずくと、薫は二人を席に案内した。
「飲み物と軽食のセットなんだけど、何がいい?」
 差し出されたメニューに目を向けると、サンドイッチやハニートースト、ホットケーキなどの文字が躍っていた。
「あたしのおすすめはホットケーキセット。冷凍だけど、かなりおいしいよ? ハニートーストもなかなかだけど、ちょっと食べづらいのが難点かな」
 薫の説明を聞きながら二人でメニューを眺める。商品の写真が載せられたメニューはセンスも良く、本物の喫茶店のように本格的だ。
「ではホットケーキセットをアイスティーでお願いします」
「じゃあ僕はミックスサンドイッチをアイスコーヒーで」
「かしこまりましたー。すぐに用意するから待っててね」
 そう言ってメニューを回収すると、ウィンクを一つ残して薫は駆けていった。
「しかし、本当になぜ女装メイドにしたのか……」
 普通に女子生徒にメイドの格好をさせるのではダメだったのか、と悠が盛大なため息を漏らす。
「たしかに独特な雰囲気ですよね」
「……それで済むんですね」
 望美の言葉に、もう一つため息をこぼす悠。独特で済むならいいが、ハッキリ言ってゴツイ男がメイドの格好なんぞ視覚の暴力以外の何ものでもないだろう。本当に、どうしてこんな企画がまかり通ったのか小一時間ほど問い詰めたいところである。
 どうにか意識して店員役の生徒の姿を視界に納めないようにしていると、トレーを手に薫がやって来た。
「おまたせー」
 そう言いながら手際よく皿を並べていく。皿を並べ終わると、ごゆっくりどうぞ、と言い置いて去っていった。その背中を見送ると、二人はどちらからともなく顔を見合わせた。
「とりあえずいただきましょうか」
 望美の言葉に、二人でいただきますと唱和した。
 ホットケーキをナイフで切り分けて口に運ぶ。ふわりとしたやさしい甘さが口の中に広がり、思わず笑みがこぼれる。上にかけられたシロップも甘すぎず、ホットケーキを引き立てている。たしかにこれはおすすめするだけはあるとうなずきながら味わった。
 食べ終わり、そろそろ行こうかと視線で見交わして立ち上がる。それに気づいた薫がまたこちらへと駆け寄ってくる。
「ごちそうさまでした。そろそろ見回りに戻りますね」
「うん、いってらっしゃい」
 ひらひらと振られた手に会釈すると、教室を出て歩き出した。
 その後も見回りを続けたが、特にトラブルがあった様子もなく無事に終わったので案内窓口のテントへと戻ることにした。
 テントにいた風紀委員と交代して待機していると、当番が終わったらしい薫がやって来た。それに少し遅れて三年生たちもやってくる。
「それじゃテントには俺らが待機してるから、お前らは準備行って来い」
 そう言って手を振る恭二にお願いしますと頭を下げると、三人は生徒会室へと向かったのだった。


 着替えて三年の教室の前で待っていると、やがて戦闘員たちがやってきた。一歩前に出た【若苗】が彼らを見回して口を開く。
「台本は行っていると思う。筋書き通りに任せたぞ」
 彼の言葉に敬礼と奇声で答えると、戦闘員たちは一斉に駆け出していった。それにわずかに遅れ、望美たちも階段を駆け下りる。
 一階の階段のところで待っていると合図の奇声が聞こえてきたので【若苗】を先頭に中庭へ出る。いつものごとく中庭を取り囲むように立つ戦闘員たちを睥睨し、【若苗】はマントを払って音をさせた。
「さあ、征服を始めよう」
 その言葉と同時にアラームが鳴り響き、おなじみとなった出動判定の放送が流れた。放送からやや遅れて【特殊報道部】がその場に駆け込んでくる。
 いつもは指示があるまでおとなしく壁と化しているはずの戦闘員の一人が、【特殊報道部】の中継開始の言葉が終わると同時に一歩前へと踏み出した。奇声を発し、何かを訴えるかのように両手を広げる。
 どこかうるさそうに振り返った【若苗】に向け、その戦闘員は必死に身振り手振りを加えて何かを訴える。
「……何だと?」
 それを見ていた【若苗】が眉をひそめて声を上げた。
「ぼくたちに戦うつもりがないとはどういう意味だ」
 その言葉に、またもやジェスチャーと奇声で何事か訴える戦闘員。それに普段は冷静さを崩さない【若苗】が声を荒げた。
「ふざけるな! たしかにぼくたちは貴様らと違って死病に侵されてはいない。だからと言ってそれがなぜ戦うつもりがないということに繋がる!」
 再度のジェスチャーと奇声。今度はほかの戦闘員たちも同意するように声を上げる。
「あれは戦いではなく遊び、だと……?」
 【正義の味方部】との戦いを遊びと断じられ、【若苗】のみならず【青藍】もが息を呑む。望美もまた、遺憾だということを表すように強く拳を握った。だが戦闘員たちは奇声でもってさらに訴える。
「戦うつもりがないのなら、せめて貴様らが本星に戻れるように交渉しろ?」
 そうだそうだ、と言いたげに戦闘員たちが奇声を発し、拳を振り上げる。
「仮に本星に訴えたとして、そんなことが許可されると思っているんですか?」
 思わずと言った様子でつぶやいた【青藍】に向け、戦闘員たちがブーイングのように奇声を上げる。そこはお前たちの交渉次第だろう、そう言いたげな戦闘員たちに【青藍】が戸惑ったようにかぶりを振る。
 一歩も譲る気配のない戦闘員たちと、そんな彼らをどう扱っていいものか戸惑う【若苗】と【青藍】。膠着状態に陥ったその場に、威勢のいい声が上から降って来た。
「お前たちの好きにはさせんぞ、【世界征服部】!」
 声を追いかけるようにしてその場に降り立ったのは、ピンクと青と緑の影。ヒーロースーツに身を包んだ彼らは言うまでもなく【正義の味方部】だ。
「【正義の味方部】参上! この学園の平和は我らが守ってみせる!」
 思わぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)に【若苗】が大きく舌打ちした。
「チッ、面倒な時に面倒な連中が来たものだ」
 独りごちて【正義の味方部】へと振り返る。その拍子にひるがえったマントが、彼の苛立ちを表すように大きく音を立てた。
「いいだろう、ぼくたちに戦うつもりがあるのかどうか、この戦いで証明してやる!」
 その目に焼き付けるがいい、と捨て置いて彼はサーベルを抜いた。一足飛びに踏み込んで【ジャスティスピンク】に斬りかかる。奇襲ともいうべきその攻撃にも【ジャスティスピンク】は慌てた様子を見せず、剣の腹を拳で叩いて軌道をそらした。
「お前にしてはずいぶんと雑な攻撃だな、【若苗】!」
「ふん、貴様には関係ないだろう!」
 挑発するような【ジャスティスピンク】の言葉に、不機嫌さを隠そうともせずに【若苗】が叫び返す。目にも留まらぬ速度で繰り出されるサーベルは【ジャスティスピンク】が指摘する通り常ほどの鋭さはなく、怒りに任せたようながむしゃらな攻撃だった。


 【若苗】と【ジャスティスピンク】が戦っている間に別の場所でも戦闘が開始されていた。
 自分の前に立ちふさがる【ジャスティスグリーン】に、【青藍】が険しい顔で剣を抜く。
「お前たちの好きにはさせない!」
「今回は負けるわけにはいかないんですよ」
 わずかに睨み合い、彼らは同時に地面を蹴った。


 【若苗】と【ジャスティスピンク】、【青藍】と【ジャスティスグリーン】の戦闘が始まったので、さて自分の相手は、と周囲を見回した望美はてくてくと戦闘員たちに近づく【ジャスティスブルー】の姿を見つけ、はてと首を傾げた。
 彼は戦闘員の前に行くと、どこからか取り出したマジックでスケッチブックに何か書きつける。そしてそれを戦闘員たちへと掲げた。ギャラリーに向けてなのか、くるりとスケッチブックを持ったままその場で一回転してみせる。スケッチブックにはでかでかとこう書かれていた。
“何やってるの?”
 そして彼はまた戦闘員たちに体を向けた。問いかけるように首を傾ける彼に向け、戦闘員たちは口々に奇声でもって訴える。それに【ジャスティスブルー】はうんうんと何度もうなずく。
 会話が成立しているのだろうか、とさらに首を傾げつつ、望美はさてどうしたものだろうかと考えた。油断大敵とばかりに【ジャスティスブルー】に襲いかかってもいいが、何だかあっさり避けられて戦闘員を殴りそうな気もする。
 ぐるりと視線を中庭に巡らせる。【若苗】と【ジャスティスピンク】は相変わらず高速で戦闘を繰り広げているので、下手に介入すれば足を引っ張るだけという結果になりかねない。
 視線を転じ、【青藍】と【ジャスティスグリーン】の戦闘を見やる。彼らもまた熾烈なバトルを繰り広げているが、まだ乱入するならこちらかと思われた。
 よし、とうなずいてピコハンを握り直すと、望美は地面を蹴った。


 ぶん、と空を切るピコハンに【ジャスティスグリーン】があわてて身を引いた。そのまま跳びすさって距離を取る。
「……外しましたか」
 さして残念そうにも聞こえない声音でつぶやくと、望美はピコハンを握りなおして【青藍】の横に立った。
【ジャスティスブルー】(きみの相手)はどうしたんです?」
 ちらりと視線を望美にくれた【青藍】が問いかける。
「戦闘放棄かと。戦闘員たちとおしゃべりに興じています」
 言って望美は【ジャスティスブルー】のいる方向を手で示した。【青藍】のみならず【ジャスティスグリーン】までもがそちらを見やり、揃ってため息をついた。視線の先にはスケッチブックで筆談する【ジャスティスブルー】の姿。その相手となっている戦闘員たちも、どこか楽しげに声を上げている。
「……なるほど、たしかに戦闘放棄ですね、あれは」
 呆れたような【青藍】のつぶやきにうなずくと、助太刀しますと望美は告げた。それに【青藍】はわずかにためらう仕草を見せたが、やがてうなずいた。
「わかりました、お願いしましょう」
「ちょ……待て! 二対一とか卑怯じゃないか!?」
 あわてたような【ジャスティスグリーン】の叫びに、それがどうかしましたか、と望美は首を傾げる。
「我々は負けるわけにはいかないのです。たとえ卑怯と謗られようが、勝つためならばどんな手段も厭いませんよ」
 淡々と告げた望美に【ジャスティスグリーン】が息を呑む。そんな彼を真っ向から見つめ、望美はピコハンを構えた。
「覚悟」
 低くささやいて地面を蹴る。低い姿勢から振るわれたピコハンをどうにか【ジャスティスグリーン】が避ける。だがそれを【青藍】が追った。突き入れられた剣を身をひねってかわし、【ジャスティスグリーン】は側転して距離を取る。
 着地するや否や、【ジャスティスグリーン】は全身をバネのようにして踏み込んだ。【青藍】の懐に飛び込むと、突き、蹴り、そしてまた突きと流れるような連続攻撃。それを避け、あるいは剣で捌く【青藍】。
 【青藍】へと意識を向けている【ジャスティスグリーン】の背後にそっと近寄ると、望美はピコハンを思い切り振るった。
「うわぁ!?」
 直前で察した【ジャスティスグリーン】が大きく悲鳴を上げながら横に避ける。飛び込むような上空からの一撃は空を切り、ピコン、と音を立てて地面を叩いた。
「だから背後からは卑怯だと……!」
 ぜいぜいと息を切らせて叫ぶ【ジャスティスグリーン】に対し、望美はあっさりと言い放つ。
「手段は問わないと言いました」
 再度ピコハンを構え直す望美に、【ジャスティスグリーン】が警戒するようにじりじりと後退する。いつかもそうであったように、彼は望美相手に戦うつもりはないらしい。
「なぜ戦わないのです、【ジャスティスグリーン】」
「女の子相手に戦えるか!」
 本気だとわかる叫びに、むっと望美は眉をしかめる。
「それはわたしへの侮辱です」
 それとも男女差別ですか、と問いかけて距離を詰める。
 ぶん、と横薙ぎにピコハンを振るうと、うわ、と声を上げながら【ジャスティスグリーン】がしゃがんだ。手首を返して振り下ろせば、飛び込み前転の要領で避けられる。
「戦うつもりがないのならばご退場願いましょうか」
 再度構え直した望美は、【青藍】、と声を上げた。
 ちょうど【ジャスティスグリーン】を挟む位置にいた【青藍】が、ハッと我に返ったように剣を構え直す。
 ピコハンを振りかぶって望美が距離を詰める。同時に【青藍】もまた【ジャスティスグリーン】に下段から斬りかかる。
 一瞬迷うかのように視線を揺らしたあと、【ジャスティスグリーン】は左へと体を投げ出した。それを左右から挟み込むようにして望美と【青藍】が追いかける。何度も同じことを繰り返し、壁際へと追いつめることに成功する。
 タイミングを合わせ、望美と【青藍】が同時に飛びかかった。
「くっ……」
 小さくうめき、【ジャスティスグリーン】が飛び上がる。くるりと上空で宙返りし、壁を蹴って脱出をはかるが、それを追って飛び上がった望美が【ジャスティスグリーン】の足を掴んだ。ぐん、と引っ張られて体勢を崩した【ジャスティスグリーン】の体を望美は地面へと叩きつける。
 受け身を取って地面を転がった【ジャスティスグリーン】が立ち上がろうとするが、その首筋に【青藍】が剣の切っ先を突きつけた。
「ちくしょう、オレの負けだ」
 悔しそうに宣言した【ジャスティスグリーン】から剣を引くと、【青藍】は【若苗】の方へと視線を転じた。そちらも今まさにケリがついたところらしく、【ジャスティスピンク】が敗北宣言をしていた。
 問うようにこちらを見やった【若苗】に、望美と【青藍】はうなずきで答える。二人に向かってうなずきを返すと、【若苗】は見せつけるかのようにサーベルを天高くかざした。くるりと手首を返してそれを鞘へと納める。
「征服完了」
 かすかな憂いを秘めた声でそう宣言し、バサリとマントをひるがえす。
「ぼくたちが戦うつもりがないなどと、そんなことは金輪際二度と言わせない。理解したな?」
 戦闘員たちに向けてそう言い放つと、彼は【世界征服部】の勝利を叫ぶリポーターの声を背に受けながら撤収だと告げて校舎へと向けて歩き出す。それに望美たちが続くと、奇声を上げた戦闘員たちもそのあとを追って歩き出した。


 生徒会室に戻って着替えると、三人はふたたびテントへと向かった。
「あら、お帰りなさい」
 にこやかにほほえんで出迎えた詩織に、三人はそれぞれただいまと返す。
「で、首尾はどうだ?」
「バッチリに決まってるじゃん」
 誰に聞いてるのよ? とVサインをしながら薫。それに問いかけた恭二も笑みを浮かべた。
「とりあえず一仕事終了だな」
「お二人はクラスの方の当番があるのでしたか?」
 詩織の問いかけに、望美と悠はそれぞれうなずく。テントで待機するという薫に見送られ、二人はそれぞれ自分のクラスの出し物へと向かったのであった。


 生物室へと向かうと、教室の前にはおどろおどろしい看板が立てられていた。中からは悲鳴に混じって時折歓声が聞こえてくる。おや、と首を傾げつつ、望美は着替えのために準備室へと入った。
 ちょうど当番の時間が同じこともあり、準備室には小百合と千恵の姿があった。彼女らの手に衣装があるところを見ると、今来たばかりなのだろう。
 室内を見渡すと望美の名前が書かれた紙袋があった。中を開けてみれば衣装が入っている。手に取ると、それは黒を基調としたロング丈のドレスだった。ラッパ型に広がった袖に、タイトなスカートは膝のところで前にスリットが入っている。紙袋にはほかにとんがり帽子と箒が入っていた。小道具ということだろう。衣装のコンセプトは魔女だと聞いていた。
 二人の衣装は、と視線を向ければ、小百合が着ているのは望美とよく似た白いドレスだが、全体的にどこか古風なシンプルなもので、裾や袖などに破れ目がわざと入れられていた。女性のゴーストをイメージした衣装らしく、大人びた雰囲気の小百合によく似合っていた。
 一方の千恵は胸を強調するようなデザインの膝上丈のワンピースだった。黒を基調としてはいるが、そのデザインはどこまでもかわいさを追求したものだ。かぶったとんがり帽子もオレンジのリボンが巻き付けられている。コンセプトは見習い魔女なのだろうか、いつも元気に駆け回っている千恵にぴったりだと思えた。
 さすがに広瀬が力作だと豪語するだけあり、それぞれ着る人間の魅力を最大限に引き出していた。
「ほら、いつまでも人のこと見てないでさっさと着替えちゃいなさい」
 小百合に促され、望美は手早く衣装に着替えた。
 準備室の続き扉から生物室に入ると、配置担当の生徒に場所を指示されたのでその場所へと向かい、今までその場を担当していた生徒と交代する。
 客が来ればどうすればいいのかと問いかけてみると、普通に出ていくだけでいいと言われた。驚かせるというよりは、コスプレ状態のお化け役を見て楽しませるというのが主目的らしい。なるほど、道理で悲鳴と共に歓声が聞こえてくるわけである。
「とりあえずタイミングさえ合わせて出ていけばいいから」
 じゃあ頑張れ、と片手を上げてフランケンの仮装をした男子生徒は入れ替わりに抜けていった。
 照明を落とされているため、辺りは薄暗い。半分迷路のように作られた順路は曲がり角が多く、角でお化け役が待機して飛び出すというパターンだ。天井を見上げれば、白い丸い物体が浮いていた。パッと見お化けに見えるアレは風船に布をかけて飛ばしたものだと聞いているが、暗闇で見るとなかなかどうして本物っぽく見える。
 しばらく待っていると、通路の前方から話し声が聞こえてきた。足音の大きさからタイミングを計り、最も近くに来たと思われるタイミングで飛び出す。
 客である女子生徒の二人連れは驚いたように悲鳴を上げたあと、望美に気づいて歓声を上げた。
「このお化け屋敷、お化け役の衣装どれも本格的だよね」
「そうそう、男の子のはカッコイイし、女の子のはかわいいし」
 きゃあきゃあと楽しげに会話したあと、あ、と思い出したように声を上げた。
「一緒に写真撮ってもいいですか?」
「あ、あたしもあたしも!」
 期待するような眼差しにいいのだろうかと思いつつ、特に指示もなかったのでまぁいいかと了承すると彼女たちは嬉しそうに礼を言って交互に写真を取った。
 女子生徒たちを見送ってさらに待つと、今度はどこかおどおどと歩いているような頼りない足音が聞こえてきた。またタイミングを合わせてひょいと飛び出す。
「うわああぁぁぁっ!」
 予想に反して本気で驚いたような悲鳴が上がり、逆に望美の方が驚いた。早鐘のように打つ心臓を押さえながら相手を見やると、それは土屋だった。普段はスーツを着ている彼だが、今日は文化祭であるためかTシャツにジーンズ、パーカーとラフな私服であるようだった。左腕には志貴ヶ丘学園の文字と校章とが印刷された腕章がつけられている。彼はよっぽど驚いたのか、ひっくり返るような形で床に座り込んでいる。
「大丈夫ですか、土屋先生」
 そっとうかがうように声をかけると、涙目の土屋がこちらを見上げてきた。
「在原、さん……?」
 確かめるようなつぶやきにうなずいて手を差し出すと、土屋はその手を掴んで立ち上がった。
「ホントにびっくりしましたー……」
 胸に手を当てて深呼吸していたが、ふと思い出したように声を上げた。
「そういえば、さっき本当にお化けが出たんですよ!」
「それはどのような?」
 首を傾げて問い返すと、土屋は身振り手振りを交えて必死に訴えだした。その説明を聞きながら、望美はそっと視線を天井へと向けた。おそらく土屋が見たお化けとはあの風船のことだろう。教えるべきだろうか、と一瞬思ったが、風船ごときをお化けと思い込んだと他人に知られれば彼の沽券(こけん)に係わるだろうと、自分一人の胸に納めておくことにする。
「先生は見回りの途中ですか?」
 聞かずとも腕章をつけていることからそうと推測できたが、話題変更のためにわざと尋ねる。
「あ、はい。見回りです」
「そうですか、お疲れ様です。頑張ってくださいね」
 そう言うと、土屋は嬉しそうにへにゃりと笑った。
「ありがとうございます。在原さんも大変だと思いますが頑張ってくださいね」
 そう答えて手を振ると、土屋はまたおっかなびっくり歩き出した。
 その後、お化け屋敷からはやたらと男性の悲鳴が上がっていたという。
製作者:篠宮雷歌