俺が異世界に飛ばされたらツインテールの美少女になっていた件 4

「…こんなもんか…?」
買い物を終えた俺たちは、拠点としてる場所に戻ってきた。
俺は与えられた自室に戻り、買って来たものを整理していたのだが、数が多すぎてかなり骨の折れる作業だ。
アイリスに買ってもらったというべきたくさんの日用品や俺には不釣り合いの可愛らしい調度品、部屋で使うためのティーセットなどを片付け終え、楽器の置き場所も決めて譜面台も設置する。
それだけで、かなりの時間を要した気がするのだが、たぶんまだそんなには経っていないはずだ。
俺は改めて、俺の話を信じて居場所を提供してくれた彼らに礼を言おうと、談話室へと向かうコトに決めた。
最初に通された場所が、団欒(だんらん)のための談話室らしい。
アイリスと共に戻ってきた時、ちょうどどこかへ出ていたのか、ジークと入口で遭遇した。
その時に、暇な時はみんな大抵はソコにいると聞いたからだ。
俺は部屋を出ると、真っ直ぐに談話室を目指す。
談話室のドアの前に立つと、シュンという軽い音を立ててドアが開いた。
「…おや?」
談話室の中には、初めて見る、俺とそんなに年の変わらなさそうな、ほんの少しだけ上だろうと思わせる青年がソファに深く腰を下ろしている。
この世界で目を覚まして、見かけた人間のうち、アイリスの次に見慣れた服装に近い恰好のその青年は、俺の通う高校の制服に似た服の上に、白衣に似た物を羽織っていた。
俺の知る服に似た、という表現になるのは、恐らく素材の違いなのだろうが、近未来SFファンタジー要素を感じさせるデザインだからだ。
その彼は、俺の姿を認めるなり、驚いたように目を丸くした。
若草色の肩口で揃えられた真っ直ぐな髪と、(はしばみ)色の切れ長の瞳に細い銀縁の丸眼鏡をかけた青年で、見た目の柔らかな色合いとは裏腹に怜悧な印象だ。
「…君は……。あぁ、そうか。君がオルフェだな?」
驚いたように目を丸くしていた青年は、少しだけ考え込むに首を捻った後、合点がいったとばかりに勝手に納得して、そう言った。
声も、印象の通り、学者を思わせる、嫌味のない玲瓏(れいろう)とした響きだ。
「…あ、あぁ…、オルフェという。ここで、世話になることになった…」
恐らく、後ほど紹介すると言われていた、この拠点の住人の最後の1人だろうと当たりをつけ、俺は軽く目礼して名乗った。
相手の名前はまだ知らないので、よろしくと続けようとした言葉を飲み込む。
「そうか。ジークたちから話は聞いている。俺はニコラといって、一応この集団のまとめ役のようなものだと思ってくれて構わない」
ニコラと名乗ってくれた青年は、冷たい印象の表情をふっと和らげると、親し気に俺にそう言ってくれる。
「いきなり、やっかいになって悪いな…」
事情は既に知ってくれているのだろうが、本当に言葉の通りにいきなり押しかけ、あまつさえ保護までしてもらって申し訳ないと、この世界では完全に無力な俺は素直にそう言った。
「そう素直に頭を下げられると、少しばかり対応に困るな…」
俺の言葉に、ニコラは一瞬面食らったような表情を浮かべると、可笑しそうに小さく笑う。
「…どういう意味だ」
まさか初対面の相手に、俺の本来の、素直じゃない性格が見抜かれているのかと思うと、妙に居心地が悪いというか、そんなに素直じゃなく見えるのかと少しだけ複雑な気持ちになる。
「あぁ、気を悪くしないでくれ。別に、変な意味じゃない。そうだな、自分よりも無力な美少女に頭を下げられると、俺が(しいた)げているような気になってな」
ニコラは言葉を選ぶように、少し考えながら言葉を紡いだ。
言っていることが100%の本心ではないのだろうが、確かにその言い分は同じ男としてよくわかる。
まぁ、この場合、とても認めたくないが、美少女と言われているのが俺自身なのが、何とも言えないところなのだが。
「…ジークたちにも説明したんだが、俺は貴様らと同じ男なんだが…」
またこの説明をしなければならないのかと思うと、信じて貰えるかということよりも、今の自分自身の姿を再確認するようで苦痛なのだが、この先のことも考えると必要不可欠だろう。
例えば、誰かと風呂に入れと言われたとして、俺としてはアイリスと一緒にされるよりも、他の3人と一緒の方がありがたいという気持ちくらいは、理解してもらいたいところだ。
もっとも、俺も男だ。
今の俺の外見を考えると、彼らは確実に首を横に振るのも理解出来るが。
「大丈夫だ、その辺りもきちんと聞いている。…とりあえず、中に入って座ればどうだ?珈琲(コーヒー)か紅茶くらいなら淹れられるが。オルフェは珈琲の方が好みか?」
そう言って、ニコラは俺を中に手招きながら、自身は恐らく飲み物を用意するためにソファから立ち上がった。
「ああ、確かに俺は珈琲の方が好きだが。どうして、そう思ったんだ?」
初対面の人間相手に、何故ニコラは好みを言い当てるコトが出来たのだろうか。
当てずっぽうの割には、確信しているような言い方だったように思えて、俺は言われた通りソファに腰を下ろしながらそう訊いた。
「何となくだ。ここで紅茶派なのは、アイリスだけだからな。お茶請けも用意してあるから、少し待っていろ」
ニコラは可笑しそうに小さく笑うと、そう言っていそいそと手際よくお茶の用意を整えていく。
ほろ苦そうなチョコレートのケーキと、珈琲が目の前に出されるまで、さほど時間はかからなかった。
「俺のことは、客人扱いしなくていいんだぞ…厄介になってる身だ、むしろ、俺が何かすべきだろう」
どうぞと出された珈琲とケーキを前に、俺は何だか申し訳なくてそう告げる。
ここへきてから今まで、あまりにも至れり尽くせりすぎる気がするのだ。
元の世界でも、俺の周囲の友人たちは世話を焼きすぎなところがあって、どちらかと言えば俺は甘んじてソレを享受する側だった。
ソレでも、申し訳ないと恐縮しないのは、友人たちがソレを楽しんでいるからと、俺だって彼らのために出来ることはしていると思えるからだ。
けれど、この世界は、違う。
俺によくしてくれている彼らは初対面だし、行きずりの俺をたまたま保護したに過ぎない。
俺が彼らに対して恩を返すのは当然だが、彼らが俺に甲斐甲斐しく世話を焼く必要など、どこにもないのだ。
「すまんな、これが俺の性分でな。それに、べつにオルフェを客人扱いしているのではないぞ?厨房関係は、俺のテリトリーだ。だから、俺は他の友人たちにも同じように接している。別にオルフェだけを特別扱いしているわけではない」
そう言うと、ニコラは気にするなというように軽く肩を竦めて見せる。
「…そう、なのか…?」
結局、俺は完全には納得出来ないものの、大人しくその言葉に甘える事にした。
出してくれたケーキは、甘すぎずくどすぎず絶妙な甘さで、とても美味しい。
そこらのシェフやパティシエも真っ青な料理と菓子作りの腕を誇る友人とタメを脹れるくらいの腕だと素直に感心する。
珈琲も、ほろ苦いケーキに合うように濃いめに淹れられていて、深い香りと苦めの味がケーキの美味しさを一層惹き立てているように感じた。
ニコラは、俺がケーキを食べるのを、満足そうに眺めている。
「どうやらケーキは好評ようだな。試しに普段と違う素材も使ってみたのだが、正解だったようだ」
独り言のように言って満足そうに頷くニコラの言葉で、このケーキが彼の手作りなのだと知れた。
俺の周囲には、プロ並みに料理関係の上手いヤツが現れる仕組みなんだろうかと、思わず心の(うち)でこっそり苦笑する。
そんなことを考えていると、不意にシュンとドアが開く音が聴こえた。
「お、イイもん食ってんじゃん。ニコラ、オレのは?」
外へ続くゲート側のドアから入ってくるなり、ジークは目敏くケーキを見つけて、ニコラにそう声をかける。
「当然君たちの分も用意してあるが、先に荷物を片付けてくるのだな。ついでに、ローゲとアイリスも呼んできて貰えるか?」
せっかくだからお茶の時間にしつつ今後のことを検討しよう、とニコラが提案という名の指示を出した。
「ほいほい、リョーカイっと」
ジークはソレに片手を挙げて応じると、入ってきた方とは逆の、つまり俺が入ってきた方、拠点の奥へと続くドアからあっさりと出ていく。
「では、君の分も珈琲を淹れなおすとしよう。…食べられるなら、もう1切れどうだ?」
既に空になった俺の前にある食器を下げると、ニコラは微かな笑みを浮かべてそう言った。
「…そんなに食い意地張ってるように見えるか…?」
見た目はともかく、中身は紛れもない男子高校生なワケで、別にたかがこの程度で食べられないということはないのだが、何となく子ども扱いされたような気になって俺は憮然(ぶぜん)とそう言う。
甘い物で機嫌を取るとか、そういうワケではないのだろうが、ソレでも侮られたというか馬鹿にされたような気がする。
「そういうわけではないがな。女の子は甘い物が好きというのが常識だと思っていたのだがな」
ニコラは悪びれる様子もなく、可笑しそうに(のど)の奥で笑っていた。
どうやら、深い意味はなかったらしいが、外見が外見だからと少女扱いされるのは、はっきりいって止めて貰いたいところだ。
「…だから、俺は男だと何度言わせれば気が済むんだ」
確かに女の子イコール甘い物の方程式は俺の脳内にもあるのだが、俺の自己認識としては、たとえ見た目がどうなろうと、俺は男なワケで。
従って、そういう扱いをされるのはこの上なく不本意なのである。
「それならば、もう要らないということか?」
「いる」
要らないのかという問いに、俺は即答でいると答えてしまった。
答えてから、しまったと思ったがもう遅い。
「では、全員分用意してくるから、しばらく待っていろ」
笑いを噛み殺しながら、ニコラはそう言って俺に背を向けた。
思わず即答してしまった俺は、恥ずかしさに頬に血が上るのを感じたが、幸いなコトに誰にも見られるコトはなさそうだ。
もし見られていたら、普段のように、逆切れして怒鳴っていたかもしれない。
自分に落ち着けと何度も繰り返し、表面だけでも平静を保てるようになった頃、まるで図ったかのように奥へと続くドアが開いた。
ドアの向こうから姿を見せたのは、当然だがジークとローゲ、それにアイリスの3人だ。
全員が、最初に出逢った服装とは異なっていて、それだけで少しだけココが異世界だということを忘れてしまいそうになる。
如何にもSF世界の冒険者のような服装で、さらには大剣を背負っていたジークの服装は、ラフなシャツと見た目だけならジーパンというくつろぎの服装に変わっていたし、同じように冒険者然としていたローゲも、ボタンダウンシャツとチノパンのような格好に変わっていた。
アイリスは、恐らくは羽織っていたコートを脱いだだけなのだろうが、育ちの良さを窺わせる厚手の生地のワンピース姿だ。
その服装のまま、俺と同じ年齢くらいに達すれば、ますます俺の大事な相手と重なるだろうというような、そんな出で立ち。
「ちょうど揃ったか」
3人は部屋に入ってきて、それぞれが適当に腰を下ろしたあたりで、ニコラが全員分のケーキと飲み物を持って戻ってきた。
俺を含む大人組の前には、温かい珈琲とケーキが並べられる。
そして、アイリスの前には、同じようにケーキと、それから温かい紅茶がポットで出された。
「さて、全員揃ったところで、今後のことを少し相談したいのだが、構わないか?」
自身もソファに腰を下ろすなり、ニコラが重々しく口を開く。
一体何事かと、俺は軽く身構えた。
「今後のコトって、どうやってオルフェにこの世界に慣れて貰うかと、ストレスなく過ごして貰うか、ってだけだよね」
行儀よく紅茶のカップを手にしながら、アイリスがさらりと議題らしき内容を口にする。
「身も蓋も無い言い方をするな、アイリス」
その横で、ローゲが苦笑しつつ俺にチラリと視線を向けた。
「でもま、ぶっちゃけ考える内容ってソレしかないけどな。取りあえずはさ、色んな場所に行ってこの世界に慣れて貰いつつ、同時に元の世界へ帰る方法を探っていくしかないんだろうけどな」
ケーキを大きく掬い取りながら、ジークは割とあっさりした口調でそう告げる。
「全員が問題をきちんと把握しているようで何よりだ。だが、普通、知らない世界に1人きりで飛ばされるというだけでも多大なストレスだろう。俺たちは少しでもそれを緩和する術を考えるべきではないか?」
まるでクラス委員のような雰囲気で、ニコラは俺以外の3人をぐるっと見渡した。
ここに来て、この会は俺の今後を考えてくれる会なのだと、俺はようやく気付く。
「いや…貴様らには貴様らのそれぞれの生活やらがあるんじゃないのか…?俺は、少なくとも路頭に迷わずにすむ場所を与えて貰ったわけだし、自力でどうにかする」
至れり尽くせりを通り越して、初対面なのにここまで親身になって貰うのはとても申し訳ない。
俺は彼らが思いやりや優しさ、面倒見の良さを如何なく発揮する前に、先手を打って不要だと止めた。
その俺の言葉に、彼らは少しばかり面食らったように目を丸くして顔を見合わせた後、困惑気味に俺に視線を向ける。
「でもさ、オルフェだけじゃ、ドコにも行かせられねーよ。ぶっちゃけ、この世界、ソレなりに危険なんだぞ?」
とてもじゃないが、素人1人で出歩かせるなんて出来ないと、ジークは口調こそ軽いが真剣な瞳で俺にそう言った。
「それなりに、ではないぞ。特に女性の1人歩きは危険だ。純粋に任務を遂行している【ユスティティア】はまだいいが、中には任務よりも別のことにご執心という不埒(ふらち)な輩もいるしな」
重ねて、ローゲまでもがそんなことを言い出す。
「…だから、(くど)いだろうが、俺は男だ…」
そこいらの女性と同じような危険な目になど遭うワケがない。
そもそも、俺も男なのだから、下衆(げす)いコトを考える輩の存在くらいは理解出来るし、同時に対処法くらい思いつくというものだ。
「しかし、そうは言うが、君のその見た目では、俺たちはともかく世間一般は信じない方が多いと思うが?」
ニコラが、俺としては指摘されたくないことを口にした。
確かに、彼らが俺の妄言と一蹴せずに、一応は同性だと認知してくれただけでも僥倖(ぎょうこう)だということくらい、理解している。
そして、彼らが少数派だろうということも、もちろん頭ではわかっていた。
「…オルフェ、もし、アイリスが男の子だよって言ったら、信じてくれる?」
俺の方を真っ直ぐに見て、アイリスがそんなあり得ない仮説を俺に投げかける。
幼いながらも、どこからどう見ても、話し方、立ち居振る舞い、仕草、その全てが良家の子女のようなアイリスが、俺と同じ男というイキモノだったら、俺は目の前のローテーブルか、壁にでも頭を打ち付けたいレベルで信じない。
「…からかっているのか?誰がどう見たって、アイリスは可愛らしい女の子だろうが」
そう、アイリスは可愛い。
黙ってどこか遠くを見ているような時は、年齢に似合わず大人びて見えるので、(はかな)げな印象の綺麗な少女という雰囲気になるのだが、あどけない微笑みを浮かべている時など、文句のつけようがないくらい、可愛いと思う。
そんな少女が、実は男の娘だと言われたら、悪いが俺は軽く発狂する自信がある。
「…あのね、他の人から見たオルフェも、そう見えるんだよ」
だから、皆、こんなに心配してるんだよ、とアイリスは大人びた表情で解説してみせた。
「そういうコトだ。つーか、自分の外見を熟知していて、ソレできちんと自衛が出来るアイリスより、むしろ自分の外見を自覚してくれてないオルフェの方が、オレらは不安だっての」
絶妙の援護射撃を受け、ジークが尻馬に乗ってそう力説する。
「…仮に何かあっても、俺の自己責任でいいじゃないか」
俺は男なのだ。
だから、もし万が一があっても、別に傷つくようなことはない。
屈辱は感じるだろうし、相手に殺意と侮蔑(ぶべつ)は向くだろうが、ソレだけだ。
俺は、俺という異分子が紛れ込んだことで、彼らの日常を壊したくない。
出来るだけ彼らの邪魔をせず、負担を掛けず、早々に元の世界に戻りたいだけだ。
「…ふざけるな」
低い声で、そう言ったのはジークだった。
「オレたちが、オマエが危険な目に遭って、何も思わないとでも思うのか!?」
怒鳴るではなく、感情を押し殺すような低い声で、ジークは続ける。
出逢ってまだ数時間だとか、そんなことは些細な問題だ、と。
「俺たちは既に同じ拠点で生活する、仲間なんだぞ。友人と言ってもいい。普通、友人が危ない目に遭って、喜ぶような奴がいると思うか?」
更に、俺に追い打ちをかけるように、淡々とした口調ながらも冷やかな声でローゲが言った。
こいつらは、どれだけお人好なのだろうか。
放っておけば良かった俺を保護しただけでなく、出逢ってまだほんの僅かな時間だというのに、もう仲間扱いなのかと、妙に温かい気持ちになる。
「…悪かった…」
だから、俺は素直に謝った。
彼らは、真剣に俺を想ってくれているというのに、俺はどこまでも自分の都合しか考えていなかったからだ。
彼らの負担にならないように早々にこの世界から消えるというのも、突き詰めれば俺の都合でしかない。
「…悪いな、オルフェ。ここの集団は、既に君のことを大事な友人だと考えているのだ。勿論、この俺もだ。だから、少なくとも自衛の手段を身に着けるまでは、嫌だと言っても世話を焼き続けることになるのだが、悪いが耐えてくれ」
ニコラは、熱くなるなとジークやローゲに一言向けた後、俺にニヤリと笑って見せた。
本当に、お節介で、優しい奴らだと思う。
「オルフェは、まず自分の【クラス】をちゃんと把握して、ソレから【クラス】に合った武器の使い方、戦い方を覚えないといけないから、大変だよ」
重く張り詰めた空気になりかけた空間を、アイリスの冗談めかした声が溶かしていった。
「ソレに、【オーダー】の受け方とか、行ける場所とか、とにかくやることがたくさんあるんだから」
頑張っていこうね、とアイリスが元気づけているのか脅しているのかよく分からない楽しそうな口調で笑う。
「…おい、オマエ、ショップエリア案内するついでに、そういうの教えるんじゃなかったのかよ」
張り詰めた空気は完全に霧散し、ジークはアイリスに対してそうツッコミを入れていた。
そういえば、色々教えると言ってショップエリアに連れ出されたハズだったのだが、楽器を手に入れた時のインパクトが大きすぎて、他のコトはかなり等閑(なおざり)になっていたのを思い出す。
もっとも、あの状況でアレやコレやと教えられていれば、俺の頭が耐えられなかったかもしれないが。
「そういうのは、やっぱり初心者同士仲良くやるべきだよね」
にっこりと可愛らしい作り笑いを浮かべ、アイリスはジークに向けてそう言い放つ。
気のせいだろうか、やけに上から目線というか、年齢差を完全に無視して対等というか、とにかくそんな印象を受けた。
それに、アイリスの言葉は、聞きようによっては、ジークを初心者だと言っているようにすら聞こえる。
「時間があれば【惑星ネビロス】へも降りてくるんじゃなかったのか?」
確か、そんなことを言って出かけて行っただろうと、ローゲもアイリスに向けてそう訊いた。
【惑星ネビロス】というと、俺が最初にアイオンと降り立った場所で、アイリスを見つけてジークに助けられた場所の名前だと記憶している。
あの時の、【侵食】された【原生種】は、たぶんイレギュラーなのだろうが、ソレにしても普通の【原生種】と呼ばれる獣風の凶悪な生物はいるはずだ。
どうやら、アイリスは、時間があれば俺をソコまで連れて行く予定だったらしい。
彼らの会話を自分に解るようにと噛み砕いて聞いていた俺だったが、思考がソコに追いついた瞬間、ちょっと待てと思考と停止した。
「おい、俺の聞き間違いじゃなければ、アイリスが俺を【惑星ネビロス】に連れて行く予定だったと言っているのか?あんな危険な場所に?」
聞き間違いだろう、聞き間違いでないにしても、俺の認識が違うのだろうという希望を込め、俺は彼らにそう問いかける。
あんな危険な場所に、アイリスのような幼い少女が(おもむ)くなんて、以ての外だ。
万が一、俺とアイオンが遭遇したような事態に陥れば、恐怖で竦むだけならいいが、最悪、心に傷を負いかねない。
そういえば、アイオンは無事だろうか。
生きていてくれているだろうか。
一気に情報が押し寄せてきたせいで、俺は思考の隅に追いやっていた出来事を思い出す。
思い出すだけで、心が苦しくなるような、凄惨な出来事。
俺に危機意識が無かったから、彼は俺の代わりに兇刃(きょうじん)を受けたのだ。
「アイリスが、オルフェを連れて行くって言ったんだよ」
暗い思考に落ちかけた俺の意識を引き上げたのは、柔らかなアイリスの声。
聞き間違いではなく、アイリスは間違いなく自分が連れて行くと言ったらしい。
「危険だろう!?何だってそんな提案をしたんだ!俺が、その場所に行く必要があるなら、アイリスが一緒に行くくらいなら、俺だけで行った方がいいだろう!?危ないんだぞ!」
俺は、思わずそう怒鳴っていた。
自分で怒鳴っておいて、先ほどのジークやローゲの心境が少しだけ分かった気がする。
初対面だろうが、俺はこの少女が大切だ。
だから、危険な目に遭わせたくない。
きっと、彼らも、俺をそんな風に見てくれたのだろう。
「だって…アイリス以外じゃ、誰も、たくさん花が咲いてる場所、知らないから…」
だから、アイリスが連れて行こうと思った、とアイリスはふっと表情を曇らせた。
俺が怒鳴って怖がらせたのだろうかと、大事な相手を傷つけるようにしか感情を発露出来ない自分が憎憎しいと感じる。
「…アイオンに、お花、持って行ってあげようと思って…一緒に…」
続くアイリスの言葉に、俺は背筋を冷たい物が伝うような感覚に囚われた。
その言葉の意味は、もしかしなくても、彼はもう…。
それ以上、考えたくなくて、俺は首を振った。
俺のせいだ。
俺が、あの時、夢だなんて思っていたから。
ここが、単なる俺の夢、想像の世界だと思っていたから。
だから、目が覚めれば何も無かったことになると。
そんな風に、軽く考えていたせいだ。
「おい、誤解するような言い方をしてやるな」
どこまでも暗い底なしの思考に落ちかけた俺の耳に、呆れたようなニコラの声が届く。
「…誤解…?」
俺は、恐る恐る、その言葉の意味をニコラに問いかけた。
「結論だけ言うと、アイオンは無事だ。命に別状もない。ただ、しばらくは検査のために医局で安静にしていないといけないというだけのことだ」
安心していいと、ニコラは俺が何を考えたのかを見抜いた上でそう答えてくれる。
「この世界のことが解らないオルフェが、アイオンは助からなかったと考えるのは自然かもしれんがな。ここでは、致命傷でも即死でさえなければ、助かる見込みは低くはないのだ。強力な法術使いか優秀な医術師が居れば、傷をふさぐことなど造作もないからな」
詳しいコトは、追々教えよう、とニコラは軽く肩を竦めつつ付け加えた。
「俺たちのところだと、ニコラはかなり優秀な方に分類される医術師だ。まぁ、製造製薬にやや特化している感は否めないが、即死でもない限りは、大抵の怪我やら何やらはどうにかしてくれるから、安心して大丈夫だ」
補足説明のように、ローゲがそう言って俺に笑顔を向ける。
「…ジークとローゲは、俺たちの支援を充てにして敵の真っただ中に突っ込む傾向がありすぎる。少しは自重してもらえると、後方支援としてはやりやすいのだがな」
やれやれと呆れを滲ませ、ニコラがため息を零す。
俺は、その光景が一瞬だけ目に浮かんだような気がして、こっそり同情しておいた。
俺の友人にも、後先を考えず猪突猛進に突っ込んでいく奴や、それを諌めると思いきや一緒に突っ込んでいく奴がいるせいで、今のニコラの気持ちは嫌という程理解出来るのだ。
「そういうコトも含めてさ、オレたちでちゃんと色々教えようと思ってさ」
軽い調子で、ジークがニコラの苦言などどこ吹く風とばかりに、俺に言う。
「というワケだ。それぞれ得意分野を教えるとして、オルフェ、俺たち3人のうち、まずは誰と行きたい?」
面白がるような口調で、ローゲがそう言った。
この訊き方だと、つまり、順番に俺に何かを教えてくれるのは、ジーク、ローゲ、ニコラの3人ということになる。
当然のように、まだ幼い子供であるアイリスは除外されているのだろう。
既にショップエリアを案内してもらった後ではあるが、この世界は危険な存在と戦ったり依頼をこなしたりして生きなければならないと教わったばかりなので、俺は勝手に納得していた。
あんな小さな子供に、高い戦闘能力が備わっているハズはないだろう。
だから、俺がこの世界で生き抜くためには、既に俺より遥かに熟練の彼らに教えを乞うのは、正しいコトだ。
ソレは、正論としてきちんと理解出来ているし、教えてくれるのも願ったり叶ったりではある。
だがしかし、先ほどのローゲの口ぶりでは、まるで誰とデートがしたいと、からかわれているような気がしないでもない。
あの、面白がっているのを隠そうともしていない表情がすべてを物語っているというのは、俺の被害妄想ではないはずだ。
「…どうして一緒にという発想がないんだ?」
苦し紛れに、俺はあたかもからかわれているコトなど気付いていない風を装って首を傾げて見せた。
確かに、見た目はともかく中身は同性として扱えという俺のオーダーに、ローゲはちゃんと応えてくれたのだろう。
本当の少女相手ならば、客観的に種類の違うイケメン集団に誰とデートがしたいか、などと聞いたら狂喜するか固まるか、それこそ夢じゃないかと疑うかだと思う。
少なくとも、面白半分でこういう訊き方をしてくる程度には、同性だからこそ遊ばれているのだと理解は出来た。
だが、それを受け入れるかどうかは、プライド的に別問題だ。
「…オルフェがソレを望むのならば、別に俺たちは全員一緒に教えに行っても構わんがな…。だが、あのトラブルメーカー2人が問題を起こした場合、俺の手には負えん事態になるのだが、それでも構わないか?」
ニコラがジークとローゲに順に視線を向けた後、深く溜息をついてそう言った。
要約すると、彼らが万が一揉めた場合、事態の収拾がつかないということだろうか。
「オレたち幼馴染で割と親友って分類だと思うんだけどさ。何でオレらが問題を起こすって言うワケ」
怒っているのではなく、苦笑を浮かべた軽い調子でジークはそう言う。
「そうだぞ、ニコラ。訂正してもらおう。俺がジークと物理的に問題を起こす場合は、大抵が降りかかる火の粉を払うか、やりすぎるジークを止める時だけだ」
こちらは心底心外だという表情を張り付けて、ローゲがわざとらしいくらい真面目な声で言った。
張り付けて、と俺の目にも明らかなのは、目が笑っているからだ。
それに、真剣に諭すような声も、微かに笑みを含んでいる。
俺は仲は良すぎるくらいに良いのに、ソレでもかなりガチのリアルファイトを繰り広げる元の世界の友人たちの姿を思い浮かべて、自然と目の前のジークとローゲにその姿を重ねた。
同時に、言葉では仲裁するものの、その実は全く仲裁する気などなく面白がっている友人の姿も、どこかニコラに似ているとこっそり苦笑する。
普段、行動を共にしている友人たちに似ているから、俺はこの世界でもまだ悲壮感に駆られていないのだろうかと思うと、少し悔しい気もした。
「1人ずつ1日ずつで、ちゃんと教えてもらった方がイイと思うよ。みんな一緒だと、絶対脱線するだろうから」
今まで成り行きを見守っていたアイリスは、横からサラリとそう告げる。
彼女の言っていることは至極まともに感じるのだが、少しだけ困惑しているような表情が気になった。
「1番脱線させるの、大概オマエだろ」
しかし、俺がアイリスに表情の理由を問う前に、即座にジークから鋭いツッコミが飛んでくる。
「俺たち保護者役が振り回されてばかりだからな…」
さらに、追い打ちをかけるよに、ローゲからは実感がこもり過ぎの苦言まで飛んでくる始末だ。
見た目は大人しくて愛らしいこの少女が、まるでお転婆な問題児だとでも言っているような彼らの言い様が可笑しくて、俺は表情に出さないようにこっそり苦笑した。
こんな小さな子供に振り回されるにしたって、たかが知れているだろうに、と。
「アイリスも、彼らに色々教わったのか?」
何時まで経っても話が進まないと気付いた俺は、話題を進めるべくアイリスにそう訊いた。
もし、アイリスも彼らにある程度を教わったのなら、教わる順番のオススメを聞けば済む話だと思ったからだ。
「え…、アイリスが…?…………アイリスは、みんなには、教わってないよ?」
アイリスは俺から視線を逸らすと、明後日の方へ視線を向けた。
どことなくアンニュイな雰囲気に見えて、俺は理由が解らず首を傾げる。
それに、一緒に行動している彼らに教わらなかったら、一体アイリスは誰に教わったのだろうか。
眠っていたとはいえ、初めて逢った場所は、襲ってくる相手のいる場所だったのだから、最低限の知識くらいは持っているハズだと思ったのだが。
「アイリスには、ちゃんと、スゲー先生がいるんだよ」
アイリスに代わって、俺が聞きたかったコトを察してジークが教えてくれる。
しかし、彼の表情も、やや微妙なモノだった。
「…変わった人物なのか…?」
アイリスだけでなく、ジークも何とも言えない表情を浮かべたせいで、俺は一体どんな人物なのかと、ややソフトな表現で訊いてみる。
「……客観的に見れば、ずば抜けて優秀で、すごい実力者…なんだがな」
ローゲまで苦笑を浮かべ、その人物の評価を語ってくれた。
しかし、妙に煮え切らないというか、その先に続く言葉こそが、重要ではないかと思わせる雰囲気だ。
それでも、俺が重ねて追及をしなかったのは、俺を除く全員から、聞いてくれるなとでもいうようなオーラを感じたせいだった。
これ以上、この話題は続けてはいけない。
そんな気がして、俺は無言が不自然にならないように、珈琲に手を伸ばす。
彼らの表情を見るからに、知らぬが仏、というやつなんだろう。
しばらく、会話はなかった。
不自然な間という程でもないが、誰も言葉を発しようとしない。
スムーズに話題を変えようにも、思いつかなかったのか、それともアイリスの先生とやらが、それほどまでに頭から離れない存在なのか。
ソレは俺にはわからない。
気にならないと言ったら、嘘だ。
それでも、俺は彼らが聞かれたくないことなら、と自分の好奇心に蓋をした。
誰にだって聞かれたくない事くらい、あるだろう。
勿論、俺にだって秘密はあるのだし。
例えば、俺の想い人、とか。
「…結局、オルフェは誰からデートするの?」
俺が1人納得して、元の世界に思いを馳せていると、横から妙に冷静な声で現実に引き戻された。
声の主はアイリスで、可愛らしい笑顔で俺を見つめている。
恐らく、子供の無邪気さなのだろうが、俺は表情が引き攣るのを感じた。
一目惚れレベルで想い人に重なる要素の多いこの少女だからこそ、俺は固まるだけで済んだのだろう。
他の人間が同じ台詞を言ったなら、思い切り怒鳴っただろうが。
「…そうだな…」
俺は、もはや自分の外見を恨むことにして、敢えてデートを訂正することをせずに、誰から教えて貰うかを考えるコトにした。
訂正すると、俺が意識しているみたいで(しゃく)だからだ。
そう考えている時点で、子供じみているという事実は、自分の精神の安定のために気付かないことにしておいた。
製作者:月森彩葉