Lost⇔Last=Note

第6楽章#インターバルと言う名の…

音楽イベントの興奮も冷めぬまま迎えた週明け、十夜は部活動の時間になると音楽室である種の決意表明をした。
指揮者に挑戦するという意気込みに、顧問の米倉だけでなく部長をはじめとした他の部員たちも賛同してくれたということに嬉しいと感じる。
からかうような口調で部長が笑いながら言った、たぶん1番喜んで応援してくれるのは何かあるたびに呼び出されて代行をさせられていた瑞貴だという台詞には、十夜も思わずそうかもしれないと笑ってしまった。
不慣れな指揮者を抱えることになった吹奏楽部だったが、それでも団結力は顧問が指揮者を務めていた時より上がったというのが吹奏楽部全体の認識で、指揮者に対しても各パートが色々と主張しながら1つの楽曲を作り上げていく一体感が全員を包んでいく。
これまで誰かと音を合わせるという経験の乏しかった十夜は、そうやって形作られる音もあるのかと初めて実感を伴って知る。
そうやっていくつかの楽曲が完成に近づいた頃、期末考査の時期がやってきた。
中間考査の時とは違ってクラスメイトが1週間も学校に来ないというようなトラブルには見舞われず、難易度は中間考査の3割増しに感じた期末考査は何事もなく終了を迎える。
答案返却の際に再び例の試合に負けて勝負に勝つという不思議な賭けが当然のように行われた。
因みに校内に大きく掲示された1学期の総合順位に関しては、十夜にとって見慣れた顔触れが当然のように並ぶ。
1年の1学期からずっと不動の首席をキープしている瑞貴以外はどうやら多少の変動があるらしく、期末考査の怒涛の結果で十夜が2位に浮上し、その後に拓海、祐一、赤也と名前が並んでいた。
違うクラスの生徒に編入生が2位かと驚愕や嫉妬の視線を向けられることになった十夜だったが、5人で仲良くしている様子を見て一様に納得の表情へと変わって行ったのが不思議だ。
そして迎えた夏休み初日。
今日は、初日でありながら5人で遊ぶという事情を知らない人間からすれば割と何を考えているのかと思うような約束がある。
どうして初日からこんなことになったのかと言えば、中間考査期末考査の賭けの結果はわざわざ確認するまでもなく瑞貴の負けということでもう罰ゲームをまとめて何か企画してもらおうと十夜が苦肉の策で提案したからだ。
曰く、男子高校生5人という割と残念な取り合わせでも楽しめそうなイベントを企画せよ。
割と無茶振りな自覚があった十夜は瑞貴がどんな反応を返すのかとほくそ笑んでいたのだが、あっさりと了解と言われて少々拍子抜けしてしまった。
そういう事情で十夜が立っているのは、有名なテーマパークであるアルス・ノトリアの前だ。
動きやすい服装推奨と説明を受けたので、カジュアルなネイビーのTシャツにいつも通りジーンズとスニーカーという服装で待ち合わせ場所に立つ十夜は、さすがに夏ともなれば友人たちもまともな服装で来るに違いないと希望を込めて考える。
しかしその希望は、視界の端に祐一の姿を認めた時点で霧散した。
さすがに長袖ではないが、麻のベージュのジャケットに首元が広く開いた白のカットソーと黒のチノパンという出で立ちの上にやはりスニーカーではないいつもの革靴を見て、十夜はやれやれと肩を竦める。
これは他のメンバーも普段と変わらないだろうなという心境に早々と達した。
次に姿を見せたのは赤也で、薄く袖の短いTシャツを重ねクロップドパンツにスニーカーという、一見スポーティーな出で立ちだが人目を惹くには充分すぎる仕上がりはやはりいつものことだった。
その後ろからのんびりと歩いてくる拓海は、長袖のボルドーのボタンダウンシャツの袖をわざと七分丈くらいまで捲り上げ、白のすらりとしたカーゴパンツに黒のデザートブーツ。
今日もサングラス姿だが、デザイン重視のサングラスは今までに見たことのないもので、一体いくつもっているのかと追及したくなってしまう。
おはようと適当に挨拶を交わしながら、普段10分前行動厳守と注意を述べている生徒会長はいつものようにプライベートは時間ギリギリかと十夜は小さく笑った。
視界の隅にその姿を見つけ、やはりいつも通りの恰好かとため息を零す。
瑞貴は白い緩やかなシルエットの膝上まである長袖カットソーに黒基調のチェックのチノパン、足元はハイカットのスニーカー、とここまではいつも通りだ。
更に今日は頭には黒のボーラーハットを目深に被り、プラスチック制の白と黒のチェック柄フレームの眼鏡というオマケまで増えている。
肩から掛けた小さなショルダーバッグと、手には透けそうに薄い生地の黒いカーディガンを持っているので、道行く人の何人がアレを少女だと誤解しただろうと十夜は苦笑する。
「…なんで貴様らはいつもそういう服装なんだ…」
全員が揃ったところで、十夜は既に決まり文句となりつつある定型文を口にした。
特に、拓海のサングラスや瑞貴の眼鏡に関しては、一体いくつ持ってるんだと呆れなくもない。
「十夜だっていつも通りじゃん?」
赤也はカラリと笑っていつも通りの定型文にそう返す。
「動きやすい服装推奨と言われたからな」
それ以前に自分にどういう服が似合うかなど、実はあまり考えたこともない。
「…えっと、チケット配るよ」
肩に掛けたショルダーバッグを開けると、瑞貴はそう言って中からチケットを人数分取り出して配る。
「罰ゲームを言い出した俺が言う台詞じゃないが、よく取れたな…」
アルス・ノトリアのチケットは1日の入場制限の関係で取りにくいと聞いたことがある。
十夜は特に苦労をした様子もなく5人分のチケットを簡単に用意してしまった瑞貴に驚きの目を向けた。
このテーマパークのことは、十夜は密かに憧れている楽団がゲリラ公演をするという理由でそれなりに調べてあるのだ。
「偶然ね」
瑞貴は小さく笑うと、そう言って十夜にチケットを差し出した。
それを受け取りながら、果たして今日はゲリラ公演に遭遇できるだろうかとこっそり考える。
「では、行くとしようか」
まるで戦場に赴くような重々しい口調で祐一が言い、入場ゲートを目指す。
ぞろぞろと後に続いて中に入れば、そこは西洋の童話の世界を思わせる煉瓦(れんが)の道といくつもの大きな花壇が並んでいた。
成人男性の膝より少し高いくらいの高さの花壇には季節の花が揺れている。
真っ直ぐ正面には広いアーチとまるで中世のイギリスを思わせるような店構えが並んでいて、そのさらに奥の方にはテーマパークのシンボルとも言える西洋の古城が見えていた。
ちょうどテーマパークの中央にある湖の中に立つその城は、湖上の城としてテーマパークの紹介やポストカードのモチーフとしてよく使用されている。
家族連れや友人同士よりもカップルの方が圧倒的に多いという点にはこの際目を瞑れば、確かに楽しそうな場所だと十夜は景観に目を細めながら考えた。
「左側手前が西洋の童話がモチーフで、その奥が大航海時代がモチーフ、その右側は現在竣工(しゅんこう)中、だったか?」
記憶を辿るように拓海がテーマパークの奥を指し、首を傾げる。
「あと何かスタンプラリーやってるみたいだし、せっかくだから参加しとく?」
赤也は入場ゲートで貰った地図一体のパンフレットを広げ、楽しそうな声を上げた。
「参加するのか?」
祐一がそう問いかければ、赤也と拓海が大きく頷く。
「…するのか」
スタンプラリーという名称から恐らく子供向けだろうと推測した十夜は友人たちに本気か?という視線を向ける。
「アルス・ノトリアだぞ?ナメてかかったら、たぶんクリア出来ねーぞ?」
甘いなと赤也が挑戦的な笑みでそう言った。
「小さい子供ならヒントが貰えるだろうが、俺たちではまず貰えないだろうからな」
拓海は軽く口角を釣り上げると、スタンプラリーの受付になっている箇所を指す。
確かに子供もたくさんいるが、それ以上に大学生くらいのカップルや友人連れという構成の方がはるかに多く受付に向かっているのを見て、十夜は目を瞬かせた。
促されて受付に向かうと、チロリアン風の衣装に身を包んだ可愛らしい雰囲気の女性キャストが並んでいる。
いきなり非日常的な服装のキャストに出迎えられ、僅かに怯むような気持ちになりながらも十夜はキャストや受付の建物を観察した。
西洋の童話や寓話を元にしているのだろうと想像に難くないその光景に、手の込んだテーマパークだという感想を抱く。
赤也が中心になって勝手に5人で参加登録を完了してしまい、簡単な概要の書かれた説明書とスタンプラリー用のカードを渡される。
登録情報などの管理の関係から磁気カードを渡され、全員を代表して何故か十夜が管理することになってしまう。
概要に目を通せば、スタンプラリー対象となっている各アトラクションのモチーフに関するものを探し出してゴールしたり、モチーフそのものを再現したりなどの行動を要求されるらしく、このゲームを考えた人間は一体何を思ってこんなものを作ったのかと疑問を覚えた。
「では、道なりに西洋エリアから向かうとしよう」
こういう時、まとめ役はいつの間にか祐一だ。
生来の委員長気質なのか、普段から個性的で自由な友人たちを上手くまとめているように見える。
口調は強気なのだが、強引に押し切る程の強さがないので、友人たちやクラスがせいぜいではあるが、それでもこうやって周囲をよく見ながら手綱を取っているのを見るたび祐一の見た目通りの手腕に感心した。
中世の英国の街並みを模したアーチを抜ければ、そこは西洋童話の世界。
ヨーロッパの歴史ある街並みのような建物が並び、キャストたちも西洋風ファンタジーを題材とした小説の挿画で見るような服装をしているので来場者の方がむしろ浮いて見えるような非現実的な空間が広がっている。
「スタンプラリー関係してるアトラクションは…アレか?」
地図を片手に拓海が視線を向けた先には、背の高い生垣が広がっていた。
看板には迷宮庭園と書かれている。
それを確認するなり、赤也は小走りに入場受付へと向かう。
受付にいたのは、ウサギの耳がついたシルクハットにパッチワークのスーツという変わった衣装のキャストだ。
赤也が振り返って手招きをしているということは、そのまま入場できるということだろう。
薔薇で作られたアーチ状の入口を潜れば、背の高い成人男性よりも背の高いよく手入れされた生垣が続いている。
恐らく2メートルくらいだろう、木の種類はわからないがアートとして様々な形に刈り込まれ人目を楽しませる木と同じだろうかと十夜は首を捻った。
どうやら迷宮庭園の名の通り、生垣で作られた迷路のようだ。
木々の隙間から降り注ぐ陽ざしは和らげられ、照らされる足元の芝生がキラキラと露に光ってみえる。
幻想的なその光景に、こんな中でバイオリンを弾いたら気持ちいいだろうかと十夜は少しだけ笑った。
「迷路といえば右手の法則と聞くが、試してみるか?」
分かれ道に差し掛かった時、祐一が考えるような仕草でそう友人たちを見渡す。
「迷ったら迷ったで面白いんじゃないか?」
わざと迷うつもりなのか、拓海が分かれ道を交互に覗き込むようにして首を傾げる。
「この迷路だけで時間を潰す気か?」
しかし続けて呆れたように投げかけられた祐一の言葉に、拓海は思い直したようで肩を竦めて任せるといった意思表示をした。
そんなワケで彼らは割と堅実に迷路を進んでいったのだが、行き止まりを完全に回避することは出来ず行く手を壁に遮られる。
すぐに引き返せばいいだけの話なのだが、十夜は壁の目の前に落ちているモノに気付き足を止めてしまった。
「…何だコレは…」
呻くように呟き、見なければよかったというような後悔を滲ませながら十夜は視界の隅に転がっているモノに目を向けてしまう。
強いて1番近いモノを挙げるなら、バット。
上部には鳥の頭のようなものがついていて、持ち手の部分は足のようになっており、そして真ん中の胴のあたりにやたらと丸いものがついている。
バットと呼んでいいのかはわからないが、長さは間違いなくバットと同じくらいだ。
控えめに表現してもかなりグロテスクなソレは一体何なのだろうかと眉を顰める。
「作った奴のセンスを疑う代物だな」
同じようにソレに目を向けていた祐一が眼鏡を押し上げながら深く溜息をついた。
「どうかしたのか?」
どうやら何かが落ちていることに気付いていなかったらしい拓海が十夜と祐一の視線を追ってひょいっと覗きこむ。
「……奇妙だな」
散々言葉を探した挙句、拓海はすっと視線を逸らし何事もなかったかのように振り返った。
「うわ、グロイな」
目を丸くして赤也が全く言葉を選ばない感想を口にする。
誰もコレを手にしようという猛者はいないだろうと十夜はこんなモノに気付かなければ良かったという後悔を滲ませた。
「…別にこれが襲ってくるわけじゃないでしょ?」
かなりどうでも良さそうに呟くと、瑞貴はひょいっと躊躇なくソレを拾い上げ、恐らく鳥の顔と思われる部分を突いている。
「何で拾っちゃうかな、オマエは…」
グロいだろと赤也が苦笑を向ければ、瑞貴は軽く首を傾げてそうでもないと呟いた。
どこがだ!と十夜と祐一がユニゾンでハモれば、すっとソレを差し出される。
「局部限定で見れば、可愛い方じゃないかな…」
顔とかと鳥の頭の部分を指して瑞貴は仄かな笑みを友人たちに向けた。
確かに、強いてつぶらな瞳だけは可愛いと言えないこともない。
結局それ以上謎のバットモドキを追及することもなく一同は迷路を抜けるべく生垣の道を進んでいく。
少し進めば、急に視界が開けた。
一言でいうなれば庭園でのお茶会の様相。
庭園にいくつも置かれたテーブルセットのうち、2つ程は休憩中と思われる家族連れやカップルが使用していた。
テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、それぞれ背もたれの意匠が異なるイスが並んでいる。
テーブルの上にはキャンドルが並んでいるが、流石に火は灯されていなかった。
恐らくテーブルクロスが風で飛んでいかないように重石の代わりに置かれているだけだろう。
お茶会のためだけに用意された場所としか思えない空間は生垣の迷路の中にぽっかりと空いた穴のように広く、周囲を囲む生垣の距離が遠いせいか陽射しが眩しい。
それだけでなく、目に鮮やかな赤と白の薔薇が周囲を囲んでいた。
黒蝶、ジゼル、ムーランルージュ、日和、プリンセスホワイトなど小さなプレートが並んでいるので恐らくそれらが薔薇の名前なのだろう。
薔薇に詳しくもない十夜からすればドレがドレだかさっぱりわからないが、詳しい人間の目には違いがわかるのかもしれない。
「あそこで飲み物でも買ってこの空間を楽しめという趣旨だろうな」
拓海が示す先にはログハウスに近い庭園の景観を損なわない小屋が存在し、軽食も一緒に売られているらしくトレイやバスケットを手に空いたテーブルに向かう少女たちのグループがあった。
それに倣って適当に休憩しようと十夜たちも飲み物だけを買ってテーブルを1つ占拠する。
少女たちのグループから視線をチラチラ向けられていることに気付いた十夜は、友人たちのあまりにも個性的かつ統一性のない服装のせいだろうかと内心苦笑した。
「アルス・ノトリアってフェアリーテールがゲリラ公演するんだよな…」
流石に遭遇できるとは思っていないが、十夜はふと思い出した事実を口にする。
十夜にとって、生演奏は1度も聞いたことはないが憧れの楽団なのだ。
「あー…そういやそうだよな」
言われて思い出したのか、赤也は飲み物を片手に苦笑すると、流石にこの暑さじゃやらないんじゃないか?と苦笑した。
その言葉に納得しながらも、十夜は少しだけ残念な気持ちになる。
遭遇できる確率が千載一遇であったとしても、あの楽団の演奏を1度生で聞いてみたいというのが本音だった。
もちろん可能ならばちゃんとしたホールで聴きたいが、いつどこで演奏をしているのかまるっきり非公開の楽団なので、それは望み薄なのだ。
「演奏、聴きたいの?」
表情を曇らせた十夜に、瑞貴がキョトンと首を傾げて覗きこんでくる。
その表情は、わざわざ聴きたいと思う十夜の気持ちがわからないとでも言いたげだ。
「…有名な楽団だぞ?むしろ聴きたいと思わないのか?」
もしや知らないのか?と十夜は子供っぽく不満を露わにする。
別に知らないことが悪いことでもなければ興味を持つかどうかも人それぞれだと頭ではわかっているのだが、自分が特別だと思うものを友人にも共有して欲しいという子供の独占欲にも似た気持ちが芽生えていた。
「知ってはいるけど…」
困惑気味に表情を変えた瑞貴は、十夜の入れ込みようには共感し辛いとでも言いたげに言葉を濁す。
十夜は友人のそんな様子に僅かな落胆を覚えた。
しかし、十夜の知る限り瑞貴の専門はピアノであって、例えばストラディバリウスを1挺貸与されているだとか言われたとしてもそれがどれ程の物なのかイメージが沸かないのかもしれないと思い直す。
そもそもその事実を知らないのかもしれない。
結局十夜はそれ以上言葉を重ねることをせず、共感を求めるのを諦めた。
空になった飲み物のカップを捨てに席を立った後、すぐに迷路の探索には戻らず少しだけ庭園に留まった彼らの足元に、やたら人に慣れた猫がすり寄る。
「だいぶ慣れているな…」
ひょいっと猫を抱き上げ、祐一が首元を(くすぐ)るよように撫でれば猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「そういう貴様も随分と猫に慣れてるんだな」
十夜が見たままをそう言えば、家で飼っているからなと笑顔で返される。
そんな彼らを他所に、別の物に興味を惹かれたらしい瑞貴は薔薇の植え込みへと向かっていった。
一体何をとその姿を見守っていれば、落ちている何かを拾って戻ってくる。
戻ってきた瑞貴の手の中には、何故か白い薔薇の花が1輪あった。
よく見ればそれは造花で、精緻に造られてはいるが花びらも葉も布で出来ている。
「お前、何でも拾ってくるの止めないか…」
呆れた口調で呟いたのは拓海で、片手には十夜が敢えて見ないようにしているピンク色のグロテスクな物体、もう片手に白い薔薇という瑞貴の肩をポンと叩いた。
持っているのが薔薇だけならそれなりに絵になるのだが、ピンク色の物体がすべてを台無しにしている。
「…モチーフの割に違和感があったから」
何で白い薔薇なんだろうと小さく首を傾げる瑞貴に、赤也がモチーフ以前にオマエの行動が違和感だとツッコミを入れた。
それに頷くことで同意を露わにした十夜だったが、友人の奇行に付き合っていては何時まで経ってもこの迷路を抜けられないと思い先に進もうと提案する。
庭園の先、恐らく後半部分の迷路に足を踏み入れて暫く歩くと、迷路を探索中の一般参加者の声とは思えない内容の話し声が聞こえて来た。
「女王様に見つかる前に早く薔薇を赤にしなければ…」
「ああ、バレたら命がない…」
「首を()ねられてしまう…」
大変だ、忙しい、恐ろしい、と切羽詰まったような声に首を傾げ、声のする方を覗きこむ。
覗きこんだ先には、やたら四角く白いシルエットが見える。
絵本や映画では見たことがある、トランプの兵隊が3人。
頭にはスコットランドヤードのような帽子を被り、身体は分厚く四角いトランプの着ぐるみだ。
手にはペンキが入っているような小さな缶のバケツと刷毛(はけ)を持っている。
「…あぁ、アリスか…」
ようやく迷宮庭園なるアトラクションのモチーフを理解した十夜は小さく呟いた。
思い起こせば庭園にあったお茶会の様相は三月ウサギといかれ帽子屋のお茶会を模したものだったのかもしれない。
トランプの兵たちはその呟きが聞こえたのか、くるりと振り返った。
「侵入者だ!」
「怪しい奴らだ!」
「捕まえろ!」
口々にそう言うなり、見た目に反して軽快な動きで走り寄ってくる。
刷毛を振り上げているあたり、襲い掛かってくるのかもしれない。
「やるか!」
どこまでも好戦的な様子で赤也が構えを取った。
「素手でやったらトランプが可哀相じゃない?」
確実に無傷じゃ済まなさそうだと判断したらしい瑞貴は、赤也にピンク色の例のブツを押し付ける。
「なんでコレなんだよ!?」
赤也は思わずといった様子で叫んだが、すぐ目の前に迫っていたトランプの兵たち目掛けてピンク色のバット状のモノを勢いよく振り回した。
ぱかーん!という間抜けな音をさせクリーンヒットしたソレはトランプの兵をまとめて横薙ぎに転がす。
着ぐるみの形状の都合でどうしようもないのだろう、転がされたトランプの兵たちは起き上がれないのか、ジタバタともがいている様子が実に滑稽(こっけい)だった。
「…割と使えるじゃん…」
見た目はアレだけど、と武器を片手に赤也が(ひと)()ちる。
あっさりとトランプの兵を撃退した後、何事もなかったかのように再び迷路を進んでいった。
「…アリスがモチーフだとして、ピンクのアレは一体何なんだ?」
先程の十夜の呟きを聞いていたらしい祐一が、赤也が武器として振り回したバットを指し首を傾げる。
十夜は思い当たる描写が浮かばず、祐一と一緒になって首を傾げた。
「クローケのフラミンゴでしょ?探せばたぶんハリネズミのボールもあるんじゃない?」
あっさりと言った瑞貴の言葉に、まじまじとピンク色のブツに視線を向ければ、確かに言われてみれば辛うじてフラミンゴの特徴を残しているような気がする。
「もしかして、気付いて拾ってきたのか?」
スタンプラリーの条件に、アトラクションのモチーフに沿えという条件が合ったからか?と拓海は目を瞬かせた。
庭園でモチーフがどうとか言っていたのだから、瑞貴は早々にこのアトラクションが不思議の国のアリスを題材にしたものだと気付いていたのだろう。
十夜が驚きの洞察力だと感心の目を向けた先で、瑞貴が小さく首を左右に振った。
「単に面白そうだったからだけど」
あっさりと告げられた言葉に、思い切り脱力する。
どうやらモチーフに関係なく拾得してきたらしい。
「どうせならハリネズミも探す?モチーフとしてはセットでしょ」
脱力感に(さいな)まれている十夜たちに、瑞貴は無邪気そうな可愛らしい笑顔で問いかけた。
うっかり性別を忘れて可愛らしいと思ってしまいそうになるが、こんなグロテスクな物を面白そうだという理由だけで拾ってくる無邪気な少女がいてたまるかと十夜は深く溜息をついて首を振る。
「道なりに進んで、見つけたら回収していくってコトで」
わざわざそんな妙な物を探したくないという赤也の言葉に、瑞貴以外が頷いたのは言うまでもない。
しかしこういう時に限って、ソレに遭遇してしまうのがお約束というやつだろう。
行き止まりに差し掛かったところで、明らかにボールに加工を施した刺々しい何かが転がっているのを見つけてしまった。
「…ちゃんと顔まであるんだ…」
またもや躊躇なく拾った瑞貴は、手の中でボールを(もてあそ)ぶと小さな笑みを浮かべる。
「だから、躊躇なく拾うなよ…」
呆れたような拓海の声は、言っても無駄なんだろうなという諦めが滲んでいた。
庭園で拾ってきた薔薇を持ったままハリネズミと思われるボールも手にしている瑞貴は1人楽しそうに見える。
「…見た目に違和感あるから、ソレ貸せよ…」
赤也はやれやれとため息を吐くと、瑞貴の手からハリネズミを奪い取った。
今度こそ妙な物は拾わないという言質を取って、一同は庭園の出口を目指す。
最初のアトラクションから精神的に疲れたという気持ちでゴールに辿り着けば、奇妙で大きいシルクハットを被った男性キャストが笑顔で出迎えてくれた。
「お持ちになられたアイテムはこちらで回収させていただきます。ところで何故そのアイテムを?」
スタンプラリーに関する内容なのだろう、キャストはどこまでも朗らかにそう問いかける。
「アリスがハートの女王に誘われたクローケの、フラミンゴとハリネズミ…だっけ?」
問いを向けられたのは結局最後までそれを運ぶことになった赤也だったので、彼は記憶を総動員しそう首を傾げた。
「ええ、正解です」
にこやかにキャストが告げたことで、アレは本当にフラミンゴだったのかと十夜は内心しみじみと呟く。
「これも返します」
スタンプラリーのカードの提示を求めたキャストに、瑞貴は白い薔薇の花を差し出した。
「…これを持ってくる方がおられるとは思いませんでしたが、一体何故?」
差し出された薔薇にキャストは驚いたように目を丸くし、瑞貴の方に視線を向ける。
「赤く塗らないといけないはずだから…?」
白が残っているとトランプの兵たちが処刑されても可哀相だしと瑞貴は冗談めかしてキャストに笑顔を見せた。
「よく庭園から造花を見つけられましたね…」
本気で驚いたらしいキャストの男性は感心したような目で微笑むと、十夜からカードを受け取って四角いマスにスタンプを押印する。
ウサギのシルエットのスタンプと、薔薇の花のようなスタンプが2つ押されたカードを受け取ると、キャストにそれでは良い1日を!と明るく見送られた。
次はどうしようかと皆で簡易マップに視線を落とせば、西洋エリアには他にもワルプルギスの夜、鏡の館など内容が想像出来ないアトラクションの名前が並んでいる。
そのままの流れでスタンプラリーに関係しつつ近いところからという話になったのだが、入場人数制限のために急遽大航海時代エリアへと向かうこととなった。
参加者たちは基本的に同じようなことを考えているらしく、西洋童話のエリアが1番混んでいるのだとアトラクションの午後以降の時間予約のチケットを渡してくれたキャストが教えてくれる。
橋を渡り、大航海時代を模したエリアに着いた瞬間、そこは大小様々な帆船が並ぶ波止場だった。
コバルトブルーの海に活気溢れる港町、それから海軍の怒声と海賊たちの快活な声、客引きをする女性たちの笑い声が響く。
先程までいた童話の世界と比べれば一気に現実感は増したものの、16世紀頃のカリブ海を思わせる景観にタイムトリップをしてしまったような錯覚に陥る場所だ。
「おい、そこの若者たち。見慣れない恰好だが、まさか海賊のような卑劣な生業の者ではないだろうな」
十夜たちの姿を認めるなり、かっちりとした軍服に身を包み腰には細い剣を佩いてマスケット銃を手にした数人の男性キャストが近づいてきた。
「いや、オレはどっちかっていうと正義の味方だ」
いきなり声を掛けられたことに戸惑うことなく、赤也がニカっと笑顔を見せる。
「正義の味方?軍本部の特殊部隊か何かか?」
まるで初めて聞く単語だと言わんばかりに、海軍征服の男性が首を傾げながらこの世界観に合わない服装である十夜たちをぐるりと見渡した。
「侵略や搾取しに来た悪と戦うのが仕事だな」
言葉を選びながら拓海が赤也の言葉を補う。
ついでに要人警護も生業だと付け加えるあたり、世界観に合わせて話しかけて来たキャストに一応合わせているのか、あくまで素なのかは判断に迷うところだ。
「ほう。それはいい。だったら、海軍から仕事を依頼されてみないか?」
厳しい表情の中にも面白がるような笑顔を浮かべ、海軍の男性がそう提案する。
「どんな内容だ?」
面白がる様子を隠そうともせず、赤也は身を乗り出して海軍の男性にキラキラとした瞳を向けた。
「君たちは、あの無人島に行く予定はあるかい?あるなら、そこで海賊を捕まえている我々軍に協力してもらいたいのだが」
片目を眇め、海軍の男性はニヤリとそう説明した。
「…次の目的地だな」
スタンプラリーに関する地図を広げていた祐一が、ここから最も近いアトラクションの場所を確認しそう呟く。
「いいぜ?オレたち、ちょうどあの島に行く予定だったんだ!」
任せとけと赤也は自信たっぷりに請け負う。
「それは助かる。では、これが委任状とこっちが委任を示すものだ」
海軍の男性は軍服の合わせの内側から羊皮紙のような紙を巻いた書類を1つと、何やら凝った意匠の施された手のひらサイズの勲章のようなものを赤也に手渡す。
「海賊を捕まえ、現地にいる海軍に引き渡す際にこれを見せて貰えば、それなりの報酬を用意させてもらおう」
では期待していると言いながら海軍の男性はどこまでも尊大な態度でどこかへ歩き去ってしまう。
よく見れば港町のいたるところで似たようなやり取りが見えるので、どうやらアトラクションのオマケ要素か何かなのだろうと十夜は判断した。
「何かよくわかんねーけど、海賊と戦えばいいのかな」
受け取ったものを手の中で弄びながら赤也が軽い調子で笑う。
「…受け取った以上、そうだろうな。俺を戦闘に巻き込むなよ?」
端から海賊捕縛に協力する気がないのか、祐一はやれやれと肩を竦める。
「何でだよ。せっかくだから皆でやろうぜ?」
それに不満そうに口を尖らせ赤也がそう言い返す。
「俺は一般人だ。赤也や拓海のような人外の戦闘には一切手は出せん」
せめて物陰から応援くらいはしてやると祐一はあっさり言いきった。
「俺にも無理だから期待はするなよ?」
当然のように十夜もそう言って、勝手にやれと突き放す。
「2人とも、頑張ってね」
瑞貴も海賊討伐に加わる気はないらしく、あまり感情のこもらない声で気のないエールを送っていた。
「依頼も受けてしまったし、島に渡るとしようか」
拓海に促され、アトラクションの入口へと向かう。
入場の受付を済ますと簡易な地図に方位磁石が手渡された。
他の参加者たちとまとめてボートに乗せられると、海賊なのかただの船乗りなのか判断に迷う風体のキャストが乗り込んでくる。
「本日は船長からの依頼にご参加いただきありがとうございます。これより皆様に行っていただく島は、かつてこの近海で名を馳せた海賊が根城としていた場所です。お渡しした地図を手掛かりに宝探しをしてくださいね。また、皆様の他にも財宝を狙う海賊たちやそれを追う海軍も行っていますので、くれぐれも戦闘に巻き込まれないようにご注意ください」
キャストは底抜けに明るい声でそう説明するとボートを発進させた。
最後にやや物騒な説明があった気がするが、気のせいだと思いたいと十夜は島に着く前から少しだけ疲れてしまう。
島に着くと、恐らくアトラクションをクリアしてきた参加者たちが入れ違いにボートに乗り込んでいく。
「それでは、グットラック!」
キャストの明るい声に見送られ白い砂浜に降り立てば、なるほど動きやすい服装推奨という注意があった理由がよくわかった。
元大海賊の根城という舞台設定にどこまでも忠実に作られた島は、鬱蒼と茂る森に入江、それから昔海賊たちが住んでいたであろう跡地までがリアルに再現されているようだ。
地図とコンパスを渡された理由が分かり、十夜はあまりにも精巧に作り込まれた舞台に圧倒された。
「そいじゃ、とりあえず適当に島を回ってみようぜ?」
海賊も捕まえないといけないしなと赤也はまるで水を得た魚のようにイキイキと足を踏み出す。
「…何故テーマパークで無人島探索をせねばならんのだ…」
体力に自信のない人間向きではないと祐一はぼやきながらも、赤也の後をついて歩いて行く。
「捕まえるのであれば、ロープは必要だろうな。現地調達か?」
地図を片手に拓海が首を傾げている。
恐らくそんな物があるとすれば元居住地現廃墟だろうなと独り言ちた。
「じゃあ最短で廃墟目指すか。一応聞くけど、十夜、体力に自信は?」
拓海の手元の地図を覗き込みながら道を考えるような表情を浮かべていた赤也だったが、十夜を振り返ってニヤリと笑みを浮かべる。
「ふん、馬鹿にするなよ?貴様らのような体力馬鹿と一緒にされても困るが、演奏家は長時間の演奏に耐えるために体力面は鍛えてあるものだ」
「そりゃ頼もしい!それじゃ、行こうぜ」
自信たっぷりに言い切った十夜に、赤也は満足そうに笑うと友人たちを先導して歩き出す。
迷いのない足取りで鬱蒼とした森の中に足を踏み入れていく赤也の後を追って歩けば、ここがテーマパークのアトラクションだということを忘れてしまうくらい本物の森だった。
足場の悪い道を物ともせずに進む赤也の野生児ぶりに呆れながら十夜はふと他の友人たちは大丈夫かと心配になる。
赤也と同じレベルの身体能力を誇る拓海は放っておいても問題がないとして、最初から体力面においても身体能力においても自信がないと申告している祐一や、申告するまでもなく普段から薬の世話になっている瑞貴にはこのアトラクションははっきりいって不向きだろう。
チラリと視線を向ければ、祐一は不安定な足元に注意を払いながらも別段消耗している様子はなかったので安心する。
瑞貴はと言えば、何に興味を惹かれているのかはわからないが、時折足を止めて茂みの中を覗いたり足元の花に視線を向けてみたりと実に自由だったので、まだ放っておいても大丈夫だろう。
森を抜けると、そこには昔は集落だったのだろうと思わせる平屋建ての建物のなれの果てがいくつも立ち並んでいた。
どれも見事に壊れ朽ちかけていて、放棄されてからの時間の長さを物語っているようだ。
どこかからカタカタと木が触れ合う音が聞こえてくる。
「ロープと、あとは宝探し用の灯りが欲しいところか」
家屋だった建物群を眺め、拓海が小さく首を傾げた。
「片っ端から見て回るか」
どこまでも楽しそうに赤也が言うと、1番手近にあった建物の扉を大きく開く。
中を覗きこんで、ないなぁと暢気に呟いていた。
幾つめかの建物の中を覗き込んだ時、近くで銃声のような音が響く。
何だろうかと首を傾げれば、森の中から海賊風の襤褸(ぼろ)を身に纏った髭面の男たちが3人走り込んできた。
「へっ海軍の腰抜け共、何でも派手に銃を撃てば勝てると思ってやがる」
そうあざ笑うように言った髭面の男は、手の中で港町の海軍の男が佩いていたのと同じ造りの細剣を弄ぶ。
恐らく彼がリーダーなのだろう、海賊映画のキャプテンが被っているようなつば広の帽子を被っている。
「海賊かっ!?」
3人を見て、赤也が喜色を浮かべて声をあげた。
「あん?何だ?ここはガキが来るような場所じゃないぜ?」
声を掛けなければ恐らく通り過ぎてくれただろう海賊は、赤也の声に面白がるような目でニヤニヤと笑う。
「オレたちは海軍から依頼を受けてオマエらを捕まえに来たんだぜ?」
さぁ、覚悟してもらおうかと赤也は今にも戦闘を始めそうな雰囲気だ。
「ほぉ。威勢のいいガキだな!いいだろう、野郎ども、やっちまえ!」
海賊の男がそう吠えるなり、おうと応える声がそこら中から上がる。
驚く間もなく、四方八方から海賊風の風体の男たちが一気に雪崩れ込んできた。
「そうこなくっちゃ!」
赤也は相変わらず楽しそうで、恐らく既に周囲のことは見えていないだろう。
「この人数相手に赤也1人はさすがにな」
言葉では渋々といった様子を装っているようだが、楽しそうな笑みを浮かべている拓海も赤也同様やり合う気満々のようだ。
ポイっと放り投げられたコンパスと地図を、祐一が慌ててキャッチする。
「じゃ、下がってろよ?」
くるりと友人たちを振り返り、赤也がニヤリと笑った。
奇しくも十夜たちの背後は後ろから襲われそうにない背の高い塀。
言われるままに十夜と祐一は数歩後ろに下がり、自分たちは無関係だとでも言うように顔を見合わせる。
端から戦闘に参加する気はないはずの瑞貴は、興味深そうな様子で赤也と拓海に対峙する海賊たちを眺めていた。
「馬鹿か、貴様は」
巻き込まれるぞと十夜は危機感の足りていない様子の瑞貴を強引に自分たちの側へ引き寄せる。
「先手必勝っ!」
叫んで飛び出した赤也は、目の前にいたまだ若い海賊をあっさり打ち倒すと、身体のバネを利用して身を翻し2人目に肉薄した。
「海軍からの依頼という大義名分があるからな」
拓海は落ち着いた様子ながらもゆっくりと海賊との距離を詰め、間合いに入った途端に畳み掛けるように攻撃を見舞う。
ちぎっては投げというような様子で片っ端から大人数の海賊たちと乱闘していく友人を見て、十夜は改めてこの2人は強いんだなという感想を抱いた。
赤也と拓海の実力を目の当たりにした海賊たちは、驚いたように目配せを交わすと、急に統制のとれた動きに変わる。
人数に物を言わせての波状攻撃だ。
それでも赤也と拓海の快進撃は続く。
1人目の正拳突きを叩き落とし、2人目の回し蹴りをかい潜り、3人目の手刀は捌きと言った様子で、次々に攻撃を躱していた。
赤也と拓海は20人を超す海賊たち相手に大立ち回りをしていながらも、その表情にはまだ余裕がありそうに見える。
「やるじゃねぇか」
リーダー格の男はどこまでも面白そうに言うと、口元に手を当てピィっと高く響く口笛を吹く。
その次の瞬間、海賊たちの数がまた増えた。
しかも今度は鉄球のようなものを振り回していたり、抜き身の曲刀を持っていたりと戦闘部隊と思しき集団が10人程やってきたのだから驚きだ。
「おい、てめーら。オレたちゃ海賊だぜ?」
正攻法で戦ってんじゃねぇとリーダーが言えば、赤也と拓海に向かっていた人数の半分ほどが距離を取る。
入れ替わるように武器を手にした戦闘部隊が2人に向かっていった。
では、距離を取った下っ端たちがどこに向かったのかといえば、手に汗握る戦闘を傍観に徹している十夜たちの方である。
「そっちのガキどもは縛り上げて人質にでもしちまえ」
リーダー格の男はそう言うと、手近な男に海軍仕様の細剣を放り投げる。
「アイアイサー」
細剣を受け取った男はニヤっと笑うと、細剣を手に近づいてきた。
「…やはりこうなるか…」
最初から完全に戦う気はないらしい祐一は、やれやれと両手を軽く上げる。
何もせずに降参というわけだ。
「そっちの子、男の子?女の子?高く売れそうだねぇ」
こういう場面でのセオリー通り、海賊の1人が瑞貴に視線を向けて小さく口笛を吹いた。
「うっわ、人質とか何卑怯なコトしてんだよっ!」
先程までよりも苦戦を強いられる戦闘の合間、赤也が友人たちの方を見て叫ぶ。
「卑怯じゃない海賊などいると思うのか?」
赤也の声に嘲りを浮かべた笑みで応えたのは、当然ながらリーダー格の海賊である。
じりじりと近づいてくる海賊たちから友人を庇うように十夜は1歩前に出ると、出来る限り傲慢に見下すように睨み付けた。
「へぇ?割と健気じゃん?」
一緒になって戦っていない時点で十夜には赤也たちのような戦闘力はないと見抜いているのだろう、細剣を手に近づいてきた海賊は愉快そうに笑って鞘ごと十夜に細剣を向ける。
冷静に考えれば所詮ただのアトラクションなので本当に痛い思いをすることはないと思い至ったのかもしれないが、この時の十夜は完全に非日常の世界に呑まれ切っていてそんな思考は持ち合わせていなかった。
「この2人には手を出すな」
この台詞が自分の口から自然と飛び出したことに驚きながら、十夜は対峙する相手を睨む。
「いいねぇ、そういうの、そそるよ」
そう言うと、海賊がスラリと細剣を抜いた。
腰にも曲刀を佩いているというのにわざわざそれを抜いて見せた意図はわからないが、細い切っ先を突き付けられると条件反射で身が竦む。
ヒュっと風を切る音を立て、細剣が振り上げられる。
振り下ろされる瞬間、十夜は反射的に目を閉じた。
叩きつけられる感触の代わりに、カランという乾いた音が聞こえて恐る恐る目を開ける。
「…な…」
何が起こったのかは分からないが、いつの間にか十夜と海賊の間に割って入るようにして瑞貴が立ってた。
十夜に背を向けているのでどんな表情をしているのかはわからないが、間違いなく無傷だろう。
「十夜、悪いけどコレちょっと持ってて。邪魔だから」
瑞貴はくるりと振り返り、被っていた帽子と眼鏡を外すと十夜に押し付ける。
「おい、危ないだろ!」
反射的に受け取りながらも、十夜は下がれと瑞貴に怒鳴った。
「…赤也も拓海も…もう少し考えて行動してくれたらいいのに…」
緊迫感の欠片もない様子で呟くと、瑞貴は1歩前に足を踏み出す。
手を伸ばして引き留めようとした十夜だったが、後ろから肩を叩かれて振り返れば祐一がため息交じりに首を振った。
どうやら止めるなということらしい。
「ほぅ…」
ニヤリと笑みを浮かべた海賊は、地に落ちた細剣を拾うでなく腰の曲刀を抜く。
そのまま、迷いのない様子で瑞貴に向かって振り下ろした。
予想される事態に十夜は声にならない悲鳴を上げたが、そんな十夜の心境を他所に瑞貴は振り下ろされた直線的な攻撃を何でもないように避けてみせる。
続く横薙ぎの攻撃には、軸をずらすように斜めに足を引くだけの動作で避け、ついでとばかりに落ちていた細剣を拾い上げた。
「…赤也も拓海も、早く片付けてよね?」
並み居る海賊たちのうち、半数以上を再起不能にした友人たちに視線を向け、瑞貴は軽い口調で小さく笑う。
「ああ、すぐに片付けよう」
その声に、拓海は1人を地に叩き落としながら応じた。
「ちょっとだけ待ってろよ」
近くにいた海賊を思い切り蹴り飛ばし、赤也がそう返す。
十夜がチラリと視線を向ければ、10人以上いた海賊たちの大半は地に転がっており、残っているのは武器を手にした精鋭部隊と思しき数人だけだ。
「よそ見は感心しねーな、嬢ちゃん」
その言葉と共に再び曲刀を振り上げ、海賊は佇んでいるようにしか見えない瑞貴に向かって振り下ろす。
「…見えてるから、別に」
振り下ろされた切っ先を躱し、瑞貴は拾い上げた細剣を軽く持ち上げる。
海賊が体制を整え再び攻撃に転じようとした次の瞬間、海賊の首元に細剣の切っ先が突き付けられた。
「…な…」
ピタリと急所に添えられたまま揺らぎもしない切っ先に、海賊は完全に動きを止める。
中途半端な位置で動きを止めたせいで、曲刀が不恰好に構えられていた。
瑞貴は切っ先を1ミリも移動させずに少しだけ身体の位置を変えたかと思えば、次の瞬間海賊の首元に突き付けられた細剣の切っ先が消え、ほぼ同時に海賊の手から曲刀が転がり落ちる。
目の前で見た光景が信じられず、十夜はつい隣の祐一を仰いだ。
「…よもやそんな芸当まで出来たとはな…」
感心しているのか呆れているのかわからない様子で祐一がしみじみと呟く。
逆上したのか、海賊が素手で殴りかかろうとすれば、再び急所に細剣が向けられた。
「ほい、瑞貴、おつかれさん」
動きを止めるしかない海賊に苦笑しつつ、赤也が近づいてくると瑞貴に向けて笑顔を向ける。
その姿を認めるなり、瑞貴は無言で細剣を降ろすとそのまま興味無さそうに地面に放り捨てた。
「んじゃ第2ラウンドと行きますか!」
楽しそうな赤也の声に十夜が周囲を見渡せば、残っているのは人質を取るために十夜たちの方に向かってきた下っ端連中とリーダー格の海賊だけしか残っていない。
他の海賊たちは全員再起不能という様子で地に転がっていて、残っているリーダー格の海賊は拓海が対峙していた。
瑞貴は何事もなかったかのように十夜たちの元へ戻ってくると、ただいまと呟く。
「…お、おかえり…」
他に言いようもなく十夜は表情を引き攣らせてそう言うと、預かっていた帽子や眼鏡を渡す。
「ありがとう」
受け取った瑞貴は微かな笑みを浮かべると、再び帽子を目深に被った。
「そういえば、眼鏡なくて見えたのか…?」
ふと素朴な疑問が浮かび、十夜は瑞貴の手の中の眼鏡を指す。
これ?と不思議そうに首を傾げる瑞貴に頷いて見せれば、かけてみてと眼鏡を渡された。
意味が分からないまま目の前にかざし、十夜は瞠目する。
「度、入ってない…?」
「別になくても見えるよ。かけてないと子供に見られるからかけてるだけで」
度の入っていない眼鏡を十夜から受け取り普段通りにかけ直すと、瑞貴は小さく笑って見せた。
「よっしゃ!終わりっと!」
後は海軍に引き渡すだけだと赤也の明るい声が廃墟に反響する。
「で、どうやって引き渡すんだ?」
リーダー格の男を地に伏せ、軽くを払いながら拓海は友人たちの方へ向かってきた。
「そうなんだよなぁ…」
どうしようかと赤也は首を傾げる。
そんな彼らの耳に、ガチャガチャと金属がぶつかり合う音が聞こえた。
「こっちです、上官殿。海賊たちは廃墟の方に逃げました」
民間人を人質に取っているかもしれませんという切羽詰まった若い男の声が聞こえてくる。
普通に考えたならば人数差もある海賊たちとの戦闘に、一介の市民が勝てるはずもないのが道理だ。
恐らくは民間人として捕まってしまった場合には、駆け付けた海軍によって解放されるというシナリオなのだろう。
ようやくコレがただのアトラクションであるということを思い出した十夜は近づいてくる足音にそう納得した。
「…な…何が…」
茂みの中から姿を見せた海軍数人は、視界が開けるなり目の前に広がった惨状に驚愕の表情を浮かべる。
「あ、ちょうど良かった!」
オレたち、港で海軍から依頼されて来たんだぜと明るく言いながら、赤也が委任状やら勲章のようなものを取り出して彼らに向けた。
「…つまり、諸君らが海賊を…?」
そう呻くように言った海軍将校は、委任状やらとそこら中に転がる海賊たちを交互に見て目を丸くする。
「退治しろって言われたからさ」
「正確には捕まえるのに協力だ」
カラリと笑う赤也に、いつものように十夜が訂正を入れた。
「…そ、それは…ご協力、感謝する…。これを港町に駐在している海軍本部に渡せば、褒賞が貰えるだろう」
完全に引きながらも海軍将校は職務に忠実にそう言うと、赤也から委任状と勲章を受け取り、代わりに別の羊皮紙を巻いた書類を手渡す。
「じゃ今度は財宝探さないとな!」
受け取った書類をポケットに突っ込むと、赤也は楽しそうな様子で友人たちを振り返る。
「少し全景を知りたいところだな」
赤也の言葉に、拓海は地図を片手に思案気な表情を浮かべた。
つい先ほどあれだけの大立ち回りを演じたというのに、既にその余韻すらない2人に十夜は改めて感心する。
余韻すら残さないということは、あの程度はあの2人とって朝飯前だということだろう。
「ちょっと見てくるから、十夜と祐一は灯りになりそうな物でも探しておいてくれ」
拓海はそう言って十夜たちを振り返る。
その中に瑞貴の名前が含まれていないことに十夜が訝しむような視線を向ければ、拓海が瑞貴を手招いた。
手招かれるままに瑞貴が近づいて行けば、拓海は地図を指して赤也と瑞貴それぞれに方向を示す。
赤也は了解と明るく笑って鬱蒼と茂る森の中へと飛び込んでいった。
拓海もそれに続くようにどこかへと駆けて行ってしまい、残された瑞貴は他の2人とは対照的に廃墟から開けて見える方へと歩いて行く。
高低差の関係ですぐに姿を見失ったが、1人で行かせても大丈夫なのかと十夜は首を傾げて残された祐一に問いかけた。
「大丈夫だ、問題ない」
祐一からあっさりと返された言葉に、十夜は驚きを露わにしてしまう。
先程の立ち回りは確かに驚いたが、赤也や拓海と違って激しく動き回ったわけでもなければ海賊たち相手に直接的な攻撃を仕掛けたわけでもない。
ピタリと切っ先を添えた腕と思い切りの良さには驚いたものの、どうしても普段の印象のせいで白昼夢でも見た気になってしまう。
「瑞貴はあの赤也と拓海の一騎打ちを止められる猛獣使いだからな」
心配しなくとも並大抵の身体能力ではないと祐一は重ねるようにして説明した。
「…あれだけ薬の世話になっておいてか…?」
祐一の説明に小さからぬ違和感を覚え、十夜は眉根を寄せる。
「体育の授業に出られない何かの制約はあるやもしれんが、身体能力そのものは決して低くないぞ」
むしろ高すぎるくらいだと祐一は笑顔で言うと、未だ納得のいかない様子の十夜を置いて廃墟の家屋を回り始た。
灯りを探しておけと言われたため、戻ってくるまでに探すつもりなのだろう。
説明を受けても納得のいかない十夜だったが、諦めて灯りになるものを探すべく家屋に向かう。
3軒ほど回ったところで、電池式のランタンを見つけた。
しばらく待てば、方々に散っていた友人たちも戻ってくる。
拓海が入江の方に洞窟らしきものがあったと言ったため、それを目指した。
目的の場所に辿り着けば、緩やかな波が打ち寄せる水際に確かに洞窟が存在している。
「宝物が洞窟の中というのは、セオリー通り過ぎないか?」
そんな安易なと十夜が口にすれば、洞窟の入口に向かう友人たちが足を止める。
「実は満潮の時は入れない、という設定とかどうだ?」
それなら宝を隠すにはうってつけだろうと拓海が軽く笑う。
「違ったら他の場所探せばいいじゃん」
深く考える様子もなく、赤也はさっさと洞窟へと入って行った。
仕方なく後を追えば、洞窟の中は見た目のゴツゴツとした印象とは異なり、中は割と緩やかで平坦に出来ている。
アトラクションという性質上、うっかり転んでも怪我をしないように配慮されているらしい。
暫く進むと入口からの光は届かなくなり、発光苔でも生えているのかキラキラとした幻想的な光景が広がった。
綺麗ではあるが散策には少々不向きな暗さなので十夜は迷わずランタンを灯す。
奥へ奥へと進んでいけば、不意にランタンの光を反射する眩い光景にぶち当たる。
高く積み上げられた金貨、色とりどり宝石、突き立てられた宝剣。
海賊の隠し財宝に相応しい黄金色とその周囲に並ぶ木製の赤茶けた宝箱。
その中に埋もれるようにして座っている骸骨は、宝冠や大きな首飾りなどの装飾品で飾り立てられている。
「…財宝って、ドレ持って行けばいいんだ?」
首を傾げる赤也の言葉通り、袋小路となったその場所には溢れんばかりの金銀財宝が並んでいた。
「海賊の隠し財宝と言えば、罠が張り巡らされているものだが…」
祐一のその言葉が終わる前に、瑞貴が手近な宝箱に手をかける。
「また貴様は何も考えずにっ!」
少しは躊躇しろと叫ぶ十夜だったが、その時には既に遅かったらしい。
ごとり、と重い音がしたかと思えば、勢いよく蓋が開き中からみょんという間抜けな効果音と共に何かが飛び出してくる。
それは子供の落書きのような人形で、左右に揺れ動く人形にはご丁寧にハズレと書かれた紙が貼ってあった。
バネの力で宝箱ごと左右に跳ねるその仕組みは、まるで人を小馬鹿にしているようで実に不愉快だ。
ひとしきり跳ねまわった後、人形は自動的に宝箱の中に収納され、箱の蓋も勝手に閉まる。
蓋が閉まって元の場所に落ち着いた宝箱を見て、瑞貴は小さく首を傾げると再び手を伸ばそうとした。
「だから、止めろと言ってるだろうが!」
その手を無理やり掴み、十夜は子供かと怒鳴りつける。
「もう少し警戒心というものを身に着けようぜ…?」
呆れているのか面白がっているのか、赤也が苦笑していた。
「お前、護衛泣かせだよな、本当に…」
妙な実感を込め、拓海がしみじみと呟く。
見た目は思わず守ってやりたくなるような外見なのに、どうしてこうも残念な行動をするのかと深く溜息をついている辺り、どうやら十夜の知らない苦労があるらしい。
「…アトラクションにそんな危険があるわけないじゃない…」
瑞貴は友人たちの言い様に不思議そうに首を傾げて見せると、後先考えない行動の理由を呟いた。
確かにその通りなのだが、瑞貴の外見でやられるとどことなく心臓に負担がかかる気がする。
「…俺たちの精神衛生のために大人しくしていてくれ」
懇願するように言った祐一の言葉に、瑞貴は苦笑を浮かべると了解と頷いた。
これでようやく安心できるという空気が彼らを包む。
言質をとっておかなければ、恐らく片っ端から罠と解る物に手を伸ばしかねない。
「…現実的に持って行けそうな物は、金貨くらいか?」
財宝を眺め、拓海が首を捻る。
確かに地面に刺さっている宝剣や骸骨が身に着けている装飾品は論外だろう。
「試しに拾ってみる?」
言質を取っていなければ確実に無言で行動に移したであろう瑞貴が巨大な宝箱や樽から溢れている金貨を指した。
「オマエはやんなよ」
即座にそう言うと、赤也が財宝群に近づいて試しとばかりに金貨を1枚手に取る。
その拍子にうっかり骸骨に触れてしまったらしく、ガシャンと硬質な音が響いて何かが頭上から降ってきた。
「やっぱ罠だよなぁ…」
天井から降ってきたのは、簡易な鉄格子。
赤也は軽く笑うと、さてどうしようかと首を傾げて見せる。
金貨は手に取れたようなので、後はどうやってこの格子を抜けるかだ。
「…これ、鉄ではないな」
格子越しに近づいた拓海が間を隔てている格子に手を触れ、その材質を確かめたようだ。
ウレタンだという笑みを含んだ声に、そりゃ本物の鉄格子が降ってくるワケないわなと赤也も笑う。
ぐいっと強引に格子を持ち上げてみれば、あっさりと通れそうな隙間が空いた。
恐らくこれでこのアトラクションはクリア出来るだろうと最初にボートを下りた場所を目指す。
来た道と全然違う道を行けば、廃墟や鬱蒼とした森を抜けることのない平坦で眺めのいい道が続いていた。
どうせなら最初からこのルートを歩けば良かったのにと思いながら進めば、すぐに砂浜に辿り着く。
船乗り風の青年キャストに出迎えられ、金貨を渡せばスタンプラリーのカードの提示を求められた。
押されたスタンプは海賊旗でよく見かける、髑髏(どくろ)マーク。
港町の船着場に戻ると、見送ってくれた船乗り風の青年キャストが海軍からの依頼をこなされた方は、向かって右手にある海軍本部へお越しくださいと朗らかに笑う。
海軍本部へ足を踏み入れ、赤也が島で受け取った書類を渡すなり大仰に驚かれ、まさか本当に海賊を捕まえられる一般市民がいようとはと呻かれてしまった。
褒賞は、驚きのテーマパーク内専用金券なんと5000円分で、あまりの豪気さにそれとなく尋ねてみたところ、今まで誰も海賊に勝てた一般市民がいなかったために報酬を釣り上げたのだと説明される。
「んじゃ、ちょうどいいしコレで昼飯と行こうぜ」
テーマパーク内専用の金券なので、外に持ち出しても何の価値もない。
海軍本部を出るなり笑顔で提案した赤也の言葉に、十夜たちは頷いた。
エリア毎に飲食店の種類も違うとテーマパーク内の地図に説明があったので、どこにするかと説明を眺め、大航海時代エリア内の比較的近い場所にあるレストランを選択する。
何かのアトラクションに併設されているらしいそのレストランの中は薄暗く、昔のガス灯を模したランプが高い天井から下がっていた。
雰囲気は、夜のガーデンパーティといったところだろう。
静かに聞こえる水音や虫の音が、ここが屋内で外はまだ明るい昼間であるということを忘れさせてくれる。
店内を照らす灯りは一定の間隔で微かに明滅しているので、本物の火に照らされているような気持ちにさせるが、テーブルの上の照明も同じような仕掛けのライトなのですぐにただの電球だと知れた。
外観はカジュアルな雰囲気ではあったが、店内の落ち着いた佇まいと夜の演出に似つかわしいメニューが並んでいる。
ジャンルはカジュアルフレンチといったところだろう、フルコースほどの堅苦しさはないが最低限のテーブルマナーくらいは欲しいところだ。
もっとも、薄暗い店内では周囲の客から隔離されているように感じるため、さほど気にする必要もないだろう。
若者向けにビュッフェに近いスタイルで大皿提供も出来ると書かれているので割と敷居は低い方だった。
遅めの昼食を摂り終え、店を出ればあまりの眩しさに思わず顔を顰めたほどで、いきなり夜から真夏の昼間に放り出されたようなものなのだから仕方ないだろう。
「さて、これからどうする?」
問いかけたのは祐一で、どうするとは帰るかということではなく、何をするかということ。
まだ昼間の明るい時間、遊び盛りの高校生に帰宅すると言う選択肢は存在しない。
しかも今日は夏休みの初日、多少羽目を外して遊んだとしても誰も咎めたりはしないだろう。
「待ち合わせ時間でも決めて、少し自由行動でもするか?」
希望があれば聞くぞと拓海が友人たちを見渡す。
「その前に、そろそろ入場可能な時間じゃないのか?」
西洋の童話のエリアで受け取った予約のチケットの時間を思い出し、十夜が首を傾げる。
「予約というと、ワルプルギスの夜とかいうアトラクションだったか」
そういえばそんな物もあったと拓海が思い出したように頷いた。
「…そのアトラクション、4人で行ってね」
名称を聴いた途端、瑞貴が困ったような何とも言えない表情でそう言う。
基本的には付き合いが良いはずなのに、はっきりと拒否と言うのは珍しいと十夜は意外さに視線を向ける。
「どんなアトラクションか知ってるのか?」
内容も知らないのによくわからない名称だけで行かないと言った瑞貴に、赤也が不思議そうな目を向けた。
「知らないけど、その単語から連想出来るキーワードからして、行きたくない」
瑞貴はそう言って上目づかいに赤也を睨むように見上げる。
ギロチン、生首、巨大な篝火に魔女のサバト、果ては死者を囲い込むもの。
そのまま羅列された名称に、声が届く範囲にいた友人たちは顔を顰めた。
「…何だ、その物騒な単語の山は…」
そこから連想出来るのは西洋風のお化け屋敷ぐらいではなかろうかと祐一が呻く。
「ベルオリーズ幻想交響曲の5楽章か…」
十夜はキーワードに思い当たる節があったので、記憶を辿れば確かに物騒な答えに辿り着いた。
ベルオリーズ作曲による幻想交響曲、第5楽章。
ワルプルギスの夜の夢の前章にギロチンで切り落とされた主人公の首を掲げ、踊り狂う魔物たちの姿が描写されているのを思い出す。
それだけを想えば、確かにそんなアトラクションに赴きたいとは思わない。
「瑞貴はまぁ仕方ないとして、せっかくだから見に行こうぜ?もうさ、最終集合は18時頃にあの城の辺りで!」
それぞれ行きたい場所行きたくない場所があるだろうと赤也はぐるりと周囲を見渡し、テーマパークのシンボルとも言える湖上の城を指した。
「それは構わないが…」
そんな行き当たりばったりでいいのかと十夜が問えば、みんなで何かしたいと思えばメールなり電話なりすればいいと言われ納得する。
「じゃ、十夜はオレと一緒にコレ行こうぜ?他はどうする?」
赤也はワルプルギスの夜の予約チケットを十夜から取り上げると、笑顔でそう言った。
どうやら既に十夜がそれにつき合わされるのは規定事項として処理されてしまっているようだ。
「俺は行くとしよう。十夜だけで赤也の暴走が止まるとは思えん」
小さく挙手をした祐一がそう言って、ニヤリと笑みを浮かべる。
西洋のお化け屋敷も興味深いしなと笑う様子は、もしやオカルト好きなのだろうかと勘繰ってしまう程楽しそうな笑顔だった。
「じゃあ俺は瑞貴の保護者でもしてるかな。あの外見で野放しにしたら、目も当てられないことになりそうだ」
具体的に男性からの無駄なナンパが後を絶たなさそうだから、と拓海が苦笑する。
その言葉に十夜はうっかりその通りかもしれないと思ってしまって慌てて思考を切り替えた。
「保護者とか…要らないんだけど」
子供じゃないんだからと少しだけ不満げな様子で瑞貴が拓海を見上げる。
表情は拗ねた子供のソレだが、瞳は笑っているので恐らくわざとそういう表情を作っているのだろう。
「ついでに待ち合わせ時間忘れて寝てそうだからな、お前」
割と実感のこもった声で拓海が苦笑する。
その言葉に赤也も頷いているので、もしかすると過去に実際そういう出来事があったのかもしれない。
瑞貴は携帯で呼び出せばいいとあっさり笑ったが、その点の信用はないようで赤也と拓海の2人に却下と言われていた。
結局、十夜は赤也に引きずられるようにしてワルプルギスの夜という名称のアトラクションに連れていかれ、一緒についてきた祐一と3人でそのアトラクションに挑戦することとなる。
といっても、ライド系のアトラクションで、凝った演出の、本当に西洋お化け屋敷というような内容だったので挑戦という気にはあまりならなかった。
アトラクションの乗り場までの道のりは西洋の古い城の回廊のような場所で、左右に一切の扉がない代わりに女性の肖像画が並んでいる。
美しい女性たちではあったが、歴史の教科書で見た恐らく14世紀頃の欧州のドレスのような衣装に身を包んでいて、胸元が広く開いているせいで目のやり場に困るような肖像画だったのだが、どういう仕組みなのか肖像画は回廊を歩く参加者たちを追って顔の向きや視線を変え、時には表情すら変える。
まるで生きているような肖像画に気を取られている間に、どんどん薄暗くなり、次第に回廊は足元を照らす光を残すのみとなったところでようやくライドに乗せられた。
そこからの光景は、幻想的で美しく現実味がない世界。
そして同時に残酷で生々しい、黒と赤の世界だった。
普段の日常を全く連想せずに済む、西洋風の墓場に廃墟、焼かれる山、火刑に処される魔女のシルエット、そして何度も何度も振り下ろされるギロチンの刃。
美しく幻想的な光景の中に浮かび上がるそれは非現実的で見惚れるような出来栄えだったが、冷静に考えたらかなり残酷で残虐な内容であった。
現実の世界に戻る時、ライドから降りてアトラクションの出口へ向かう時には甘やかな声でここからが現実、先ほどの光景はあくまで夢物語に過ぎないと語られ、努々(ゆめゆめ)それを忘れないようにと耳元で囁かれたように錯覚した声はしばらく記憶に残り続けるだろう。
そのアトラクションを出たところで十夜は友人たちと別れ、1人でテーマパークの散策を始めた。
煩わしいとか鬱陶しいと思ったわけではない。
ただ、この非現実的な空間を少しだけ1人で歩いてみたいという感傷的な気持ちになっただけだ。
全員が揃う必要があれば連絡をと言ってあるし、自分が誰かと行動を共にしたくなれば連絡をすればいい。
その絶妙な距離感が十夜には心地よかった。
時間を潰している最中、待ち合わせまであと1時間と少しあるとポケットから引き出した懐中時計で確認した十夜は先に待ち合わせ場所の下見だけでもしようと湖上の城へ向かう。
向かった先では、ちょうど城の入口にあたるところの跳ね橋を渡っていく人がたくさん見えた。
どうやらアトラクション参加者のようで、まだ若干名参加出来ますよとにこやかに笑顔を振りまいている女性キャストの姿も見える。
その衣装は時代考証のはっきりしない童話の中から抜け出してきたようなファンタジー世界を思わせるドレスで、裾は完全に地に着いているというのに軽やかい歩く姿に思わず目がいった。
キャストの方も十夜の視線に気づいたのか、にっこりと笑みを浮かべて手招きされる。
呼ばれるままに着いて行けば、そこはどうやらアトラクションの開始地点らしい。
参加するつもりは特になかったが、時間が空いているのも事実だったし、湖畔に佇むような城の中を見てみたいという気持ちもあったので十夜はそのままアトラクションの開始を待った。
外界から遮断され、光源は分厚いガラス窓から差し込む柔らかな光のみ。
そんな城内は少しだけ薄暗く、重厚な造りが一層引き立つように思える。
他の参加者に倣い、人波に流されるままに辿り着いた場所は謁見の間を思わせる大きな広間だった。
謁見室の奥にある玉座には国王、その隣には王妃、そして傍らには赤子を寝かしつける豪奢な揺り籠。
そして並み居る貴族や重鎮たちの姿があり、場違いな程明るく可憐な妖精のような衣装に身を包んだ少女たちが12人と、漆黒のローブに身を包んだ恐らく女性が1人。
何が始まるのかと見守っていた十夜たち参加者の前に、妖精のような衣装の少女が1人躍り出てくると、優雅にふわりとお辞儀をした。
「昔々、あるところに子どもをほしがっている国王夫妻がいました。ようやく女の子を授かり、祝宴を開きます。その宴には一人を除き、国中の十二人の魔法使いが呼ばれました。魔法使いは一人ずつ、王女に魔法を用いた贈り物をしますが、宴の途中に一人だけ呼ばれなかった十三人目の魔法使いが現れて王女に死の呪いをかけます。ですがまだ魔法をかけていなかった十二人目の魔法使いがこれを修正し、眠りにつくという呪いに変えました」
そう、それが私ですと手に持ったステッキを振って謁見の間の奥を示し微笑みを浮かべる。
妖精のような女性キャストは簡単にアトラクションの説明をすると、ステッキで隣接された部屋に続く扉を示す。
彼女が扉を示せば、ギギギと重い音を立て扉が自動的に開く。
「それでは皆様、どうか素敵な物語を」
ふわりとお辞儀をしたキャストはまるで参加者を先導するように隣の部屋へと音も立てずに歩いて行った。
物語のヒントがあると言われた場所が扉の向こうにあるのだがら、当然全員がぞろぞろとその後を追っていく。
十夜は単純に人ごみを嫌い、人の波が途切れるのを広間で待っていた。
それにヒントなど今更貰わなくとも、導入部分の説明だけで何の物語なのか検討はついている。
眠りの森の美女、いばら姫の名で知られる物語だ。
様々な恩恵を授かり、誰よりも愛らしく育った姫君が16歳になるその日、糸車の(つむ)に触れてしまったために呪いが成就して茨に覆われた城の中で長い眠りにつくという話。
明るく可愛らしい姫君は誰からも愛され、また彼女を愛した人々に安らぎや癒しを与える笑顔を振りまいた。
森にすむ動物たちにも愛され、何の憂いもなく純真無垢なまま育ったその少女は、それ故に過酷な運命に曝されることになったのかもしれない。
物語を思い浮かべていた十夜はふっと小さな笑みを浮かべた。
扉の向こうに参加者たちが吸い込まれていき、思考を切り替えそろそろ移動するかと小さく溜息をついた時、反対側の扉がキィと小さな音を立てたのが聞こえる。
「…何だ…?」
音がしなければそんな場所に小さな扉があることに気付きもしなかっただろうというくらい、目立たない暗がりにその扉はあった。
十夜は軽く首を傾げながら扉の前に立つが、別に変わったところは何もない。
取っ手もない扉なので、ただの飾りだろうと思い、手を伸ばして軽く押してみれば、扉は抵抗なくあっさりと開いてしまった。
訝しみながら扉の向こうに足を踏み出せば、浅く絨毯が沈む感触が返ってくる。
ふわりと舞った埃に、ここは本来立ち入り禁止か関係者専用の場所だろうと十夜が身を引こうと扉に手をかければ視界の端を何かがちらついた。
視線を向ければ、裾を引くほど長い淡いラベンダー色のドレスを身に纏い、頭からすっぽりとオーガンジーのショールを被った少女の後ろ姿が見える。
何故こんな場所にと目を瞬かせたが、十夜はすぐにキャストなのかもしれないと思い直した。
十夜がそこにいるのに気付いたのか、少女が軽く振り返る。
目元まで覆うショールのせいで顔はよくわからないが、物語の姫君を思い起こさせる印象そのままの少女がそこに存在していた。
ショールから覗く薄紅色の唇が可憐な笑みを形作る。
可愛らしい印象が強いのに儚げに見えるのは、纏っている衣装の色彩が薄く、消え入りそうだと錯覚してしまうからかもしれない。
胸元でショールを押さえていた手をそっと上げ、少女は小さく十夜を手招くとそのまま回廊の曲がり角を曲がって歩き去って行った。
幻か何かだったのかもしれないと思うような出来事に、十夜は何度か目を瞬かせたあとゆっくりと少女の後ろ姿を追いかける。
追いついて捕まえてしまった瞬間に溶けて消えてしまいそうで、一定の距離を保ち続けながら十夜はその足取りを追った。
回廊を抜け、螺旋階段を登り辿り着いた先には1枚の扉。
少女は扉をそっと押し開けると、その向こう側に姿を消していった。
完全に少女が扉の向こうへ消え視界から姿を消すと、十夜は慌ててその後を追いかけて扉を開ける。
扉の向こうは、尖塔の途中にあるバルコニーのような場所だった。
行き止まりなのに、そこに少女の姿はない。
急に眩しくなった視界に軽く目を眇め、改めて少女の所在を確認しようとした瞬間、わっと沸いた歓声が耳に飛び込んでくる。
視線を巡らせれば、先ほどの少女を5メートル程下の庭園を模した場所で見つけた。
驚きに目を瞬かせれば、少女は被っていたショールを払いのけ素顔を露わにしたところだったが、正確には素顔ではなく顔の上部を覆うファントムマスクを着けている。
その付近には、まるでこの城の、眠り姫の物語に出てくるような貴族たちのような服に身を包んで少女と同じように仮面を被った集団が並べられた椅子に座っているのが見えた。
異様なのは、彼らが一様に何等かの楽器を手にしていること。
椅子の並びはオーケストラのソレで、十夜は一瞬訳が分からず首を捻る。
そんな十夜の混乱を他所に、少女は指揮台の上に立つ漆黒のローブを纏う人物へと近づいた。
恐らく悪い魔女の仮装であろうローブの人物が、少女に何かを差し出したのが見える。
それは十夜がとてもよく知る楽器、バイオリンだった。
少女はバイオリンを受け取ると、優雅に膝を折り、彼女のために空けられた席へと向かう。
「…何、だと…」
思わず呻いた十夜を誰が責められるというだろう、少女が向かった先は第1バイオリン首席奏者、即ちコンサートマスターの座るべき場所だった。
全員が席に着いたのを確認すると、ローブの袖から何かが振り上げられる。
指揮者が持つべきタクトだ。
振り下ろされたタクトに合わせて奏でられた音楽は、チャイコフスキーのバレエ組曲、眠りの森の美女だと理解するのに少しかかるが、演奏に聞き惚れているうちに十夜は曲名を思い出すことに成功した。
音楽ホールでお金を支払って鑑賞するような洗練された音と素晴らしい一体感に包まれた演奏は、彼らが無名の演奏家ではないということを物語っている。
もしや、フェアリーテール…幻想交響楽団の通り名で知られる、あの楽団なのだろうか。
十夜がCDで聴いたことのあるフェアリーテールの演奏と同じ曲は1つとしてないが、技術の高さ、旋律の完成度、そしてバレエの何曲目の曲なのかまでは覚えていないがバイオリンの独奏が入った瞬間に確信した。
あの天上の音ともミューズそのものとも思える音は、間違いなく十夜が焦がれてやまない音だと総毛立つ。
その音を紡ぎ出しているのが、11人の魔法使いからあらゆる幸福を授けられ、そして長い眠りについた姫君のような少女であるのだから、まさか自分が憧れて焦がれた相手がそんなに若いとは露程も思っていなかった十夜は本気で驚いた。
しかし同時にフェアリーテールのコンサートマスターが演奏に用いている楽器の名称を思い出し、妙に納得してしまう。
ストラディバリウスの1挺、その通り名は、スリーピングビューティ。
眠り姫の名に相応しい繊細で可憐で透き通った音色は、まるでその少女自身のようだ。
魔法使いたちから受けた恩恵と祝福の中には、きっと音楽の女神からの祝福も混ざっていたに違いないと思ってしまえるようなその音に、十夜はただただ聞き惚れた。
同じ楽器を奏でているからこそわかる、あの音色の素晴らしさ。
独奏の時の鮮烈で優雅でありながら強く光る音は、パートに混ざった瞬間に全体を甘く優しく包み込むそよ風のような音へと変化した。
どこかで似たような音を聴いたことがあったような気がしたのだが、毎夜CDを聴いているからだろう。
幻想的な光景の中で、十夜の中に宿った熱がある。
自分でもその熱に名前は付けられないくらい、明確にどういう感情なのかと説明は出来ないが、身体が火照るような感覚だけがしっかりと根付いていた。
演奏を終え、おとぎ話の住人達はそれぞれ楽器を手に城の中へと姿を消していく。
最後に少女が一瞬だけ十夜を見上げて微笑んだような気がした。
そんなはずはないのにと思う反面、確かに自分に向けて微笑んだのだと確信している自分がいる。
おとぎ話の住人達が完全に十夜の前から姿を消しても、十夜はしばらくその場にただ立ち尽くしていることしか出来ずにいたが、やがて思い出したように懐中時計を引き抜けば待ち合わせ時間まであと15分もないという事実が突き付けられた。
慌てて元来た道を辿り、根性で10分でアトラクションを駆け抜けた十夜は何とか待ち合わせ時間までに集合予定場所に辿り着くことに成功する。
集合場所で揃った友人たちに演奏の話をすれば、間違いなくフェアリーテールだと頷かれた。
下手なプロなんて足元にも及ばない実力を目の当たりにし、初めての生演奏という感動に打ち震えていた十夜に、彼らは呆れた様子ひとつ見せずに熱のこもった話を聞いてくれる。
瑞貴が悪戯っぽい笑顔で十夜が見たがってたから演奏してくれたんだよと冗談めかして言うくらいには、十夜の興奮は凄まじかった。
それでも嬉しくて表情が緩むのを抑えられなかった十夜に、友人たちは本気で笑い出してしまう。
瑞貴が声を上げて笑う様子を、十夜は実は初めて目にしたのだった。
友人たちがあまりにも楽しそうに笑うので、結局十夜も一緒になっていつしか声を上げて笑い始める。
この日は結局、寮の門限を大幅に過ぎ、テーマパークの閉園時間まで遊び倒してしまった。
たまにはこんな日があってもいいだろう、これもひと夏の良い思い出だ。
そんな気持ちになれる程、十夜の心は満ち足りていた。
製作者:月森彩葉