異世界召喚されずに乙女ゲーに組み込まれたようです 2

―――夢。
夢を見ている。
そこは、一年を通して霧が晴れる事の方が少ない場所だった。
幾つも連なる朱の鳥居に、荘厳(そうごん)な雰囲気の永い年を生きる木々に囲まれた小道は、真っ直ぐと山頂に向けて伸びている。その小道の脇に、小さな影があった。
紅の着物に漆黒の帯、髪に揺れる鈴と赤い組紐に肩で切りそろえられた真っ直ぐな髪。
まだ幼く、この場所へも頻繁に訪れていた頃の、自分自身の姿だ。
数年前に長かった髪を切った所為か、今の自分と同じくらいの髪の長さに何となく既視感(デジャヴ)を覚える。
何故こんな場所に居たのか思い出せないが、確か本家に呼ばれてやってきた地で、幼い自分は暇を持て余して外に出た事が何度もあった。
だから、この夢の光景もそんな日の出来事だろう。
まだ小学校にも上がっていない頃、確かにこんな場所に出向いた記憶はある。
一人遊びが得意だったわけでも、好きだったわけでもなく、ただ時間を潰す必要があったというだけで、遊び相手もいない玩具もないこんな場所で、幼い自分は手持無沙汰を通り越し、何故か1人きりでかくれんぼに興じていた。
注連縄(しめなわ)の巻かれた大きな木の根元近くに屈んで、そっと目を閉じる。
「……もーいーかい」
応える声など無いと知りながら、それでもかくれんぼの決まり文句を木々の向こうに向ける。耳を澄ますふりをして、小さく首を傾げた。
「……まーだだよー…」
1人きりで居るのだから、応える声など有りはしない。小さな声で、ポツリとそう言って再び目を閉じた。
「……もーいーかい」
小さく繰り返される言葉は、幼い子供らしい甲高い声ではあるが、1人遊びのせいかあまり抑揚もなく、どこかつまらなさそうに聞こえる。幼く無邪気だった頃の自分でも、今の面影があるらしい。
「……もーいーよー…」
当然、自分でそう言って、すくっと太い樹木の根元から立ち上がった。
本来の参道から離れ、侵入を拒むかのような深い森へと立ち入って行く。鬱蒼(うっそう)とというよりは静謐(せいひつ)な雰囲気の、空気の密度がそこだけ濃いように錯覚する場所だった。
まだほんの子供だというのに、怖がる事なく奥へ分け入ると、少し明るいというか、陽が差し込むような場所に出る。霧に包まれた空間の中で、まるでその小さな空間だけが特別な場所であるかのように、地面に茂る草花の露が陽の光を受けてキラキラと輝いて見えた。
「…わぁ」
柔らかい陽の光に浮かび上がる空間に、1歩足を踏み入れる。静謐な空気は変わらないのに、そこだけは別世界のように温かく感じられた。柔らかく沈む足元の草は、絨毯のように優しい感触だ。
キラキラ光る草花の中に、一際目を引く真っ赤な花を目にして、誘われるように手を伸ばそうとした時だった。
「…見ぃつけた」
優しく温かい青年の声が、何の前触れもなく耳元で聞こえたかと思うと、ふわりと何か柔らかい物で視界を塞がれる。
弾かれたように振り返れば、幼子から見れば充分に大きな体躯の、鮮やかな毛並の狐がふわふわの大きな尻尾をゆらゆらと揺らしている姿が目に入った。
「……あぶらあげ…!」
幼い自分は、恐れを知らなかったのだと今となっては確信出来る。初めて見るふかふかの、気持ちよさそうな毛並に躊躇(ちゅうちょ)なく手を伸ばし、そのまま首元に埋まるように抱き着いて、その毛並の心地よさに頬を寄せた。
「…油揚げって…せめて稲荷って言ってよ…」
優しく苦笑する気配に、その時の狐は怒ってはいないのだと知れはするが、幼さ故の無知か生来の強気なのか、とにかくあまりにも怖いもの知らずな過去の自分に、改めて呆れてしまう。
「……ふかふかっ!」
黄金色の毛並をした、本当に美しい狐だと、過去の記憶を客観的に見るようになって、ようやく気付く。首元に埋もれるように抱き着いていたせいで、当時は気付く事すら出来なかった別の事実にも、こうやって客観的かつ俯瞰的(ふかんてき)に見ているから気付く事が出来た。
その大層毛並の良い美しい狐は、普通の狐とは言い難い存在だ。そもそも「見つけた」と話しかけて来た時点で普通とはかけ離れているが、この幾つも鳥居が連なる場所で話しかけてくる狐が居たとしても何となく納得して受け容れられるので、この際その部分は考慮しないでおいたとしても、普通とは程遠い存在だった。何せ、ふさふさの優美な尻尾が9本も生えているのである。俗にいう九尾の狐、相当な化け物のハズだ。
それが、幼子に抱き着かれて、どことなく困惑した空気で、さらにふさふさの尻尾で頭を撫でている。
「1人でかくれんぼは危ないからダメだよ」
保護者はドコに行ったのか、と言外に(とが)めるような響きを持たせ、その狐は問いかけた。抱きしめられているせいで首を巡らす事は困難なようで、ただ問いかけるに留めたらしい。
「もふもふ…どうしたのー?」
幼いながらに、気付いた違和感に、ようやく抱きしめていた両手を離し、まじまじと狐を覗き込む。強い力を持つ化け物を目の前にしているハズなのに、何だか弱々しく感じられた。
「別に…」
覗きこまれて僅かに狐がたじろぐような気配を見せる。疲れているというより、消耗しているような様子に、改めてあの時の自分はそれなりにしっかり見ていたのだと思う。
「だいじょうぶ?」
人の言葉を話す九尾が、そもそも人に化けもせずに人前に出て来た時点で、今の知識ならかなり消耗しているのだと理解が出来る。幼い頃と違って、その方面の知識にもだいぶ明るくならざるを得なくなったせいだ。
「…ダイジョーブ。ちょっとお腹空いてるダケ」
視線を逸らしながら、狐はそう言ってふかふかした尻尾をゆらりと揺らめかせた。
「…あぶらあげって…なに食べるの?…あぶらあげ…?」
言葉を素直に捉えた幼い頃の自分は、何か食べる物を探せば良いのだろうかと小さく首を傾げる。初めて遭遇した、美しい毛並の黄金色の生物に、少なからず惹かれたのだろうと思う。だから、幼いながら、役に立とうと考えたらしい。
もし、この九尾が悪意を持って同情を誘う様な真似をしていたら、というのは当時の自分には到底考えも及ばなかった事だ。今となって改めて冷静に考えたところで、答えは解らない。
「…オレの場合は…えっと…血とか…」
口ごもるように、九尾はボソボソと小さな声で言った。この当時は知らなかったが、長い年月を生きる、所謂(いわゆる)化け物たちは、人や他の生物の生気を吸って補充しながら生きるらしい。趣味嗜好など様々あるだろうが、人の体液などが主で、その中でも効率が良いとされるのが直接的に生命維持に関わる血液や、生命の根源に近い精液などというのが通説だった。つまり、この時、この九尾はかなり弱っていたという事になる。
勿論、ただ騙して食べたかっただけなのかもしれないが、今となっては解らないので、美しい記憶を崩さないように捉えるならの話だが。
「…そっか」
幼い自分は、目を丸くした後、素直に頷いた。周囲をきょろきょろと見渡して、ある物を探そうとしていたのだ。
「…その辺に落ちてるワケ、ナイでしょ」
そもそも、落ちていたと称する事が出来る餌は、幼い頃の自分しかおらず、九尾は困惑したようにそう言った。
「…あった!」
けれど、九尾の困惑を他所(よそ)に、幼い自分は目当ての物を探し出し、その傍まで歩いて行く。探していたのは、鋭い切れ味を持つ、雑草だ。あの当時の感覚で、つい最近、庭仕事を手伝おうをして勢いよく引いたら、思い切り手を切ったという実体験を元に、切れ味を覚えたばかりだった。
それをぐっと握り込み、勢いよく引き抜く。今の自分が傷を負ったワケでもないのに、痛いと感じるくらい、思い切りよく引き抜いたせいで、すぐに掌からぽたりと赤い雫が滴った。
「ちょっと!何してるの!?」
さすがの長命な九尾も、こんな頭の悪い子供に遭遇した経験は無かったのかもしれない。割と本気で驚きを露わにした慌てた声に、ピンと真っ直ぐに立ったしっぽが印象的だ。
「…おなかすいたって。たべるとおもって。…あ、ほかのばしょがいい?」
真っ直ぐに手を差し出し、滴り落ちる赤をその目の前に翳した。
「…えっと」
戸惑いを隠せない様子で躊躇(ちゅうちょ)する九尾は、やはり騙してどうこうしよう、などとは思っていなかったのではないかと思わせる。差し出された赤い掌を少しの間茫然と見つめたまま、ただ立ち尽くしているようだった。
「    」
あの時、幼い自分は一体何と言ったのだろうか。それに、九尾は一体何と応えたのか、それももう思い出せない。こうして夢に見るようになっても、その部分は綺麗に抜け落ちていて、そしていつも、九尾がまるで掌に口付るように、そっと(おとがい)を寄せた所で、目が覚めるのだ。だから、このまま、目が覚めるのだと、もう何度も繰り返し過去の夢を見ているせいで、自然と理解出来た。

新輝荘(しんきそう)と銘打たれた、駅より程近い郊外に立つ、大きな館。少し厳しい条件をクリアすれば入居が認められる、一風変わったシェアハウスとして有名で、近隣の大学生や新米社会人が少し割高な家賃を差し引いても様々な利便性を求めて入居したいと申し出る為、倍率が高いと噂されている。3階立ての大きな屋敷で、誰かが道楽で建てたものの持て余した為にシェアハウスとなったという噂だが、それならそもそもどうしてこんな場所に建てたのかという疑問が残る、割と謎の館だった。
その1階に位置するリビングと言うにはやや広く、談話室と呼ぶには少々生活感が溢れている、12畳くらいの広い部屋があり、部屋の時計は間もなく20時を指そうとしていた。既に陽は完全に落ち切り、やや薄暗い広い部屋の一角には、談話室を思わせる大きなソファセットが置かれている。数人掛けのソファには制服姿のまま静かに寝息をたてる唯音の姿があった。その正面には、眼鏡をかけてのんびりと分厚い洋書を読んでいる青年の姿がある。青年の名は小野寺(おのでら)玲一(れいいち)、このシェアハウスで唯音らと共に暮らす大学生だった。短めの髪だがスポーティな印象というよりは知的な印象が勝る、整った涼し気な顔立ちをしている。オーバル型のフレームレスの眼鏡がより知的でクールな印象を与えていた。時折、眠っている唯音を気にするように視線を向けたりはするが、起こそうとすることはせず、ただ静かに本を読んでいる。
「…んー…」
夢の余韻に浸るような、ぼんやりとした声が零れ、唯音はふるりと瞼を震わせた。
「…起きたか?」
その小さな声を聞き洩らさず、玲一は分厚い本をぱたりと閉じると、かけていた眼鏡を外して正面の唯音へ問いかける。
「…ん…。あれぇ?玲ちゃんー…?おはよ?」
状況が飲み込めず、唯音は何度か目を瞬かせると不思議そうに首を傾げた。一体何時の間に眠っていたのだろうか、そもそも自分は車に乗り込んだハズだったのだが、とまだ覚醒しきらない(もや)の中にいるような思考で考える。
「どこまで記憶してるんだ?天野(あまの)が迎えに行ったのは覚えてるか?」
玲一はそう言うとソファから立ち上がり、未だ覚醒しきらない唯音へと近づく。覗き込むようにして、真っ直ぐに瞳を見た後、おもむろに首筋に手を当てると、自身の腕時計に視線を向けた。
「学校まで智ちゃんが有り得ない車で迎えに来たのは覚えてるよぅ…」
されるがままの体勢で、唯音は玲一の問いに答えると、首元から指先が離れるのを待って上体を起こす。
「そう言えば、トラブルってなぁに?神ちゃんから電話あったのもちゃんと覚えてるよぉ…」
身体に違和感はないかと、軽く動かしたりしながら唯音は続くだろう質問内容を先回りして答えた。起きた瞬間、目の前に玲一がいたのは偶然ではなく、観察を要したのだろうと簡単に推測が出来る。そもそも、ただ暢気に寝ていただけなら、自室のベッドに放り込んでくれれば良い話だと、流石に唯音自身がよく理解していた。少しずつ明瞭になって(もや)の晴れていく思考の中、冷静に状況判断に務めた結果だ。
「そうか。違和感は無さそうだなな?一応確認するが、睡眠薬等の服用の記憶はあるか?」
単刀直入に、玲一は要点はこれだとばかりにはっきりとした口調で問いかける。まだ学生の身分ではあるが、玲一は医学部に通う学生であり、少なくともこのシェアハウス内では一番医学に精通していると言って間違いない。その玲一をして、この問であるのだから、唯音は真剣に考え込むように視線を彷徨(さまよ)わせた。
「…ない。記憶している範囲で、心当たりはないよ。記憶の時間から推測しても、放課後は部活に顔を出した途端に電話で呼ばれたし…」
考えたところで、思い当たる節はなく、唯音は何とか車に乗るまでの時間を思い出しながらそう答える。睡眠薬と言われれば、確かに少しばかり喉の渇きは感じるし、頭の回転も普段より遅い気がする。睡眠導入剤か強めの精神安定剤か、その類の薬品を服用した時と、確かに症状は類似している気がした。記憶に残っている時間から推測して、車に乗り込む少し前に何らかの方法で投与されたハズだろうと推測も出来るが、具体的にいつ、と問われても答えようもない。
「解った。彼奴(あいつ)らが戻ってきたら、問題は無かったと伝えておこう。それで?着替えて来なくてもイイのか?制服、皺になるぞ」
もう手遅れかもしれないがと一言付け加え、玲一は改めて唯音の恰好を指した。申し訳程度にブレザーは脱がされ、ネクタイも解かれているが、プリーツスカートのまま眠っていたのだから、多少なりとも跡が付いている。
「…着替えてくるぅ…そのまま宿題して、寝るかも…」
ソファの横に、鞄もブレザーもまとめて置かれており、唯音はそれを手に自室へ引き上げた。立ち上がった瞬間、くらりと軽い眩暈を覚えたが、特に気にする程でも無かったのでそのまま2階の奥の部屋へ向かう。
男女が一つ屋根の下で暮らすシェアハウスではあるが、個人個人の部屋に鍵は存在しない。それで成り立っているのは信頼関係なのか何なのか、とにかく唯音は自分の部屋に戻るなり、制服から部屋着に着替え、そのまま勢いで自室のほぼ隣にあるバスルームへと向かった。
他の住人を気にせず、唯音はこのバスルームを完全私物化しているが、それは2階に私室を持っているのが唯音だけという事情と、このシェアハウス内で今現在女性が唯音だけという理由だ。
結局、この日はシャワーを浴びているうちに、本格的に眠くなってしまい、部屋に戻った時点で何とかドライヤーで髪を乾かしただけで、あっさりと睡魔に負けてしまったのだった。

翌朝、普段よりも寝起きの悪い唯音を見兼ねて、昨日同様目立つ車で校門の横づけをされたのだが、既に諦めの境地だったのか、抵抗しても根掘り葉掘り聞かれそうだったから、という事で異議を唱えるのは大人しく諦めたらしい。
「それじゃ、くれぐれも無理しないようにね?」
校門の前で唯音を下ろし、サングラス越しに真摯な視線を向けたのは、昨日も迎えに来た青年で名前は天野(あまの)智信(とものぶ)と言った。一応4年制の大学をこの春に卒業したばかりの、新米社会人であるハズなのだが、朝のこんな時間に少々時代と場所をはき違えたスーツ姿で暢気に女子高生を校門前まで送っている辺り、気ままな仕事のように思える。
「別に…体調が悪い訳じゃ…」
子供も扱いが悔しかったのか、唯音は智信にそう言い返しながらも、身体が本調子ではない事を自覚していた。まだ身体に睡眠薬かそれに類する薬の効果が残っている。頭は働かないし、思考も不明瞭だ。それでも、あくまで高校生として学校には通わなければならない。高校生としての日常に不具合が生じる程ではないという判断で学校には行くことを決めたものの、正直少しばかりの不安はあった。
唯音は教室に向かう道すがら、何人もの生徒にもの言いたげな視線を向けられたが、牽制し合っているからか何なのか特に突っ込んで問いかけてくるような相手は居なかった。
教室に着き、机に鞄を置いてようやく唯音は深く息を吐いて問いかけるような視線に応えるべく表情には出さずに肚を括る。
「おはようございます」
案の定というか、隣の席の小太郎がいつも通り欠片も変わらない淡々とした表情で声を掛けた。表情は微塵も動いていないが、声には僅かに興味津々という色が覗いている。
「おはよぉございますー…。言いたい事があるならどうぞぉー」
投げやりな気持ちで、唯音は口を尖らせた。小太郎を(かわ)したところで別の第二第三の刺客(質問者)が現れるだけなら、素直に疑問を解消してしまった方が早いからだ。
「随分と派手な登校でしたね」
直球ストレートで小太郎は微塵(みじん)の迷いなく的を穿つ。小太郎は私用とやらで昨日の部活に顔を出していないため、実は昨日も迎えに来た車だという事は知らないのだろう。それでも、先程の登校風景だけで充分問いには値したようだ。
「あははー…ダヨネー目立つよねー。忘れない?」
苦笑を貼りつけ、唯音は最終的には問いに応じる為の答を用意はしているものの、適当にはぐらかすフリでわざとらしく溜息を零す。
「忘れろというのは無理な相談ですね」
フリだと理解しているのか、それとも素なのかは、小太郎が余りにも無表情過ぎる所為で解らないが、追及の手は緩めるつもりはないらしく、取り立て屋よろしくきっちりと続く話を要求した。
「ちょっとねー?一緒に暮らしてる人に送って貰ったんだよぉ」
唯音がその言葉を発した瞬間、声が届く範囲に居たクラスメイトたちが男女の分け隔てなく一様に驚いた顔をして振り返る。勿論、唯音のオーダー通りの反応だった。
「一応尋ねますが、同棲というやつですか?それとも純粋にシェアハウスでご一緒されてる方ですか?」
クラス中の問いかけるような視線を代表して、またしても直球で問いを投げかけたのは当然小太郎だった。爺を自称するだけあって、この程度の事では動じないと静かな視線が物語っている。
「先回りした質問どぉも?送ってくれたのは智ちゃ…ええと、智信さんって言って、同じシェアハウスで暮らしてるお兄さんたちの中の年長組、かなぁ。残念ながら恋愛関係も無ければ恋愛感情もお互いに無いよぉ?というか、私が暮らしてるシェアハウスって、基本的にお兄さんしか居ないからぁ」
(あらかじ)め用意していた答を唯音はスラスラと淀みなく答えた。どうせ注目されるのなら、注目の内容を分散してしまえば、車とそれを運転してきた人の印象は薄れるだろうという計算で、主に女子高生たちが食いつきそうな内容を先に提示しようという魂胆だ。
「…つまり、逆ハーレムですね」
成程と重々しく頷き、小太郎は端的に話をまとめる。まとめてしまえば確かにその一言に尽きるが、よもや本気でそれを口にする猛者がいようとは、とクラス中から小太郎に注目が集まった。
「んー…。そうかも。それなりにイケメンなお兄さんたちだよぉ」
シェアハウスで寝食を共にする面々を思い浮かべ、客観的にはそういう判断で間違いないだろうと唯音は割とあっさりとそう告げる。それなり以上に外見以外の面の印象が強すぎる所為で、実はあまり意識した事はないのだが、それでも客観的に見ればシェアハウスで同居している面々は概ね全員がそれぞれに違った方向性のイケメンと称しても問題ない気がする。例えば少々時代ズレしてるがオトナの包容力と甘いマスクを備えた智信だとか、落ち着いたクールな雰囲気の涼やかな相貌に艶のある声の玲一だとか、それに昨日わざわざ電話を掛けて来た少し垂れ目気味で人好きのする愛嬌のある目の、優しさと茶目っ気という本来同居しないような魅力を併せ持つ人物だとか…と順番に考えて、唯音は結論として見た目だけなら同居人全員、一応イケメンだろうと判断を下す事にした。
「えぇー!いいなぁ!あ、でもそんな環境だったら逆に緊張してご飯食べられないとかあるかもー」
近くで話を聞いていたクラスメイトの女子がきゃーと黄色い悲鳴をあげながら楽しそうに盛り上がり出した辺りで、朝のSHRの時間を告げるチャイムが鳴る。唯音の席と、必然的に小太郎の席も巻き込んで囲んでいた生徒たちが一斉に各々の席へと戻って行った。
担任が教室に入ってくるのを何となく見つめながら、唯音は視界の隅に映る時間割表を何となく眺め、今日は移動教室はないから1日寝て過ごそう、と実に不真面目な事を考える。
どういう訳か、この学園では『①他人が授業を受ける邪魔をしない②成績をきちんとキープ③当てられたらきちんと解答』の3点さえ実行できれば、授業態度がいささか難ありでも(とが)められる事はないらしい。何でも去年だか一昨年だかの卒業生が高校1年生1学期中間から3年生3学期期末まで、きっちりほぼ全授業寝て過ごしていたのにも関わらず全教科満点首席をキープし続けたとかいう巫山戯(ふざけ)た理由で等閑(なおざり)に許されてしまう風潮になったらしく、編入試験から日常の小テストに至るまでそれなりの点数をキープ出来る唯音も、寝ていても特に(とが)められる事はなかった。
製作者:月森彩葉