異世界召喚されずに乙女ゲーに組み込まれたようです 10

―――夢。
夢を見ている。
ああ、この光景は初めて見る光景だと、瞬時に理解出来る、幼い頃の夢。
何時もの切り取られたような小さな公園に響いているのは幼い自分が唄う、手毬歌。
確かにこの旋律は知っている歌だが、歌った記憶は無い。だから、これは初めて思い出す幼い頃の光景なのだ。

一番はじめは一の宮、
二は日光東照宮、
三は讃岐の金比羅さん、
四はまた信濃の善光寺、
五つ出雲の大社、
六つ村々鎮守様、
七つ奈良の南円堂、
八つ八幡の八幡宮、
九つ高野の弘法さん、
十で処の氏神様。

手毬歌なのに毬をつくのではなく、大きな玉のようなモノをコロコロと転がしている。
転がっているのは、身体を巻き込んで丸くなっているアルマジロで、どうしてこのような状況になったのかは当然思い出せないが、幼い自分は心底楽しそうにコロコロとその生物を転がしていた。
「手前…本当にそいつ転がすの好きだな…」
すぐ傍で呆れたように幼い自分を見下ろしているのは、眼鏡を掛けた黒髪に深い緑目の青年だ。落ち着いた優しい空気と、僅かな粗暴さを同居させた不思議な青年で、見た目の年齢は大学生か成り立て社会人くらいだった。しかし、彼を包む空気というか雰囲気は、もっと年嵩の、成熟というより老成した雰囲気で、光の加減で少しばかり大きさを変える瞳孔は猫のソレと酷似している。
「おにいちゃんはおこる?コロコロはコロコロしてイイって言ったのに」
頬を膨らませ、傍らの青年を見上げる幼い自分は、この青年の事を欠片も警戒していない。『お兄ちゃん』と呼称している点からもそれは明らかで、要するに懐いているのだ。
何時ものように幼い頃の記憶を、夢として俯瞰的(ふかんてき)に見つめながら、見覚えのある青年の姿にやっぱりと確信する。
幼い自分がお兄ちゃんと呼び慕う青年こそ、帝都観光が保有する人外のうち、知る限り最年長の黒猫と同一人物だ。幼い頃は名前など知らず、名前を知らない事に疑問も覚えず、そして人の姿と猫の姿を行き来するという事すら自然と受け入れていた存在。帝都観光に連れていかれた時に感じた違和感は、単なるオプションの眼鏡の有無だけだろう。それから、幼い頃に見上げた姿と欠片も変わっていないからこそ、逆に違和感を覚えたのかもしれない。
「オレは転がされるのスキだけどー?ソレとも宅急便は可愛いさっちゃんと遊べなくて拗ねてるー?」
コロコロと転がっている生物は、転がっているというのに器用に声を紡ぎ出す。楽しそうな声音には転がされている事を楽しんでいるのが窺える親しみだけが込められていた。不満など欠片もないような、心底その状況を楽しんでいるような声音に、眼鏡姿の『お兄ちゃん』が渋面を作ったのが見える。
此奴(こいつ)が野生生物転がすような変な奴に育ったら問題だろうが。あと俺は宅急便じゃねえ」
地面をコロコロと転がるアルマジロに視線を落とし、黒は小さく溜息を零す。幼い頃に自分は慕っていた相手からそんな危惧(きぐ)をされていたのかと少しだけ笑みが零れた。ケモナーを自称出来る程度にふわふわした生物が好きで、爬虫類などに対する嫌悪がないのは、幼い頃の経験の賜物なのだろう。流石に出逢って直ぐの野生生物を転がしたりはしないと否定しようとして、相手に拒絶されなければするかも知れないとうっかり思ってしまった。とにかく高校に入学した辺りから頻繁に見るようになった幼い頃の夢のお蔭で、自分のふわもこ生物好きは幼い頃の経験の結果に違いないという境地になっていた。
「えー?でも迷子になったさっちゃん、よく探してあげてるじゃんー!宅急便だよねー?黒猫だし」
コロコロと転がったまま、それでも流暢に話すアルマジロは心底楽しそうだ。手毬歌を口ずさむ幼女にコロコロと左右に転がされているというのに、気にしていないというか受け入れているというか、とにかく器の大きなアルマジロなのだろう。さりげなく黒猫の黒を宅急便呼ばわりしているが、知る限り黒猫の黒先生は彼ら帝都観光所属の人外生物の中で最年長、つまり長兄のはずである。自分の兄を宅急便と呼称するとは、何ともイイ性格のアルマジロだ。
そんな事を考えながら意識して思い出せる記憶に残っていない光景を眺めていたが、ふと視界にはらりと降った黄金色の葉に意識を奪われた。くるくると舞うように降り注ぐ、黄金色の銀杏(イチョウ)の葉。小さなつむじ風が黒のすぐ近くで起こり、銀杏(イチョウ)の葉が小さな竜巻に飲み込まれるように集まって行った。
ほんの一呼吸の間に、その中心に現れたのは首元に赤い組紐で鈴を揺らす美しい金色の毛並。9本の尻尾を持つ、美しい狐だった。
「…にーさんが言うから、コレ持ってきたケド」
九尾はそう言うと、器用に何処からか柘植(つげ)(くし)を取り出し、黒に差し出す。
「あぶらあげっ!」
その直後、コロコロとアルマジロを転がしていた幼い自分は、いきなり現れた九尾に盛大の飛びついた。首元目掛けて、押し倒す勢いで飛びかかってくる幼女に、九尾は驚いたらしくピンと優美な尻尾が真っ直ぐに伸びる。
「わっ!ちょ、アブナ…っ!?」
狐の姿では流石に受け止めきれずに一緒に地面を転がりかねないと悟ったのか、幼い自分を抱き止めたのは、褐色の肌に金色の髪をした青年の姿だった。頭には狐姿の名残のような耳がぴょこんと飛び出ており、腰からは9本の優美な尻尾が生えている、半妖とでも呼ぶべき姿だ。飛び込んでくる幼い躰をしっかりと抱えると、半妖の青年はそのまま地面に座り込んで視線を幼女に合せるように顔を覗き込む。
「イキナリはアブナイからダメだってば。オレ、前にも言ったじゃん」
慈しむように撫でながら、青年は幼い子供に言い聞かせるように言った。金色の飴玉のような瞳は優しい色を湛えており、幼い自分はこの青年に本当に可愛がられていたのだと、無条件に信じられるような本当に大切そうな表情に、何故だか胸が締め付けられる気がする。
「あぶらあげっ!ふかふか!もふもふ!」
幼いながらにそれなりの語彙力を持っていたはずだが、その時の自分が余程の興奮状態にあったのかキラキラとした瞳で青年を見上げながら、反省の素振りも見せずにぴょこぴょこ動くふかふかの耳に手を伸ばしていた。
「チョット…。少しは反省してよ…もう」
言葉ではそう言いながらも、触れやすいように頭を少し下げた青年は、見知った誰かに似ている。キラキラと太陽の光を弾いて煌めく金色の髪、異国情緒溢れる褐色の肌、舐めたら甘いんじゃないかと思わせる蜂蜜色の瞳。つい最近、自分は同じ色彩を持つ存在と話をしたはずだ。
そこまで考えて、違和感を通り越した違和感を覚える。確かにこの色彩は知っているのだ。寧ろこの青年から耳と尻尾を取り除けば酷似どころではなく本人だと言えるくらいにそっくりな色彩。透明感のある声まで、本当に本人じゃないかと思うくらい、似ていた。
しかし、その色彩の持ち主は、九尾の狐ではない。
認識が間違っていなければ、その存在は九尾ではなく、温泉がとても似合うカピバラの姿をしている。
おかしい。こんな独特の色彩の、整いすぎている程整った芸術品のような外見が2つも世に存在するとは考え辛い。日本に古来より()んでいる自称良い妖怪である彼のカピバラは、この九尾が転じた青年と酷似した人間の姿に転じる。それこそ、同一人物ではないだろうかというレベルに酷似した姿だ。仮説として考えるならば、九尾が本性、仮の姿がカピバラ、根拠は日本に古来から生息しているという言葉で、カピバラは名前がカタカナ表記の時点で察せる通り外来種だからだ。
もっとも、その仮説が正しいと言い切れないのは、夢の世界で幼い自分がコロコロと転がしていたのはアルマジロだったりするからだ。アルマジロだって外来種である。彼らの言う古来がここ数十年程度という規模とも思えないので、アルマジロが本来の姿ではないと実証出来ない限り、カピバラの奏多イコール九尾の青年という図式は成り立たないのだが。
そんな事を考えながら幼い自分を眺めていれば、黒が柘植(つげ)(くし)で髪を梳いているのが見える。優しい手つきと自然な所作で、幼子の髪を綺麗に結い上げていく。肩口で揺れる髪を掬って纏め、橙の玉が揺れる飾りを乗せた。
黒がそうしている間も、幼い自分は飽きもせずふかふかした耳や尻尾に触れている。
座り込んでいる半妖の青年と、その腕に抱かれる幼い子供。その子供の背後には膝をついて髪を結い上げる黒い青年がいて、その傍らには背に飾りやら何やらを乗せてアルマジロが大人しくしていた。人語を解すだけでなく対話も可能なこのアルマジロも、彼ら同様に自称良い妖怪の仲間のはずだ。人の姿に転じる事も当然可能だろうが、今はその必要を感じなかっただけかもしれない。
チリン…と半妖姿の青年の首元に赤い組紐で留められた鈴が、小さく鳴った音が耳朶(じだ)を打った。
何時も、夢の終わりに脳に直接響くようになる、終わりと告げる音に、遠ざかって行くのか覚醒していくのか明確に言い表す事の出来ない不思議な感覚の意識を手放していく。

3連休を控えた金曜日、志貴ヶ丘学園は丸一日が球技大会に充てられている。何故か男子はグラウンドに無理やり特設されたストリートバスケさながらなバスケットコートを走り回り、女子は体育館でバスケットボールに興じるという球技大会だ。因みに去年までは球技大会イコールバレーボールで統一されていたのだが、今期の生徒会がバレーボールばかりだと飽きるのではないかと一石を投じた事により、何故か今年はバスケットボールに決定したというよくわからない経緯だったりする。
体育館の壁にボールが当たる音バシっという音に、唯音はハッと我に返った。白昼夢から醒めるようにして、現在の状況を思い出す。
今は高校に居て、今日は球技大会で、今は自分の所属しているクラスのチームの試合ではないのでぼんやりしていて、そして自分はチームの補欠で…と思い出していくうちに、先程の夢が本当に僅かな時間だったのだと知れた。
試合終了を告げる笛の音が響き、次は自分のクラスのチームがコートに立つと知れ、唯音は座り込んでいた場所から立ち上がる。
「あ、イオちゃん。次、補欠だけど1回入ってねー!」
クラスで比較的仲良くしている女子が唯音にそう声を掛けた。
「ふぇ…?ここでまさかのスタメン入り…?」
何故という疑問を込めて声の主を見れば、あくまで学校行事である為、チームは全員参加がルールと説明される。補欠とはいえ、1試合にも出ないまま終了は許されないらしい。
ジャージの裾を直すと、唯音はクラスメイトに促されるままにコートに立つ。ルールはしっかり把握しているが、体育の授業のサボリ具合から考えて唯音がアテにされるコトはなさそうだと高を括ってコートの大して邪魔になら無さそうな場所に移動する。
試合開始の笛が鳴り、コート内を忙しなくボールが行き来する中、唯音は誰の妨げにもならないように器用に立ち回り、そしてボールが飛んでこないような場所へ場所へとこっそり移動した。
「イオちゃんっ!」
試合終了間際、クラスメイトが唯音を呼んだかと思えば、パスが回される。唯音が居たのは中央より自分たちのゴールポスト側で、現在相手ゴール付近までボールを進めた状態だからか、これまで試合にほぼ参加していなかったからかノーマークだった。
「わっ」
飛んできたボールを受け止めながら、唯音はさてどうしようと考える。試合時間は残り30秒程で、自分が居るのは自陣側。ドリブルで抜けないように、有力なメンバーをマークしながらも相手チームは唯音を警戒するように立ちはだかっている状態だ。点差は相手が2点リードしているという局面で、当然クラスメイトたちの表情は勝ちたいという意志で必死だった。
「えぇー…」
この状況でボールを回されると思ってもみなかった唯音は、内心で面倒だと呻きながらも、形だけでも期待に応えようと腹を括る。この距離なら、本当は確実にシュートを入れられるのだが、当然クラスメイトたちはそんな事を知らない。せめてノーマークな唯音に一矢報いるチャンスを作って欲しいと繋いだに過ぎないだろう。唯音は逡巡の後、ゆっくりとボールを構えた。この場所からシュートを打って入れば3ポイント、つまり逆転で、恐らくそのままゲームセットだ。
無謀だが起死回生を狙おうとする唯音の様子を、誰もが固唾を飲んで見守った。
絶対外す事は無いと知っているのは、唯音だけ。
だから、入れと念じる者、落ちろと念じる者、行方を見守る者、それぞれが期待と不安を(にじ)ませる様子で成り行きを見守っている。
殊更(ことさら)ゆっくりと放たれたボールは、綺麗な弧を描いてふわりと舞う。
そのまま、緩やかにゴールのリングに吸い込まれて行く。
奇しくも前日、亮と実里と3人でやった1on1で、唯音が何度か試みた3ポイントシュート、見た目よりも運動能力の高い唯音は、実はこの程度なら難なく決める距離だ。
「イオちゃんっ!!」
歓声と共に、唯音にクラスメイトが群がってくる。まだ決勝でも何でもないのだが、まるで手本のように綺麗なシュートは見せ場として全部持って行ったような、美味しいと言われるシチュエーションだった。駆け寄った直後、試合終了の笛が響く。時間を見計らって放ったシュートは、相手に反撃の余地を与えなかった。
まるでマンガやアニメの世界のような芸当をこなした唯音は、あくまでまぐれだ、偶然だと言い張ってその場を無理やり誤魔化すと、そそくさとコートから出てしまう。
「決めたら美味しいかなって思ったら決まっただけだよぅ」
唯音は何度も何度もそう言って、球技は得意じゃないと次の試合を固辞した。思ったよりも注目されてしまったのだと今更ながら気付いた唯音だったが、唯音からすればこの程度は出来て当然の芸当だったので逆に不思議で仕方がない。シェアハウスに帰れば、住人全員この程度は余裕なのだ。平均から見てスペックの高い集団が揃っているシェアハウスである事は理解しているが、ここまで手放しで絶賛されるような技術だとは思っていなかった。
思いの外目立ってしまった事に困惑しつつも、自主的にサボって壁の花となった唯音の側に、気配を消すようにして近づいてくる人影がチラリと視界の端に映る。居てはいけないとは言わないが、男子はグラウンドで試合ではなかっただろうかと、近づいてくる小太郎に気付きながらも気付かないフリを通しつつ唯音は考えた。
「昨日休んだくせに元気ですね」
休んだ理由も知っているはずの小太郎は、しれっと何も知りませんという何時もの無表情を貫いて声を掛ける。ごく自然に壁に並び立ち、視線はコート内で繰り広げられている試合に向けた。
「ホントは今日も休もうかと思ったんだよぅ。でも、球技大会に出るか出ないかで体育の成績に響くって言われたしねぇ」
小太郎に倣い、視線はコートに向けながら、唯音はくすりと笑う。
「それで、本当に受け入れるんですか?どうしても嫌なら、断っても構わなかったんですが。本気で嫌がれば奏多をどうにかして解除して貰えますよ」
視線はコートに向けたまま、小太郎は淡々とそう言った。感情の窺えない口調も無表情もいつもと変わらず、本心が何処にあるのか読ませない態度だ。
「タワシちゃん?カピバラと温泉に入るのがささやかな夢だから、このままでイイよぅ、私。それに、ちゃんと勉強してきたからぁ」
どうにかしてという言葉の裏を正確に読み取って、唯音はあっさりと否定した。この際、カピバラが好きか嫌いか、奏多自身を好きか嫌いかは棚上げで考えて、否という言葉の重みをこっそり噛みしめる。本人の申告によれば、そう残っていないらしい寿命ではあるが、それでも唯音は可能な限り生かしたいと勝手に思っていた。何も出来ずに目の前で散って逝くのを見るくらいなら、血でも生気でもくれてやるというのが偽らざる本心だ。その為になら、多少の犠牲は(いと)わないつもりだった。
「………そうですか。…はい…?勉強、ですか?」
ふっと小さく笑みを浮かべ、小太郎は感情を覗かせない彼には珍しく安堵したような声でポツリと言った後、何やら引っかかる単語を聞き返しながら視線を唯音に向ける。普通に考えて帝都観光でやっている所謂(いわゆる)人外、闇との戦いなんて、一朝一夕で学べる代物でもなければ、そもそもそんな資料は出回っていない。そんな資料が仮に存在するとすれば、それは帝都観光が『公安』と呼んでいるそれ専門のお役所くらいのものだ。
「うん、お勉強だよぉ。あのね、エクソシスト系マンガとか。今は、青の祓…」
「ちょっと待ってください。それは勉強とは言いません」
視線を向けられた唯音は楽しそうな表情で得意げに有名なマンガのタイトルを口にしたが、全てを言い切る前に小太郎が淡々と待ったをかける。他にもあるよと唯音がタイトルを口にしたのは、何れも有名な少年漫画や少女漫画などの人外と戦う有名な作品ばかりだった。
「唯音さん、真面目に言ってる訳じゃありませんよね。俺でも流石にツッコミます」
キッパリとした口調で、小太郎は楽しそうな表情の唯音を前に、わざとらしく溜息を零して見せる。
「えぇ、お茶目な冗談なのにぃ。…あれ、呼び方、変えたんだぁ」
可笑しそうにくすくす笑いながらも、唯音はふとある事に気付いて目をぱちりと瞬かせた。ずっと苗字で呼ばれていたはずの小太郎から、唯音と名前で呼ばれたことに僅かに驚きを見せる。
「俺もお目付け役なんで、忘れて貰っては困るという意志表示です」
以前よりも仲良くなったのだと、行動を共にする事が増えた時に周囲から見た時の違和感を軽減するための措置だと、小太郎は遠回しに告げた。そんな遠回しかつ解りづらい言い方であっても、何故か唯音には通じる気がしたのだ。
「…成程。それで、こたぬきちゃんの方の試合は?」
あっさりと納得したらしい唯音は、仕返しとばかりに小太郎をそう呼んで、話題を当たり障りのない日常の物へと切り替えた。クラスの男子の試合はどうなったのかと、今の唯音にとっては至極どうでも良い内容だ。
「俺の名前は小太郎です。学校ではそれ止めてください。俺は補欠なので1試合出たら解放して貰えました。たぶんまだ勝ち残ってるんじゃないですか?」
小太郎の方も、クラスのチームの試合に関しては割と興味がないらしく、適当に合わせただけという形で返す。形ばかりは呼び方を正しはするものの、やはりその呼ばれ方に嫌悪はないようだった。
「こうなると、球技大会、暇だねぇ」
やっぱりサボれば良かったと零しながら、唯音は邪魔にならない壁際にぺたりと座り込む。別に球技大会で上位入賞したからと言って貰える食券引換券に魅力を感じる訳でもないし、編入してそんなに経過している訳でもないのでクラスへの愛着もない。
たまたま、手近にあったボールを無意識に引き寄せ、コロコロと左右に転がした。
「…一番はじめは一の宮、二は日光東照宮、三は讃岐の金比羅さん…」
意識せずに唯音の声で紡がれるのは、昔の童歌のうちのひとつで手毬歌だ。数え歌とも呼ばれる、順番にご利益のありそうな物を語呂合わせ的に数えていく。いつ誰に教わったのか、何故知っているのか、実は唯音には記憶がない。それでも、考え事をしている時や無心である時は、無意識に丸い物を転がしながら口ずさむ癖があった。
「…いつの生まれですか」
思わず小太郎がそう呟いてしまうくらい、今時の子供は知らないような調べだ。試合の熱気と応援の騒がしさでかき消されてしまう程の小さな数え歌が、体育館に静かに零れ落ちていく。
結局、唯音も小太郎もそのまま球技大会には真面目に参加せず、適当に時間を浪費する形で閉会式を迎えた。運動量的には普段の体育よりも動いていないかもしれない。そんな状態で着替えを終え、唯音はクラスメイトであり部活仲間でもある小太郎と連れだって教室を出て、そのまま昇降口へ向かった。そこには、同じく部活仲間で後輩の陽菜と綾香が待っており、このまま簡単なお勉強会の予定だ。お勉強会と言っても、偶発的にいきなり人外の主になってしまった唯音のために、解らない事などを教えてあげようの会なのであって、別に揃ってテスト勉強などに明け暮れる訳ではない。先日のカフェで集まるか、それとも帝都観光の本社ビル1階の珈琲ショップにするかと話しながら正門を目指すと、そこにはやたら目立つ金髪に褐色の肌の青年が、蜂蜜色の瞳だけはサングラスで隠して立っていた。
「……あ!」
とても目立つ金色の青年…もとい奏多は、見知った4人を見つけるなり喜色を(にじ)ませて声をあげる。
「…わざわざこんな場所まで…」
小太郎は他人のフリすら出来なくなった状況に、呆れを(にじ)ませながら小さくそう言ってため息を零す。
「オレだって駅で待ってようと思ってたケド…?」
小太郎を含めた4人の顔見知りに否定的な視線を向けられ、喜色を浮かべていた奏多はしゅんと沈んだような拗ねた表情を浮かべると言い訳のようにそう言った。
「それなら駅で待っていれば良かったのでは…?」
綾香がそれならば何故わざわざ急勾配の坂を登ってまでこんな場所に居るのかと、問うような視線を奏多に向ける。
「ベツに…。早くゆいねに会いたかったとかじゃナイし…。仕事入ったから迎えに来たダケだし…」
不満そうな拗ねた様子を隠しもせずに、奏多はボソボソとそう言った。
「かなさん、どこのツンデレですか…」
思わずといった様子で、陽菜がボソリと呟く。見本のようなツンデレのテンプレを口にした奏多に、つい言わずにはいられなかったようだ。
「仕事、ですか」
それは困りましたねと、どこまでも困った様子を見せずに小太郎は肩を竦める。
「んんー?早く実戦経験積んで場慣れしてねぇ、ってコトかなぁ?ソレじゃタワシちゃん、レッツゴー?」
この状況下にあって、唯音だけは奏多が迎えに来た事にも、いきなり仕事だと告げられた事に対しても、特に気にしている様子は見せない。それどころか、既に日常の図として受け入れてしまっている節があるのか、座学よりもマシと言わんばかりに奏多の隣に歩み寄った。
「…アノネ…。危険なのは理解してるんだよね…?」
傍らに歩み寄った唯音に表情を緩めながらも、奏多は念を押すようにそう告げる。主従の関係になったからといって、不慣れな急造ペアなのだからいきなり完璧に護るとは言い切れないし、既に1度危険な目に遭わせたのだから用心に越したことはないだろう。
「だから早く慣れないとってコトだよねぇ?頑張るねぇ」
「…モウチョット危機感持って…」
仕事の内容も行先も聞かされていないのに、急かすように奏多の手を取る唯音と、やれやれと肩を(すく)(なが)らもまんざらでもない様子の奏多を見て、置いて行かれた形になってしまった小太郎と陽菜と綾香は、誰からともなく視線を合わせると苦笑する。急造ペアの割には、既に充分良いコンビではないか、というのが彼らの率直な感想だった。
製作者:月森彩葉