少年探偵団 4

軽くドアをノックすると、広瀬が笑顔で待ってたわよと出迎えてくれる。
「こっちこっち。ちょっと散らかってるけど、気にしないでね」
広瀬はそう言うと、直人に奥のソファへ座るように指示をした。
ソファに腰掛けると、まるでリビングのように正面に液晶ディスプレイが見える。
「じゃあ、始めるわよ」
そう言って広瀬はソファの前に置かれたキーボードを操作した。
正面の液晶ディスプレイはどうやらテレビではなくパソコンのモニターのようだ。
広瀬が簡単にキーボードとマウスを操作すると、ムービー再生ソフトが起動される。
ディスプレイに表示されたのは、何故か【コンクエスト】の映像であった。
直人の記憶が正しければ、恐らくコレは初代の映像のはずだ。
その記憶に相違はなかったようで、画面の中の映像は初代【世界征服部】の幹部である【杜若(かきつばた)】がどこかの教室に入ってくるところから始まっている。
【杜若】は既に戦闘員によって整えられた教室をくるりと見渡すとふっと笑みを浮かべた。
仮面越しでも分かる文句のつけようのない美少女の微笑みだ。
「それでは、征服を始めさせてもらいましょう」
涼やかで凛とした少女の声が響き渡る。
声を張り上げているわけではないはずなのに、透き通った声はとてもよく通った。
歴代の【コンクエスト】関係者の中でもっともファン獲得数が多いと言われているのは伊達ではない。
人を魅了してやまない可憐な見た目に、直人も最初に初代のDVDを見た時は思わず見惚れたくらいである。
【コンクエスト】開始から10年が経過した今ですら隠れファンは後を絶たないという絶大な支持を誇る、通称伝説の初代。
10年の歴史の中で、唯一学校中を征服出来ると言わしめた存在なのだ。
その【杜若】による征服の宣言がなされると同時に【特殊報道部】による出動判定のカウントダウンが開始された。
今も昔も変わらない【コンクエスト】の決まった流れだ。
「征服などさせてたまるかっ」
威勢のいい声と共に、赤い戦闘スーツに身を包んだ人物が教室のドアを思い切り開け放って入ってくる。
「あら、また負けに来たんですか?」
冷やかでもなければ傲慢でもなく、柔らかい口調に僅かな嘲りを含んだ口調で【杜若】が言った。
声音も表情も可愛らしいのに、同時に氷の冷たさを感じさせるから不思議である。
「正義は必ず勝つ!このオレ、【ジャスティスレッド】がいる限り、お前ら【世界征服部】の思う通りになんてさせないぞっ!覚悟してもらおうかっ!」
ビシっと指を突き付け、初代の【ジャスティスレッド】が啖呵を切った。
本物のテレビのヒーローのようにポーズの1つ1つが大きく、かっこいいと思わせるだけの貫禄を持っている。
「貴方も懲りない人ですね。私が…この【杜若】が今度こそ貴方を永遠に葬ってあげましょう」
【杜若】が悠然と微笑んで片手を口元へと添えた。
今にも飛びかかりそうな勢いの【ジャスティスレッド】に対し、余裕の構えである。
次の瞬間、【ジャスティスレッド】が矢のような速さで【杜若】に襲い掛かった。
辛うじて目で追える程度の速さで首筋を狙った突き、上段回し蹴り、再び突きと流れるように繰り出される攻撃を、【杜若】は長い髪をなびかせながら軽やかに躱していく。
実際に戦闘を体験している直人から見ても、2人とも恐ろしいレベルの実力である。
【正義の味方部】に籍を置く直人は、映像の中の初代【ジャスティスレッド】がどれほどの実力者なのかを聞かされていた。
格闘技の有段者で当時の彼を力ずくで止められるのは同じ格闘技の有段者である初代【ジャスティスブラック】か時任先生、もしくはもうこの学園にはいないが高宮先生という教師だけだと言われた程なのだ。
そんな実力者の攻撃を難なく躱している【杜若】は、驚くことに軽く笑みを浮かべたままなのである。
覚悟!と声を上げながら突進していった【ジャスティスレッド】が、ふわりと空中を舞った。
そのまま思い切り床に叩きつけられる音が響いた時、【特殊報道部】によって勝者が声高に宣言される。
喧嘩ならば負け知らずと言われたらしい初代の【ジャスティスレッド 】に勝っただけでも驚きの【杜若】だが、更に驚くべきは彼女が1歩も動いていないということだろう。
攻撃を躱すために身を引いたりステップを踏んだりすることはあっても、最初に立っていた場所から全く動いていないのである。
うっかりそこまで映像に見入ってから、直人は広瀬を振り仰いだ。
「…広瀬先生殿、それがしはこの戦いを見たことがあるのだが」
そもそも【正義の味方部】の強化スーツを作成しているのは広瀬である。
広瀬は当然のように直人が現在の【正義の味方部】の一員であることを知っているはずだ。
「資料として、歴代の【コンクエスト】はすべて見ているのだが…」
一体この映像が何だと言うのだろうか。
直人は広瀬の意図がわからず、首を捻った。
「あら?ちゃんと知ってたの?」
広瀬は直人の指摘に何故か不思議そうに首を傾げる。
「知っているも何も、歴代の先輩方の戦闘を見て学ぶことも活動の一環であるが…?」
衣装提供をするほど深く【コンクエスト】に関わっている教師が、何故知らないのか。
むしろ広瀬がこの映像をわざわざ再生したことが不思議で仕方がないと直人は映像と広瀬を見比べた。
「あらあら?てっきり知らないから疑問だったんだと思ったんだけど」
おかしいわねぇ、だったら何がそんなに不思議なのかしら。
広瀬は可愛らしい仕草で首を傾げると未だ再生中だった映像を止める。
「広瀬先生殿、それがしが昼間お尋ねしたのは、忍足先生殿が何故強化スーツで戦闘を繰り広げているところに介入など出来たのかという点なのであるが…」
別に【コンクエスト】の流れや歴史は実際にやっているのだから今更教わるまでもない。
一体どういうことなのかと直人は再び同じ問を口にした。
今の映像の一体何が関係あるのだろうか、とその顔には大きく書いてある。
「…念のために聞くわね?瑞貴くんがこの【コンクエスト】に関わってたって、もしかして知らないの?」
「生徒会として、運営に関わっていたということだろうか」
まさかね、と言いたげな様子で訊いてきた広瀬に、直人は首を傾げた。
初代の頃はまだ現行のルールが完全に設定される前だったので、生徒会が主催してルールの制定などに奔走したという話を聞いたような聞かないようなという曖昧な記憶しかない。
そもそも10年も前の事情を現行部員が詳細に知っていると思われている方が疑問だ。
「…ねぇ、今の映像を見て、何か思う事はない?」
広瀬は何故か笑顔を浮かべ、質問の内容を変えた。
「実際に【コンクエスト】に携わる者として、先ほどの戦闘のレベルの高さには目を瞠るものがあると思うが…」
むしろ自分たちの世代では到底追いつけないレベルの、高度すぎる戦闘だと思う。
強化スーツの補正を考慮したところで、完全に次元の違うレベルだと理解出来る。
それをやっている片方が文句なしの美少女であるというのがますます驚きなのだが、そこはたぶん質問の意図に関係ないので言葉にはしない。
直人は正直に見たままの感想を口にした。
「だったら、別に何も不思議なコトないじゃないの」
面白がるような口調で広瀬はそう言うと、再びパソコンを操作する。
面白いもの見せてあげるわ、と言って広瀬が何やらファイルをクリックすると、画面に静止画が表示された。
「…な…」
表示された静止画を目にした直人は、信じられないものを見たと目を大きく見開く。
見間違いではないかと何度も目を閉じたり、目を擦ったりもしたが、どうやら見間違いではないようだ。
そこには、初代【コンクエスト】関係者、つまり最初の年度の【正義の味方部】と【世界征服部】の変身前と変身後を一覧にしたものが表示されていた。
【正義の味方部】の使用前使用後は【正義の味方部】の資料の中で見ていて知っていたものの、【世界征服部】については全くの初見である。
強いて使用後、ようするに変身後だけは戦闘シーンの検証のために見ていたので知ってはいたが、変身前を見るのは本当に初めてのことだ。
「…やっぱり、知らなかったのねぇ」
直人の反応に納得したのか、広瀬は軽く笑って静止画のファイルを閉じた。
「あんまり吹聴するものじゃないから、もしかすると、と思ったのよねぇ」
あまりの衝撃に固まった直人を見て、広瀬は満足そうな笑顔を浮かべる。
その表情はまるで悪戯を成功させた子供のようだが、生憎直人にはそれにツッコミを入れられるほど精神的余裕はなかった。
見せられた静止画は、直人にとってそれほど衝撃的なものだったのだ。
ハンマーで殴られたくらいの衝撃と言っても過言ではないだろう。
「…嘘であろう…」
だって、どう見たって【杜若】は少女だったではないか。
声も仕草も話し方も、どれをとっても完璧に可憐な美少女ではないか。
確かに戦闘力は驚くがそこはもう性別を超越して驚くレベルなのでこの際考慮しないとしてもそれを差し置いて余りある驚きがあった。
「これでちゃんと納得出来たかしらね」
そりゃ介入出来るわよ、瑞貴くんだもん。
広瀬はあっさりとそう告げて話は終わりとばかりにパソコンのキーボードを横に避けた。
「まさかあの御仁が伝説の初代とは…」
いやもう、何に驚けばいいのやら。
身体能力の高さに驚けばいいのか、当時の美少女ぶりに驚けばいいのか、はたまた他のことに驚けばいいのか。
あまりの衝撃から立ち直り切れないまま、直人は挨拶もそこそこに科学準備室を後にした。
ひらひらと手を振って見送ってくれる広瀬には申し訳ないが、いっそコレが夢であってほしいという心境である。
「おや?どうしました?」
どこをどう歩いたのか、気付けば直人は中庭へとやってきていた。
中庭の植え込みの手入れをしていた理事長の小笠原哲蔵が直人に気付いて声をかける。
「…ええと…」
衝撃が大きすぎて、どう言葉にすればいいのか分からない直人は視線を宙に彷徨わせた。
「何かお困りですか?」
穏やかな表情で、如雨露を片手に小笠原がのんびりと問いかける。
「…いや、あの…忍足先生殿が…」
あまりにも規格外でとはさすがに声には出さないが、心境としてはそんな感じだった。
「瑞貴くんがどうかしましたか?」
「いやもう、色々と…。何か色々間違ってはおらぬか、と…」
例えばあんなに身体能力抜群なのに体育の授業は受けたことがないだとか。
しかもそれはドクターストップという、はっきり言ってあり得無さそうな事情である。
そう言えば、その許可を出したのは理事長であったか、と直人は素直にその疑問を口にした。
「あぁその事情ですか。そうですねぇ…三郷キャンパスの高宮教授に聞いてごらんなさい」
確かに許可したのは私ですと頷いた後、小笠原は何故か大学部の教授の名前を出して笑顔を浮かべる。
「大学部…それも三郷キャンパスですか」
直人は告げられた内容に、決断を渋るように眉を顰めた。
同じ敷地内の大学部ならともかく同じ学園ではあっても別の場所にあるキャンパスというのは少し気が引ける。
「そこへ行けば、今あなたが疑問に思っている内容が恐らくすべて解決すると思いますよ」
小笠原は深い笑みでそう太鼓判を押した。
その言葉に直人は驚いたように顔を上げる。
言葉にしていない部分まで見透かされたような気がして、何とも言えない不思議な気持ちになった。
「…高宮教授殿という御仁を訪ねればよいのだな」
その言葉に小笠原が深く頷くのを確認すると、直人はくるりと踵を返す。
向かう先は、生徒会室だ。
恐らくそこにいる恭二を捕まえるためである。
途中まで一緒に調べた情報だ。
たぶん恭二も色々と不可解だと思っているはずだ、と直人はぐっと拳を握った。
製作者:月森彩葉