俺が異世界に飛ばされたらツインテールの美少女になっていた件 5

「最初のデートのお眼鏡に適ったのは、俺という訳だな」
次の日、指定通りの時間に、宛がわれた部屋まで俺を迎えに来たのはニコラだった。
昨日のような白衣姿ではなく、かと言って今から冒険に出ますというような服装でもなく、彼は一体俺をどこに連れて行くつもりなのだろうと首を傾げる。
何せ、如何にも普通の私服と、俺が感じるような恰好なのだ。
素材や細かな意趣は当然違っているが、似たような服で挙げるならテラードジャケットにループタイのオマケ付のシャツ、それからスラックスという、ちょっと余所行きの雰囲気の大学生のような恰好に見える。
そんな出で立ちで、ニコラはデートという言葉を可笑しそうに強調してみせた。
「…俺は、貴様に、この世界についての説明を求めただけだ…何でデートということになるんだ」
確かに、昨日、デートと言い切ったアイリスの言葉を否定しなかった俺もだが、普通に考えて男同士でデートなどして、一体何が楽しいのだろうか。
「だが、オルフェだってそれなりに意識したのではないか?随分と可愛らしい恰好をしているではないか」
似合っているぞと微かに笑いながら、ニコラは俺の服装を指摘した。
「…昨日、ショップエリアでアイリスが選んだ衣装のうちの1セットだ」
別に特別な意識をしたわけではなく、俺はアイリスが選んでくれた服をそのまま着ているだけだ。
正直に、女の服など俺が解るワケがない。
濃い青色の、光の当たり具合によって色が変化して見える柔らかな素材の膝上丈のワンピースに、脹脛(ふくらはぎ)の辺りまでの長さのレース飾りが付いたレギンス、ソレからヒールのないスエードのようなショートブーツ。
ワンピースは七分丈の袖で、その上から羽織れるようにと生成りのレース編みのカーディガンも併せて用意されていた。
アイリスに言わせれば、レギンスよりも厚手のニーハイ、それもカーディガンと似たような配色の方が良いとのことだったが、流石に膝上ワンピースの下に何も履かないというのは、男として譲れないと断固拒否したのだ。
「成程…流石はアイリスのセンスだな。髪の色が華やかだから、服は落ち着いた色でまとめたのだろうな」
ニコラは再び俺の姿を上から下まで観察するように見て、大きく頷いて見せる。
この恰好で出歩いても、視覚の暴力にはならないようだ。
もっとも、鏡の前で出来上がった自分自身の姿を見た俺は、既にコレが自分じゃなければ可愛いと思えるという、なんとも微妙な感想を抱いた後なのだが。
「ソレで、今日は貴様が色々と教えてくれるんだろ?」
何時までも姿を見られているのは、同性とはいえ気恥ずかしい。
俺の外見が外見だけに、よけい恥ずかしいと感じてしまうのは、俺にも一応男としてのプライドがあるからだろう。
「そうだったな。では、まず、メインとなるゲートエリアの説明と、【ユスティティア】としてオルフェにどの程度の権限が与えられているかの確認といくとしよう」
俺の様子に、ニコラは微かに苦笑をすると、そう言って行こうと俺を促す。
「…よろしく頼む」
デートだと言われたせいで余計に自身の姿を意識してしまって、更に羞恥が増した俺は思考を切り替えるようにそう言って、先導してくれるニコラについて部屋を後にした。
そのまま部屋を出たのは、準備が完了していたからだ。
準備と言っても、財布やケータイなんかの類は持っていない。
手ぶらで出かけられるシステムなのだと、俺は昨日教わったばかりだった。
昨日、ショップエリアにてアレやコレやと俺の買い物をしてくれたアイリスは、出かけてから帰るまで始終、何の荷物も持っていなかったので、俺はどういう仕組みなのかと気になって訊いてみたのだ。
曰く、全てデータとして【中枢エリア】の【マザーシステム】に保管されていて、各個人は完全な個体識別式の生体認証で【識別ID】を付与されているというものらしい。
その【識別ID】は専用の読み取り機に手をかざすだけで読み取ってくれる仕組みで、買った荷物なども、どうしても手で持ち運びたいという場合以外は登録された拠点の個室宛てに届けられるというのだから、日本も早くそれくらい進歩すればイイのにと正直思った。
【識別ID】に登録されているのは、【ユスティティア】としての【ランク】やら【クラス】やら、その他細かく多岐にわたって書き込まれていて、所持金すらデータのみで管理されているとのことだ。
悪用防止のため、当然ながら他人はそのデータの閲覧が出来ないのだと、アイリスは教えてくれた。
俺のデータがどうなっているのか全く不明だったので、アイリスは細かな届け先の指定でもしたのだろう。
何にせよ、部屋に戻った時には全て届いていたのだから、俺の知る日本を基準にするならばかなり未来の技術だと思う。
そういう理由で、ニコラも完全な手ぶらだった。
俺たちは、ちょっと外に出るだけといった身軽さで拠点を後にする。
もうお馴染みの感覚でワープをし、着いた先はゲートエリアだ。
「では、まずは1番大事なことからはじめるとしよう。オルフェ、こっちだ」
ゲートエリアに着くなり、ニコラがそう言って俺を案内してくれる。
案内されて着いた先は、例えるなら銀行の窓口のような場所。
制服と思われる服を身に纏った、20代前半くらいの女性が受付カウンターに立っていた。
「本日はどのようなご用件でしょう」
俺の予想に違わない上品な笑顔で、受付の女性がにこやかに問いかけてくる。
「今日は、オルフェの【ユスティティア】としての権限の範囲を教えて貰いに来たのだが」
俺の代わりに、ニコラがそう答えて俺を示す。
「かしこまりました。開示内容は、本人宛に送信致します。もし、他の方に情報を開示される場合には、ガイダンスに従って情報を転送してください」
微塵も揺らがないにこやかな笑顔のまま、受付の女性はそう言って俺に向けて手の平を差し出した。
何だろうと一瞬身構えた俺の目の前に、淡い緑色の光を放つ、あの宙に浮いたディスプレイのような物が浮かび上がる。
ディスプレイのような物には、日本のコンビニで見かけるおサイフケータイをかざしてくださいみたいな枠が現れて、おサイフケータイではなく『手をかざしてください』というインフォメーションが点滅していた。
俺はちょうど手の形のマークが点滅している上辺りに、右手をかざす。
本当におサイフケータイかと思うような電子音が鳴って、宙に浮いたディスプレイモドキが表示内容を変えた。
最初に、まだアイオンと移動中のシップと思われる場所に居た時に届いたメールアイコンのようなものが、点滅している。
最初ほどの驚きもなく、俺はそのアイコンに指で触れた。
『【オルフェ】様の登録情報及び許可された範囲について。【オルフェ】様の現在の【ランク】は【予科生】です。【予科生】は、【学都レメゲトン】にのみ立ち入りが許可されています。例外として、【本科生】への進級のための【キーオーダー】を進行する場合に限り、【移送シップ】への立ち入り及び【キーオーダー】の遂行が認められます。現在、【学都レメゲトン】以外のシップからのアクセスを確認しました。お手数ですが、至急、最寄りの【オーダーカウンター】にて詳細をご確認ください。』
開いたメールに記載されてある内容に、俺は首を捻るしかない。
記憶を何とか辿れば、確かにアイオンと一緒にいた時、【予科生】がどうとか【本科生】がどうとか、何やら教官らしき人物から説明を受けた気がする。
しかし、あの時は完全に夢だと思っていた俺は、はっきり言って真面目に話を聞いていなかった。
このメールの内容の意味が解らず、俺は一字一句違わずに読み上げ、ニコラにどういうコトかと問いかける。
「進級試験の途中であの災難に見舞われたということだな。最寄りの【オーダーカウンター】とは、この場所のことだ。訊いてみるといいだろう」
ニコラは重々しく頷くと、そう言って先程手続きをしてくれた受付の女性を示す。
「…どういうコトなんだ…?」
恐らく俺たちの会話は聴こえているだろうと、俺はそのまま受付の女性に視線を向けるとそう問いかけた。
「…少々お待ちください…」
受付の女性は、一瞬だけ訝しむような表情を浮かべた後、すぐにそう言って宙に浮かぶ端末を操作し始める。
「…何てこと…!」
操作を進める女性から、驚愕の声が零れた。
それに、俺は、実はこの世界の住人ではないコトがバレたのかと、一瞬身構える。
脳裏には偽造パスポートが発覚して、拘束されるという図を思い浮かべてしまった。
「すぐにデータを更新します、お待ちください……。完了致しました。…こちら側の手違いで、【予科生】のままになっていたようです。…無理もありません…進級試験で、【惑星ネビロス】に降り立ったあなた方の同期生のうち、無事にいずれかのシップまで帰還を果たしたのは、あなたとアイオンさんだけですから…」
受付の女性は、僅かな間、言葉を続けるか悩むように視線を彷徨わせた後、俺のデータが更新されていなかった事情を明らかにする。
朗らかな営業用の笑顔が、哀し気に曇った。
「…それは…」
俺は、あの時、【惑星ネビロス】に降り立ったのは、自分とアイオンだけだと思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。
他にも、俺たちと同じように、進級試験のためにあの場所に降り立っていた人たちが、他にもいたのだ。
その結果、無傷だったのは、そもそもこの世界の住人ではないイレギュラーの俺だけ。
その事実が、何だかとてもやるせないと感じてしまう。
夢じゃないと最初から理解していれば、少なくともアイオンにあんな傷を負わせることはなかったかもしれない。
現実だと知っていて、戦い方すらも解っていたなら、誰かを救えたかもしれないのに。
「改めて、あなたの現時点の情報を送信します…」
相変わらず沈んだ表情のまま、受付の女性はそう言って再び端末を操作した。
先程と同じように、俺の視界にメールのアイコンが浮かび上がる。
『【オルフェ】様の登録情報及び許可された範囲について。【オルフェ】様の現在のランクは【本科生Eランク】です。【本科生Eランク】は、【全シップ】の【居住エリア】【ショップエリア】【ゲートエリア】への立ち入りが許可されます。また、【サークル】への所属が可能となります。【オーダーカウンター】にて【Eランク】に許可された【オーダー】及び【キーオーダー】の受注が可能となります。【オルフェ】様の現在のクラスは【コンダクター】となっています。クラスはクラスレベルが20を超えると【クラスカウンター】で申請することで別のクラスへと変更することが可能です。【オルフェ】様の現在のクラスレベルは1です。』
今度こそ、偽造パスポート持ちのような存在だとバレることなく、俺の身分が明らかになった。
俺はこの内容をニコラに伝えようと口を開きかけたところで、転送ガイダンスという文字がメールの下の方で点滅しているのを見つけ、そのガイダンスに従ってニコラに送信を試みる。
タッチパネルのような操作なので、画面が宙に浮いていることや、文字やボタン部分以外全て透けていることを差し引いても、スマホの操作と大差ないと感じられた。
「なるほど…【コンダクター】か。君らしいクラスだと言うべきなのだろうな」
俺がそのガイダンスに従ってメールを転送すると、どうやらすぐにニコラの元にメールは届いたらしい。
ニコラは内容を確認するなり、納得したように深く頷いている。
「…自分のクラスなのに聞くのも可笑しいかもしらんが…一体、何をするクラスなんだ…?」
今までの経緯から、恐らくはクラスによって、これから体験するだろう戦闘のスタイル、例えば武器やら、ゲームで言うところのスキルやら何やらに関わってくるのだろうという推測は出来ていた。
けれど、コンダクターという名称から俺が推測できるのは、オーケストラの指揮者だけだ。
確かに俺は音楽家を目指しているが、目指しているのは指揮者ではなくバイオリニストで、それもオーケストラではなくソリストを目指している。
ついでに言うならば、部活動の吹奏楽部で、曲がりなりにも指揮者を務めてはいる。
だがしかし、一体タクトを振ってどう戦えと言うのか、それ以前に俺の推測で正しいのか、とにかく頭上にひたすら疑問符を浮かべるしかなかった。
「ふむ…、確かに初心者には疑問だらけの職であろうな」
俺の疑問をどう解釈したのかは不明だが、ニコラは再び深く頷くと、改めて俺に視線を向ける。
「では、俺が簡単にこの世界の【クラス】やその特性について、レクチャーするとしよう。基本中の基本、本来なら予科の最初に習う内容だが、オルフェには必要な知識であろうからな」
そう言うと、ニコラは俺を手招き、カウンターを出ようと促した。
俺はといえば、当然その後についていくしか出来ず、連れられるままに【オーダーカウンター】を後にする。
そのままどこへ連れて行かれるのだろうかと思いながら、ニコラの後を追う。
「…おい」
連れてこられた場所に落ち着いて、開口一番、俺は呆れきった声で呼びかけた。
俺が案内された場所は、何の変哲もないカフェの一角。
しかも、昨日、アイリスに連れてこられた場所だった。
「言いたいことはわからないでもないが、俺は別にただお茶を飲みにこんな場所へ連れて来たのではないぞ?」
広場の見渡せる2階の隅の席に陣取り、飲み物と軽食の注文をしておいて、ニコラは抜け抜けとそんなことを言い放つ。
俺が当社比3割増しくらいの怒気を滲ませた目で睨んでも、気にした様子すらない。
「…俺に色々教えるのに、何でこんなのんびりとした場所なんだ…実践で教えるとか、具体例を見せるとか、色々と方法はあるだろうが…」
口頭にしたって、実際に色々なクラスがあるのなら、各クラスの特性を見られるような場所に行くべきだ。
いきなり戦ってみろと言われたとして、俺が実戦に耐えうるかは別にしても、もう少しTPOに合った場所というのが存在するのではないかと思う。
「いや、ここが最も適した場所なのだ。あそこにモニターがあるだろう?」
俺が敢えて言葉にしなかった部分までも恐らく理解した上で、ニコラは俺に微かな笑みを見せるとちょうど広場のような場所に設置されているどこかの映像を映し出しているらしいとても大きなモニターを指した。
モニターの中では、ちょうど濃い色のバイザーで目元を覆った真っ白な軍服姿に近い恰好の男性が映っている。
目元を完全に覆うバイザーのせいで、顔の造作だけでなく男性の年齢までを不詳にしているが、口元に浮かぶ笑みは男くさく、大人の余裕すら感じさせた。
鈍色の髪をオールバックに撫でつけ、耳には精緻な細工の施されたイヤーカフを付けている。
実に軽やかな身のこなしの、大人の男性という印象だ。
その様子を確認した俺は、一体この映像が何なのだとニコラに視線で問いかける。
「ちょうど、今、エキシビジョンマッチというのをやっていてな。全てのクラスを教えるとまではいかないが、ざっくりとした説明ならば実戦を見せるのが1番だと思ってな」
しばらく何も考えずにモニターを見ているといい、とニコラはモニターを指して、それが正解だとばかりに笑顔を見せた。
確かに、俺も実際に見てみるのが1番だと理解しているので、言われた通りに大きなモニターに目を向け直す。
その際、広場に集まってモニターに歓声を向けるたくさんに人の姿が目に入った。
まるでスポーツ観戦のような熱の入りようだと感じるくらい、モニターの前の人だかりは沸いている。
その盛り上がり具合から察するに、恐らくこの映像はリアルタイムの光景なのだろう。
モニターの中では、先ほどの表情の不明な男性が飛んでくる無数の攻撃を余裕の笑みのまま躱している姿が映されていた。
彼はどういう原理なのか、装飾過多とも言える何かの上に立って、宙を縦横無尽に駆けている。
空飛ぶスノーボードやローラーシューズというような、本来足に装備する物ではなく、例えるなら魔女の箒のような物だ。
そして、手にしているのは水晶玉のような物。
これまた手にしているという表現は、少し不適切かもしれない。
何故なら、彼の手の平の上に、その水晶玉は浮いているのだ。
透き通った水晶玉ではなく、水晶の中で真っ白な煙が渦巻いているように見える。
「今映し出されている男性のクラスは【ウォーロッカ】と言って、主に元素の関するマナの扱いに長けたクラスだ。…そもそも、まずはマナから説明せねばなるまいな?」
モニターを見つめる俺に、ニコラが解説のように声をかけてくれた。
声を掛けられ、振り返ろうとした俺に、ニコラはそのままモニターを見ていろと苦笑交じりに告げる。
モニターの中で繰り広げられる現実離れした光景を、映画か何かを見るような気持ちで見ている俺に、ニコラは淡々と説明を始めた。
「まず、この世界では、全ての力の源として【マナ】と呼ばれる力が存在している。【マナ】とは全ての生命の根源の力だと言われているのだ。当然、その力は目に見えるものではない」
ニコラの説明によれば、【マナ】という力は、全てに宿っているという。
その力を引き出し、使いこなすことが出来るようになって、初めて【ユスティティア】の予科に入るコトが出来るのと同時にこの世界を正常に保つための重要な役割を担うことになるのだそうだ。
そして、【マナ】の扱い方は、人によって特性があるらしい。
そもそも【マナ】を自分の意志で感知して用いるコトが出来る【ユスティティア】の関係者は、全員等しく身体に作用させ、肉体の強化を図ったり治癒力を高めたりすることが可能で、つまりアイオンが即死していなかったから助かったという昨日の流れに繋がるとのことだ。
ソレだけでも充分規格外な気もするのだが、さらに【マナ】には別の扱い方があるらしい。
「例えば、あの男性が今、元素の力を操ったのは、分かっただろう?」
ニコラの言葉通り、俺はモニターの中で、鈍色の髪の男性が、まるで炎を操ったとしか思えない光景を眺めていた。
手の平に浮く水晶の煙が白から褐色へ変わった瞬間、男性の周囲を炎がとぐろを巻くように渦巻いたのだ。
「彼のように元素を操る力に変える特性を持つ者は、よりその特性を引き出しやすくなるクラスを選ぶ。彼のような【ウォーロッカ】や【ビショップ】がそのクラスだ」
そこから、再びニコラの説明は続いた。
元素を操る力を持つ者は、俺にとって解りやすく言えば、ファンタジーの魔法使いや僧侶にあたるクラスを選ぶらしい。
そして、他にも生物の潜在能力に直接働きかける特性を持つ者、無機物に働きかける特性を持つ者、逆にあらゆる物の情報を読み取り最適に扱う特性を持つ者、一般的な【ユスティティア】の条件である自身の身体に働きかける力をもっと強いレベルで有する者、それから、稀に存在するそれらの特性を複数併せ持つ者。
ますますこの世界がファンタジーなのだと俺に突き付けるように、この世界の常識は複雑だった。
俺の【クラス】の【コンダクター】は、無機物か生物に対して働きかける特性を持つ者が勧められるクラスなのだそうだ。
主に、マナを操る媒体を介して、何等かの手助けをするような戦い方をするのが一般的だと、ニコラは言った。
俺の知る程度のゲームの知識で言うならば、支援職という種類だろう。
一気にあらゆる情報を聞いても理解出来ないというか処理しきれないと思った俺は、取りあえず身近なメンバーのクラスと特性だけでも把握しようとニコラに詳細を教えて貰った。
ジークは、典型的な自身を強化させるタイプの特性と、何故か武器に限定して無機物にも働きかける特性を持った、根っからの戦闘向きなのだそうだ。
当然クラスもソレに適したモノで【ウォリアー】と呼ばれる、最前線で戦うコトを生業とするクラスらしい。
得意武器は、本当は素手らしいのだが、何やら込み入った事情で普段は大剣を装備しているのだそうだ。
その説明に、俺は最初に助けられた時の、大剣を振り回すジークを思い浮かべて妙に納得した。
ローゲはジークとは逆に、無機物に働きかける特性がとても強いらしく、最も扱いが難しいとされる刀と脇差という2つの武器を使いこなす技巧派なのだそうだ。
クラスは【レンジャー】と呼ばれている。
本来は様々な種類の武器を使い分け臨機応変に一撃離脱を繰り返して戦うのがそのクラスの特徴らしいのだが、類稀な刀捌きと自身の身体強化への特性も併せ持つローゲはジークと一緒に最前線で戦うコトが多いらしい。
そして、ニコラのクラスは【ケミスト】と呼ばれるモノ。
言葉の意味として俺の知っている内容と近いようで、情報を読み取るコトに特化しているニコラの特性を生かす、解りやすい言葉で言えばアルケミスト+ドクターといったところのようだ。
例えば野に生えている草を見て、どのような処方で使えるどのような効能の物かを読み取れたり、実際に薬品などに造りかえる際に間違わずに出来たりするらしい。
俺が1番驚いたのは、傷を見れば、どの程度の処置が必要だとか、病や毒物による状態異常を回復させる手段も、看れば解ると言うことだった。
もし、この力を持って日本に戻れば、ノーベル賞も真っ青なレベルだろう。
医者いらずというか、神の手を持つ医者になれるというか、有名なマンガの黒衣の無免許医ですら廃業するレベルかもしれない。
そこまで教えて貰って、ひたすら感心しきった俺は、ふと気になってニコラに問いかけた。
「なぁ、アイリスも、何かのクラスだったりするのか?」
彼らと一緒にいるからには、アイリスも予科はクリアして本科に上がってはいるのだろうかという疑問が、俺の中に沸いたのだ。
あんな幼い子供であっても、ここでは戦わなければいけない世界なのだろうか。
「アイリスか?アイリスのクラスは……恐らくオルフェと近いはずだが…」
さて、何であったかと首を捻るニコラに、俺は不思議と目を瞬かせた。
普段から行動を共にしていて、クラスを知らないというのはあり得るのだろうかと。
そのことを問おうとした瞬間、ワッと広場が沸いて、俺は思わず巨大モニターに視線を戻した。
モニターの中には、最初に見た男性と同じように、純白の軍服のような衣装に身を包んだ少女の姿がある。
軍服のような衣装ではあるが、その少女が身に纏っているのは軍服のような上着に、プリーツのミニスカートだ。
俺が思い浮かべたのは、元の世界での学校行事の一幕。
同じように目元を覆うバイザーに、大き目の軍帽に似た帽子を被っていて、やはり顔の造作は解らない。
それだけではなく、その少女は少女の身の丈よりも大きな、長い杖を手にしていた。
その杖は、杖そのものがまるで天使のような印象で、先端の部分に純白の羽根が生えているのだ。
その杖があまりにもファンタジーで、俺の意識はまるで生きているように羽根を散らしながら羽ばたいているような杖に吸い込まれていく。
画面が切り替わった時、俺は杖の所有者を正確に思い描けない程、あまりにもファンタジーな天使の羽根の印象しか残っていないことに自分で飽きれたくらいだ。
それだけではなく、俺の無意識が余計な仕事をしたせいで、脳内補正が大変なコトになってしまった。
軍服に軍帽、プリーツスカート、少女、顔の殆どが隠されている。
この条件から俺が思い浮かべられる人物が、俺の身近な友人であり、大事な相手だからだ。
俺の脳は、俺が覚えている大事な人の姿に、細剣ではなく天使の杖を沿えて満足したのだろうか。
想像したら似合いすぎて怖いくらいだ。
「…いや、アイツは天使は天使でも、堕天使だろう…。それよりもむしろ悪魔じゃないのか…」
うっかり想像した元の世界の友人の姿に、別に誰かに知られた訳でもないのに俺は何だか恥ずかしくなって、無意識に照れ隠しの憎まれ口を呟いていた。
「…誰のことだ…?」
どうやら俺の独り言が聞こえてしまったらしく、ニコラから怪訝な表情を向けられる。
「…何でもない」
まさか元の世界で似たような服装で見世物なのにそう思わせないハイレベルな戦闘を行っている人物がいるなど、現代日本を知らない相手に誤解を与えるだけの発言をするわけにもいかず、俺は気にするなというように片手を振ってみせた。
「ところで、この映像は一体何なんだ…?リアルタイムだということは、何となく理解出来るが…」
俺は余計な詮索をされるまいと、話題を逸らすべく改めてモニターの中の光景について問いかける。
たまたま俺に様々なクラスや武器、戦う手段が存在することをレクチャーするのに一役買ってはいるが、まさかそのために開催されているイベントであるわけがない。
巨大モニターを見守る観衆の沸き方といい、一見するとアイドルのライブ映像を見守るファンたちのような状況に見える。
この世界では、アイドルとは歌って踊るモノではなく、ああやってヤラセの戦闘を見世物にしているのかと一瞬考え、同時に誰しもが戦うような世界でヤラセも何もあったものではないと思い直す。
つまり、俺にはモニターの中の光景がイマイチよく理解出来ないのだ。
「あぁ…この光景はな…。説明するには、少し長い話になるのだが、構わないか?」
ニコラは、俺に向かって軽く笑みを浮かべると、少しだけ何かを思い出すように遠くを見つめる。
「長い話…?」
俺の知る世界で言うところのオリンピックにでも匹敵する歴史のあるものなのだろうか。
長い話という言葉から、俺が無理やり推測できるのはせいぜいその程度だ。
どこの世界でも戦いを見世物にするのだなというのが、正直な感想だった。
俺の知る戦いというものが、あくまでも命のやりとりの無いスポーツに分類されていただけで、起源を辿ればそれだって生死をかけた戦いから発祥したものだろう。
恐らく、この世界でも、似たような理由なのだろうと思いながら、俺はニコラの説明を待った。
「そもそもの発端は、ほんの少し前のことだ。今、画面の向こうで戦っている人たちが、英雄と呼ばれるようになったことが、そもそもの始まりなのだ」
ニコラは重々しくそう言うと、1度言葉を区切る。
そして俺の予想に反して、最近の出来事を語り始めたのだった。
製作者:月森彩葉