スクールウォーズ 23

 体育館で全校集会を行い、その後学力テストを行えばそれで始業式の日のスケジュールは終了する。あとはもう帰宅するのも部活に精を出すのも自由となるが、二学期初日とあって多くの生徒は夏休み気分が抜けずにどこかだらけた気配であった。
 部活に向かう千恵と小百合に手を振って別れると、望美はいつものごとく生徒会室へと向かった。
「さて、今日は体育祭のイベント戦闘について話したいと思う」
 食事が終わって各人の前にお茶が配られると恭二がそう告げた。それに望美は小さく首を傾げる。
「体育祭のイベント戦闘、ですか?」
「おう、これはちょっと特殊なんでな、流れを説明しておきたいと思う」
 そう言って、恭二は間を置くように湯呑みに口をつける。
「体育祭では【世界征服部】【正義の味方部】両部の司令官が出てくるんだ。もっともシルエットと音声のみで実際に出てくるわけじゃあない。あとこれが一番特殊なんだが、去年の卒業生が乱入してくる」
「乱入、ですか?」
 眉をひそめて問いかけた悠にうなずくと、
「そう。不甲斐ない後輩たちを見かねて、先代の【世界征服部】の部員が乱入してくる。体育祭でのメインイベントは、むしろこの乱入イベントだと思ってもらっていい」
「不甲斐ない後輩って言われようはちょっと納得いかないんだけどねー。まあ、イベントの趣旨がそういう方向だって言うなら仕方ないよね」
 恭二の言葉を受け、ひどく不服そうにつぶやいたのは薫だ。
「あと、わたくしたち三年生は体育祭でのイベント戦闘をもって引退することとなりますわ」
 そう告げた詩織の言葉の内容に、え、と一年生二人が声を上げる。たしかに三年生なのだからいつかは引退することとなるはずだが、実際に言葉に出されると急に実感がわいた。困惑気味な二人に、ふっと恭二が笑みを浮かべる。
「引退するとは言っても、それは【世界征服部】の話だ。生徒会の活動は卒業まで変わらずに手を出すから、そんなに心配することもないぞ?」
 安心させるようにそう言ってくれるが、受けた衝撃はそう簡単には消えてくれなかった。


 毎放課後準備を行い、そうして体育祭の当日がやってきた。
 徒競走や綱引きなどのありふれた競技の中、ひときわ異彩を放つ競技が一つ。
「何でしょう、この着せかえ競争というのは」
 印刷されたプログラムを手に友人たちに問いかければ、ああ、とどこかあきらめ混じりの声が返ってきた。
「最大のイロモノ競技よ」
 それ以上聞くなと言いたげに顔を背けた小百合に、千恵が苦笑を浮かべて口を開く。
「えっとね、三年生の競技なんだけど、リレー形式で担任の教師を着せかえさせていくんだよ」
 それのどこがイロモノ競技なのだろう、と不思議そうに首を傾げる望美を見て、どう説明したものだろうかと千恵が拳を口元に当てた。しばらく思案していたものの、うまい説明が見つからなかったのか彼女は小百合へと視線を向ける。
 小百合は気づかないふりを装って視線をあさっての方向に向けていたものの、やがて大きくため息をついてこちらを向いた。
「着せかえの内容が問題なのよ。男性教師に女子生徒の制服着せてみたりとか、バニーガールにしてみたりとか、とにかく見るに耐えない格好にさせるのよ」
「お詳しいですね」
「文芸部の先輩に聞いたのよ。毎年この競技は大惨事だって」
 今年はどうなることなのやら、と口元を押さえてため息をつく。その様に、これは相当ひどいのかと望美は察した。


 応援に競技参加にと忙しく立ち回っている間に、いつの間にやら時計は十二時を示していた。
「すみません、わたしはそろそろ生徒会室に向かいます」
 そう告げれば、友人たちがうなずいて手を振る。いってらっしゃい、との言葉を背に受けながら、望美は校舎を目指して階段を駆け上った。
 生徒会室で全員揃って昼食を取ると、順番に更衣スペースに入って着替えを済ませる。そうこうするうちに昼休みを告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「さて、それでは参りましょうか、皆さん?」
 確認するように詩織が全員へと視線を向ける。うなずきが返ってきたのに満足そうにほほえむと、彼女は仮面をつけた。
 グラウンドに至る階段の上で戦闘員たちと合流する。腕を前に伸ばして合図を送る【真紅】に応え、戦闘員たちが一斉に階段を駆け下りていく。しばらくして聞こえてきた奇声に、ちらりと【真紅】がこちらに一瞥をくれて階段へと足を進める。
 階段を下りると、戦闘員たちはグラウンドの中央を囲むように円陣を作っていた。【真紅】たちの姿を認め、道を開くように戦闘員たちが横に避ける。
「この場は我々【世界征服部】が征服する!」
 高らかな【真紅】の宣言に戦闘員たちが唱和する。それを受け、生徒たちがわっと歓声を上げた。
 アラームが鳴るが、それを打ち消すほどの声量だ。
「僕たちがいる限りそうはさせない!」
 生徒たちの歓声を割るように頭上から涼やかな声が振ってきた。望美たちが振り返るのと同時に、階段を駆け下りてきた色鮮やかな一団がポーズを決めた。
「「「「“【正義の味方部】参上! この学園の平和は我々が守る!”」」」」
 声を揃えた宣言――約一名はスケッチブックによる筆談だが――に、さらなる喝采が生徒の間から飛ぶ。
 【正義の味方部】を追いかけるようにして、ようやく【特殊報道部】が登場した。中継開始の声を聞きながら、遅れた理由は機材を抱えて階段を下りなければならないからだろうか、とそんなどうでもいい考えが望美の脳裏をよぎる。
 不意に強い光が射し、階段脇の壁に何かが映し出された。それは軍帽をかぶり、髪を高く結い上げた女性のシルエットだった。空を薙ぐように右手を突き出す影の動きに合わせて女性の声がグラウンドに響く。
『さぁ、今度こそこの学園を手に入れ、地球侵略の足掛かりとするのよ!』
「了解しました、総帥」
 総帥のシルエットに向けて【真紅】が答え、右の拳を左胸の前に掲げた。ほかの部員たちもそれに倣う。
 任せたわよ、との言葉を残し、総帥のシルエットが消える。代わりに階段を挟んで逆側の壁に光が当たった。今度映し出された影は男性のものだ。スラリとしたシルエットが手を掲げる。
『何としても彼らの野望を阻止し、学園を守るのです!』
 耳に心地よい涼やかな声が告げる。叫ぶわけでもないのに、その声は喧騒を割ってよく通った。
「「「「“了解です、司令官!”」」」」
 かかとを揃え、ビシリと一糸乱れぬ動きで軍隊式の敬礼をする【正義の味方部】。
 笑みの気配を残し、【正義の味方部】の司令官のシルエットも消える。残されたのは敬礼をする【世界征服部】と【正義の味方部】だ。彼らは互いに相手を見やると、【世界征服部】は武器を手に、【正義の味方部】は徒手で身構えた。
「さて、いつかの仕切り直しといこうかの?」
「いいだろう、かかってくるがいい」
 【ジャスティスイエロー】の言葉に、ヒュン、と指し棒を振って伸ばした【真紅】が泰然と笑う。
 覚悟、と叫びながら【ジャスティスイエロー】が飛びかかった。高く飛び上がり、遠心力を存分に乗せた回し蹴りを放つ。
 薄く笑むと、【真紅】は一歩横に避けることでその蹴りをかわした。着地と同時に【ジャスティスイエロー】が仕掛けた足払いをひょいと避ける。そこで初めて振り返って【ジャスティスイエロー】に視線を向けると、【真紅】は左から右上に指し棒をふるった。鋭い一撃を腕をクロスさせることによって【ジャスティスイエロー】は耐え凌ぐ。
「ほう、今のを凌ぐかね?」
 うしろに飛びすさって距離を取りながら面白そうに【真紅】がつぶやいた。それに笑みを含んだ声で【ジャスティスイエロー】が答える。
「いかにも。それがしを簡単に倒せるとは思わぬことだの、【真紅】」


「【若苗】! 今度こそお前を倒してみせる!」
「貴様ごときでぼくを倒せるとは思わないがな……。まぁ、やってみるがいい」
 ビシリと指を突き付けて叫ぶ【ジャスティスピンク】を相手に、【若苗】はどこか皮肉気な笑みを浮かべてそう告げた。抜き放ったサーベルを相手に向ける。
「バカにするな!」
 あっさりと挑発に乗った【ジャスティスピンク】が地面を蹴った。乱れ飛ぶ手刀による突きを【若苗】は最小限の動きですべて回避する。攻撃の切れ目を見切り、ひらりとサーベルを一閃させた。
 鋭い斬撃を飛び込み前転の要領で避けると、身軽に起き上がって【ジャスティスピンク】は身構える。裂帛(れっぱく)の気合いと共に一瞬で【若苗】の懐へと飛び込んだ。
 ふたたびの連撃。それをどこか楽しげに【若苗】は避けていく。


「なるほど、僕の相手はきみということですか」
 己の前に立ちはだかる【ジャスティスグリーン】を見やると【青藍】はかすかに笑みを浮かべた。腰の剣を抜き放ち、構える。
「いいでしょう。先日の借り、ここで返させていただきます」
 言うや否や【青藍】は駆け出した。鋭い斬撃を【ジャスティスグリーン】は身をひねってどうにかかわした。続けざまに振るわれる剣に防戦一方の【ジャスティスグリーン】を見やり、【青藍】があざけるように笑う。
「避けるばかりですか?」
 皮肉気なつぶやきに【ジャスティスグリーン】が動きを止めた。振り下ろされる剣を両手で挟むようにして受け止める。
「バカにするなよ……オレだって、オレだって……正義の味方だ!」
「正義、ね……。そんなもの、見方次第で変わるあやふやなものですよ」
「違う! 正義は揺るがない! だからお前たちになんて絶対負けない!」
 掴まれた剣を挟み、彼らは真っ向から睨み合った。


「きみが【杜若】くんだね?」
 やわらかな少年の声にそう問いかけられ、望美は顔を上げた。目の前に立つのは赤いヒーロースーツに身を包んだ人影。
「たしかに【杜若】は自分です」
 そちらに向き直ってうなずくと、彼もまたうなずいた。己の胸に手を当て、
「僕は【ジャスティスレッド】、【正義の味方部】のリーダーだ」
「ええ、お名前は存じております」
 ご丁寧にありがとうございます、と答えて望美は頭を下げる。
「それでわたしに何かご用でしょうか?」
 首を傾げてそう問いかけた望美に、【ジャスティスレッド】はうん、とうなずいた。
「一手お相手願おうかと思ってね」
 そう言って彼は身構えた。戦闘態勢に移行しながら、それでも彼がまとう気配はどこかやわらかだ。ふっと笑みを浮かべ、望美もまたピコハンを構えた。
「了解しました。【杜若】、全力でお相手いたします」
 そう答えて相手をまっすぐに見やる。ヘルメットに隠されて見えないはずだが、相手がかすかに笑ったような気がした。
 二人は束の間見つめ合い、やがてどちらからともなく地面を蹴った。


「残るは俺らってわけみたいだなぁ? 【ジャスティスブルー】」
 【山吹】の言葉に【ジャスティスブルー】がうなずきで答える。
「いいぜ? 待っててやるから、スケッチブック(それ)誰かに預けて来いよ」
 どこか楽しげに言うと、【山吹】は【ジャスティスブルー】の手の中のスケッチブックを指さした。いいのか、と問うように首を傾げて【山吹】を見やったあと、【ジャスティスブルー】は身をひるがえして応援席へと駆け寄って手近な生徒にスケッチブックを預けた。戻ってくると、礼を告げるようにぺこりと頭を下げる。
「さて、いっちょ行くか?」
 【山吹】が上着の中から拳銃を取り出したのを見て、【ジャスティスブルー】もまた身構える。
 くるりと手の中の銃を回すと、【山吹】はそれを景気よくぶっ放した。


 グラウンドでそれぞれに繰り広げられる戦闘を階段の上から見つめる人影があった。ゆるく波打つ明るい色の茶髪はやや長く、顔の輪郭を覆っている。黒銀の仮面をつけてはいるが、その顔立ちが整っていることは誰の目から見ても明らかだった。
 純白の詰め襟制服に身を包み、一本の槍を手にした青年はやれやれと言いたげにかぶりを振るとやおら地面を蹴った。自由落下の体勢で宙を舞っていたが、くるりと膝を抱えて丸くなる。そのまま前転しながら階段脇の足場を蹴り、更なる跳躍。
 とん、とん、とジャンプを続けながら、彼はグラウンドへと着地した。
「まったく……情けないね、キミたちは。ボクがいなくなった途端にこのザマかい?」
 ふわりと前髪をかきあげ、呆れたように青年がつぶやく。それに【真紅】が小さく息を呑んだ。
「貴方は……!」
「仕方がないから、このボクがお手本を見せてあげるよ」
 そう告げて青年は一同を見やった。どこか冗談めかした言葉だが、仮面から覗く瞳はひどく冷たい。
「【白亜(はくあ)】推参。さぁ、征服を始めようか」
 言うや否や、青年――【白亜】が地面を蹴った。あっという間に距離を詰め、手にした槍で【ジャスティスブルー】を打ち据える。
「まずは一人」
 歌うようにささやいて、彼はくるりと旋回した。【青藍】と鍔迫り合いを行っている【ジャスティスグリーン】に近づくと、槍を返して石突をみぞおちに突き入れる。
「これで二人」
 うめいてくずおれる【ジャスティスグリーン】には目もくれずに【白亜】は駆ける。目指す先は【杜若】と一戦交える【ジャスティスレッド】だ。飛び上がり、まるで舞うような動きで槍を叩きつける。槍の穂先が【ジャスティスレッド】を捉える刹那――。

「――させない!」

 強い決意を秘めたソプラノボイスがグラウンドに響いた。キィン、と金属同士がぶつかる高い音がそれに続く。
 【白亜】の槍を防いだのは長柄の鎌であった。それを手にしているのは一人の娘だ。身を包むのはセーラー服をアレンジしたかのような雪白(せっぱく)のバトルスーツと膝まで届くブーツ。膝上何センチかと問いたくなるようなスカートはふわりと広がり、腰のうしろの大きなリボンと共に揺れていた。大ぶりなカチューシャで前髪を留め、首の両脇で二つに結わえられた黒髪はくるりとカールしている。
「【マジカルホワイト】参上! あたしがいる限りあなたの好きにはさせないわ、【白亜】!」
 高らかに叫んだ娘に、【白亜】は薄く笑みを刻んだ。
「やっぱり来たね、【マジカルホワイト】」
 【マジカルホワイト】を見つめてささやく【白亜】の瞳はどこか熱を帯びている。対する【マジカルホワイト】もまた強い眼差しで【白亜】を見据える。
「あなたはあたしが止めてみせる、【白亜】!」
 叫ぶと同時に、【マジカルホワイト】は鎌を跳ね上げるようにして槍を弾いた。そのまま振り下ろしざまに薙ぐ。
 風を切って迫り来る鎌の一撃を【白亜】は槍の柄で受け止めた。高く音を立てて噛み合った武器を挟み、【マジカルホワイト】が叫んだ。
「あなたたちが戦う理由をあたしは知っている! ねぇ、どうして? 戦わない方法を……対話の道を、どうしてあなたたちは選ばなかったの!?」
 悲鳴じみたその叫びに、【白亜】の笑みにほんのわずかな悲哀が混じる。
「じゃあ聞くけど、キミはボクらが対話の道を選んでいたら話を聞いてくれた? この星に住まわせてくださいって言ったら、受け入れてくれた?」
「それは……!」
「ムリだろう? わかっているハズだよ、キミにも。ボクたちは戦うしかないんだってね」
「それでも、あたしは……ッ!」
 悲痛な声を振り切るように【白亜】が武器を払った。諸共に吹き飛ばされる【マジカルホワイト】を冷たい眼差しで見下ろして告げる。
「甘いね、キミは。でも、そんなキミがボクはキライじゃないよ」
 だから、と【白亜】はうっそりとほほえんだ。
「ボクの手で、終わらせてあげる」
 甘くささやいて彼は槍を振り上げた。ゆっくりと、槍の穂先が【マジカルホワイト】を照準する。
 愕然とした表情でそれを見上げていた【マジカルホワイト】だったが、きつくくちびるをかみしめると立ち上がった。こちらもまた武器を構える。
 雄叫びを上げながら両者が激突する。
 からん、と音を立てて地面に転がったのは【白亜】の槍だ。
「……そうだ、それでいい。キミは正義の味方なんだから」
 薄くほほえみを浮かべ、ささやいた【白亜】が崩れ落ちる。その声が届いたのだろう、一瞬だけ目を瞠り、【マジカルホワイト】は鎌を握る手に力を込めた。
「……平和は、あたしが守る」
 つぶやくように勝利宣言をすると、【マジカルホワイト】は生徒らに背を向けて【白亜】へと近寄った。倒れ伏す彼を抱き上げ、ついでに落ちていた武器も回収すると、ゆっくりと階段を上り始める。やがてその背中は完全に見えなくなった。
「仕方あるまい、この借りはいずれ返すぞ、【正義の味方部】!」
 事の成り行きを見守っていた【真紅】がそう叫び、撤収を促して階段を駆け上がる。それをほかの部員たちと戦闘員が追いかけた。
「この学園は我らが守ってみせる!」
 彼らが見えなくなると、【ジャスティスレッド】がそう宣言してポーズを決めた。彼を先頭に【正義の味方部】も階段を駆け上がる。
「【正義の味方部】の勝利です! 体育祭は……いえ、学園の平和は彼らの手によって守られたのです!」
 そうリポーターが叫ぶと、【特殊報道部】もまた階段の上へと撤収する。
 残された生徒たちは各々話し合いながら、昼食をとるために校舎へと向かって歩き出したのであった。
作者:宵月